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2009年01月08日

子育て関連るいネットインデックス ②~保護者問題【父親編】

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るいネットインデックス第2弾で、保護者問題の父親に関する記事を紹介します。

最近では、子育てパパなどの問題がクローズアップされているようです。
世間では父親の育児・子育て参加は当然のような風潮ですが、果たしてそれは本当か!?
るいネットではその辺りを鋭く 分析しています。

★「叱れない父親」は「母親の囲い込み」の産物

そのような中で育った男の子が、今では父親になっているわけですから、自己判断能力など養われているはずはありません。かつて「母親から嫌われないこと」を拠り所に生きてきたことが、父親になれば「子供から嫌われないこと」が家庭での自分の存在の拠り所になってしまうことは、想像にかたくありません。

★忙しい母親とほめるだけの父親

最近のお父さんは、躾は母に任せるとしながら、子どもには好かれたいので、ほめるところだけを切り取って役割を担おうとしています。ほめる以外のことは母に任せる――何の威厳もなく、圧力をかけることもできず、本人はいいとこ取りのつもりでも、やっていることは「子育て放棄」です。

★「父親の育児参加」により闘争課題が親和課題に劣化している

子供に気に入られることを重視して圧力存在足りえることを放棄し、「規範教育」がどんどんと失われていく。これは家庭が子供にとって無圧力空間になっていくことを意味する。

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★亀田親子が日本中に繁殖中!?

男の子は「父親の背中」を通して社会を学んでいくのだといいます。ところが、背中を見せてくれるはずの父親が、こっち(家庭)を向いているのですから、子供の世界は家庭中心(→子供中心→さらには自己中)になってしまうのは必然です。
これは、より広い社会へと出て行かなければならない男の子にとって、致命傷ですよね。

★原猿と子育てパパ

子育てパパには企業で働き、外圧(課題)に対し追求し突破しなくてはならないことや、それを期待している仲間がいる。
子育てに収束しているパパは現実の課題からは目を背け、現実逃避のために「子育て」というお題目を掲げ、現実の課題に目を背けて生殖集団へ収束している子育てパパとは明らかに出発点が違う。

しかも、何も言わない(言えない)子供(赤ちゃん)に収束し、あたかも何らかの役割を担っているかのような錯覚でそこに充足を求め収束している。
原猿時代の生殖集団収束よりも外圧(期待)の低いところへ逃げていると言わざるを得ない。

★「子育てパパ」に一考

最近では、『子育てパパ』が注目されているが、家庭という枠の中で日頃母親に囲い込まれていて、なおかつ、父親にも囲い込まれるというのは、いかがなものだろうか。
子供は、どこで社会とつながり、成長していくのだろうか、と考えさせられた。

★目先の子育てが短絡脳を作り出す

「子は親の背中を見て育つ。」と古くから言われているが、それは課題に向かう親の姿を見ることが前提にある。
その親に同化=真似し、大量の失敗経験から自ら工夫思考を育みながら成長するのである。

★子育てパパ考

一歳目前の子どもがいます。
うちのダンナは仕事から帰ってくるのが深夜なので、家事も育児も実務はわたし1人がやってます。
0歳児のいる毎日は息をつくひまもないです。ご飯を作る間、お風呂の間、誰かいてくれたらどれくらい助かるか…と思う日もしばしば。
でもしかし、わたしは父親が母親とおんなじ事をするのが「いっしょに子育てすること」だとは一切思いません。

★子育てどうする?~露店デモ編

③子育てパパが最近言われてきているけどどう思う?
⇒あれはいいorおかしい

④でも子育てパパって微妙って感じない?
⇒言われてみると確かに。

⑤なぜそうなったのか?
原因)①女性の社会進出
   ②子育てが難しくなった・・・負担が大きい・不安が大きい

★「子育てパパ」の共通構造

友人・知人に聞いた話では、男同士の同窓会や会社の飲み会で話題になるのは、かつてのように仕事の話し(グチ)でも女の話しでもなく、常に子供の話し(クリスマスに何を買ったかなど)だそうだ。
子育てブログを検索しても、かなりの確立で父親の子供自慢ブログにヒットする。マスコミも、男性誌で子供の教育特集を組んだり、子育てに熱心なタレントを殊更に取り上げたりと、子育てパパ推進に余念がない。
街中でも、子供を抱っこする父親、ひたすら子供にべったりな父親が少なくなく、確かに子育てパパは急増している。

★子育てパパ急増中?~父親向け子育て雑誌が相次いで創刊

電車の中吊り広告でも、明らかに男性向け週刊誌での受験特集などが目に付いていた。また、父親向けの子育て雑誌が相次いで創刊。反響も大きいようだ。

★教育熱心な父親たち

先日、塾の進学説明会を開催したが、最初に来られた保護者が父親、次も父親、その次も・・・数的にはまだまだ母親中心ではあるが、塾選びにしろ、学校選びにしろ、直接的あるいは間接的に父親の姿がしばしば登場するようになった。

★「趣味父子」「オタパパ」

【趣味父子】
父親が小学生ぐらいになったわが子の子育てに関心をもち、自分の趣味を子供にも教えて、一緒の趣味を持って楽しむこと。
【オタパパ】
「おたくの父親」ということ。

★「父権の復活」というよりも・・・・・。

「父権の復活」でも「要求主義の父親が増えた」のでもない、私権の終焉から、父親たちが私権課題に向かえなくなり、新たな目先収束として「子育て・受験」に向かっているのでは?と思えるのですが・・・・・・・。

★力=認識力への転換が急務

最近、身近で子供に対して“やたらと怒る”若い父親を目にします。数年前までは、逆に子供にベタベタで、私からするとちょっと“キショイ”父親が多かったんですが・・・
これは、一体どういう現象なのでしょう?

投稿者 sashow : 2009年01月08日 List   

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コメント

はじめまして。家庭教育カウンセラーのぶにんと申します。
記事を読ませていただいて、共感することが多くついついコメントを残させていただきました。
父親の立場も多様化してきていますが、はたしてそれが結果的にどのような影響を及ぼしているのか・・・私が見ている限りではむしろ昔ながらの父親像のご家庭のほうが問題を抱える割合が少ないように感じます。
勉強をさせていただきました。ありがとうございます。

投稿者 ぶにん : 2009年1月14日 16:17

ぶにんさん、コメントありがとうございます。

昔というと、家の中で一番偉く、座る位置や一番風呂に入るなど・・・父親の威厳が尊重されてきました。
また、「頑固おやじ」や「気難しい」など、子どもにとっては中々分かり合える対象でなかったようです。

今では見る影もなく、「物分りのいい」父親像が理想とされているようです。

嘗ては、序列社会で家父長権などの序列規範を国民みんなが認めていたので成立していました。(生きる‘すべ’が序列であった)

そういう面で、家族もまとまりがあった訳です。
今の世の中序列はもう受け入れられません。でも、どうしたら子供たちを社会へ導いていけるのかの答えがない訳です。

だから“仲良し路線”をとっている。
父親は社会との橋渡し役と考えると、もっと違う方法があると思います。

投稿者 sashow : 2009年1月15日 23:18

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