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2018年01月02日

ゆとり世代は大活躍~詰め込みをやめるだけで子供たちの才能が大きく開く

学校の詰め込み教育に対する反省から、2002年度から施行された学習指導要領、通称「ゆとり教育」は、深刻な学力低下を招いたとして多くの批判を浴びることになりました。

あまり評価されるこのなかった「ゆとり教育」ですが、この時代を生きたゆとり世代を見ると、他の詰め込み世代に比べて圧倒的な実績を上げている例が多く見られます。

果たして学力とは何なのか?考えさせられてしまいます。

今回はそのゆとり世代の成果を見てみましょう。

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以下(http://homeshoolclub.blogspot.jp/2014/11/blog-post_20.html)より引用します。———————————————-
ゆとり教育の成果
ゆとり教育は、知識重視型の教育方針を詰め込み教育であるとして学習時間と内容を減らし、経験重視型の教育方針をもって、ゆとりある学校をめざし、1980年度、1992年度、2002年度から施行された学習指導要領に沿った教育のことである。(Wikipediaより)

ゆとり教育で育った世代をゆとり世代と言うがあまり肯定的にはとらえられていない。

某芸能人が錦織圭を見て曰く、
ゆとり教育でアホが増えた分、スポーツでガンッていく人が出たのかなと思います。勉強した方がええやろと思ってましたけど、 早いうちに世界に目を向けてると、そんな結果出んねんなあ

この芸能人に限らず多くの日本人が持つゆとり世代に対する印象(=アホ)だろう。しかし、錦織氏のインタビューの受け答えはアホな政治家よりはるかに優れている。

しかし、彼らの期待に反し「ゆとり世代」は他の世代に対し圧倒的な実績を示している。
以下はそのほんの一例である。

スポーツ
香川 ブンデス二連覇
内田 CLベスト4
マー君 プロ野球24連勝 メジャー史上5位の契約金
162㌔を出した日本人最速投手 大谷
体操史上初の個人総合3連覇 内村
日本選手権水泳競技大会史上初の5冠 萩野
ソチオリンピック金メダル 羽生
ウィンブルドンベスト16 全米オープン準優勝 錦織
知能
数学オリンピック個人成績世界1位
物理オリンピック史上最高成績
化学オリンピック史上最高成績
情報オリンピック史上最高成績
科学オリンピック史上最高成績
戦後最年少で直木賞
史上最年少で公認会計士
史上初の6冠を達成した天才囲碁棋士 井山
ロボコン世界大会優勝
国際生体分子デザインコンペ総合優勝
世界中の強豪大学が参加する国際大学対抗プログラミングコンテスト日本勢初の金メダル
世界の天才だけが参加を許されるコーダーの聖地Top Coder Openを二連覇
京大入試で得点率脅威の92%超え(過去最高)
世界トップクラスの学力
大学の入試難易度は昔より上

ゆとり世代は円周率を3.14ではなく3で計算するという神話がある。
実際の教育現場では今まで通り3.14で計算している。ただどうしてもそれが理解できない児童に対しては3でも構わないと決めただけだ。それにもかかわらず、これを金科玉条のように振りかざしてゆとり教育を攻撃した。

そもそもゆとりはそれまでの大学入試に対するアンチテーゼとして、多様な才能を生かすという目的があった。ところが実際にゆとり教育を行うと学歴が低下すると非難を浴びた。学業だけにこだわらないためのゆとり教育を、学校の成績が低下すると非難するのは見当違いも甚だしい。

進学校から国立大、高級官僚か大企業へと言う単線指向から、多様な生き方を認めると言う「ゆとり教育」では、特異な才能が花開くことになる。これまでの高度成長の時は単線指向が望ましい人物像であったが、低成長時代には一人一人が自分の持ち味を最大限に生かす人が急激に成長するが、そうではない人はそれなりの人生を自ら描かないといけない。

世界は気づかなかったが、鄧小平が「白猫であれ黒猫であれ、鼠を捕るのが良い猫である」と言ったときから単線社会から多様社会へ雪崩を打って移行始めたのだ。これは多様社会=格差社会と言い換えてもいい。

所詮、ゆとり教育を受けていない普通の人にとって、ゆとり教育が持つ効果を理解できないのは仕方ないかもしれない。

幅広い才能を有効に伸ばすという目的に、短期間で見事な成果を上げたゆとり教育をもう一度見直すべきだと考えている。

教育害毒が薄くなるだけでも子どもは、豊かな少年時代を過ごし、自らの持つ才能を上手に伸ばしていくことができるのだ。
————————————–
知られざる「ゆとり教育」の成果。わずか10数年という短い間でこれだけの成果をあげていたことに驚かされます。

ほんの少し詰め込みをやめただけで、これほどの大きな変化が表れるということは、いかに学校教育が子供たちの才能に蓋をしてきたかの証左です。
そして学校教育を変えることができれば、きわめて短期間に大きな成果を出すことができる、その可能性を示してくれています。

まさに社会を支えるのも、変えていくのも教育から。可能性に向かったこれからの教育について大いに考えていきたいと思います。

投稿者 hoiku : 2018年01月02日 List   

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