| メイン |

2009年11月15日

性の衰弱⇒社会とつながる『性』の再生

10344558_T2.jpg
写真は ここ からお借りしました。

9回に亘って扱ってきたテーマ

 『男と女の引力が衰弱してきたのは、何で?』 

のシリーズも今回が最後になります。

男と女の引力が衰弱している。そして、社会の最基底・根幹を成し、かつ本能レベルでもある性が“棚上げ”状態。このままでは、“種の存続”も危うい状態になりつつあります。感覚的には(潜在思念では)種の保存の前に“ポッカリ”穴の開いた状態なのではないでしょうか?

今回、シリーズを通して、『男と女の引力が衰弱してきた』その原因構造が、多角的に見えてきました。
そして、
今回扱った投稿からは、“性だけを問題にしても答えはでない”ということが、言われてはじめて当たり前だけど重要であるという気付きと、
この本能をも封鎖=“棚上げ”している状態というのは、その分、可能性へと向かっている とも言えることが見えてきました。

続きを読む前にポチ・ポチ応援お願いします。

 にほんブログ村 子育てブログへ

今回の投稿に入る前に、
前回までを、振り返ってみて見ると
男と女の引力が衰弱してきたのは、何で?「男の序列闘争、女の役割欠乏」
男と女の引力が衰弱してきたのは、何で?「優しい男の消滅」
男と女の引力が衰弱してきたのは、何で?「優しい男の消滅」(続き)
性的自我だけが暴走した時代、そしてセックスレスへ
「闘争不在、解脱埋没」という特異な30年が終わった(前編)
「闘争不在、解脱埋没」という特異な30年が終わった(後編)
「男と女の勢いの逆転?①」~最近男が強い?
男と女の勢いの逆転?②~男女共認の可能性
収束不全発の適応可能性の探索、その深くて強い引力

今回、扱った投稿 答え板 から
社会とつながる『性』の再生

なんで屋劇場で『異性を求める力が弱くなってきたのは、何で?』を聞いた。大きな認識転換となったのは、性に係わる生物の適応システムは、それだけで完結して機能するのではないということ。

つまり、他のさまざまな本能機能を連続的に生起させ、全体システムの効果として、種の存続を実現するということだった。そして、人間の場合は、本能だけではなく共認・観念領域の規範も含まれるということである。

これは、性の活力の再生を考えることは、連動するその他の機能(共同体の再生・縄張り確保・子育て等)を含めた実現見通しが必要ということであり、性だけ取り出して考えても、答えはないと言うことになる。

全ての生物は、外圧適応態であり、外圧に対してあらゆる可能性を探索し、適応して生きてきた。人類の場合、本能だけで生きてきたわけではない。原猿⇒真猿への進化の過程で共認機能参照 )を獲得し、人類は、200万年前頃に共認機能を元に観念機能を獲得(参照 )進化させてきた。

本能だけでは秩序化されないし、共同体内であれば共認機能を中心とした(不文律の)規範でもよかったかも知れないが、一集団を超えた社会となると観念(法制度etc)が必要となってくる。
一夫一婦制という婚姻制度やそれに付随する“恋愛”観念や不倫のタブーという規範などがそれに当たる。

しかしそう考えると、それまで農村共同体とその中の規範によって、子育てもある程度できていた戦前から戦後50年代くらいまでと、一気に都市人口比率(共同体のない社会)が高くなった60年から70年以降に、子育てがうまくいかなくなったこと。
その様な現実のなかで育った子供達が、ついには異性を求めるエネルギーすら失いつつあること。
また、出生率の推移や未婚・晩婚の上昇も同じ傾向を示すことなど、符合する点が多い。

未婚・晩婚率の上昇については、当ブログ 未婚化・晩婚化
参照していただけると数字としてはっきり捉えられます。

子育てがうまくいかなかった現象としては、
家庭内暴力、校内暴力、切れる子供、いじめetcetc、今に始まった訳ではなく1980年頃から現れ出している。
学校ってどうなってるの?2 
学校と家庭の力関係が逆転したのはいつ頃?
背景には、学校教育の問題( 参照 )などもあるだろうが、一番は、核家族化→子育て不安、囲い込み→密室家庭( 参照 )へという閉ざされた母子間だけの関係の中で、過保護な子供や母親の過期待・無期待によって、上記のような現象が現れだした。

これらのことから考えると、本能・共認レベルでは、旧規範(共同体の崩壊と一対婚という婚姻制度)のままでは、見通しが立たないため、異性を求めるエネルギーは湧いて来ないということだろう。

種の存続という根源的な課題に対して、潜在意識は実現の見通し=本能・共認機能に整合した新しい規範を求めているのだろう。

性の再生をどうする? ある人は、何となく、ある人は切実に、性の衰弱を感じている。その中で
『新しい男女規範の創出→性の再生』
という新たな課題が見えてきた。私権の性が衰弱し、やっと本源の性に向かえるスタートラインに立てたのではないだろうか。

一人で答えが出せる課題(問題)でもない。
『みんな不全』の今だからこそ、『みんな期待』が高まり『(みんなの為の)答えの創出』へと向かうことが出来る。

あらゆる不全(本能も共認も観念も)の中、目先の(旧婚姻)制度に乗っかってもその不全は、解消されるどころか、ますます閉塞するだけで、真正面に受け止めて答えを出していく必要がある。

その時、性の問題だけを取り出しても答えにはならない。その先の“生存域(縄張り)の確保”“子育て” という社会問題も包摂して考えていく必要がある。

充足、安定、保守という潮流の中で
女は(男も)、安心基盤を求めている。充足基調だけでは、この安心基盤は創れない(守れない)。
男の闘争本能が機能してはじめて確保出来、更なる女の充足が開花し、全体にその充足が広がっていく。

35%E3%80%80%E7%94%B7%E3%81%A8%E5%A5%B3.jpg
写真は ここ からお借りしました。

私権の性が衰弱した、今、
素直に『どうする?』、『どうしたい?』という問いかけ(期待)からはじまるのかもしれない。

投稿者 sodan : 2009年11月15日 List   

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://web.kansya.jp.net/blog/2009/11/970.html/trackback

コメント

性には少なくとも男と女の2種類あるので、一人で答えが出せないのは当然かもですね。

そして、一人ではどうしようもない⇒集まってみるけど、答えが無い⇒みんなでどーするか?を考え始める。

こんな感じで、追求⇒充足への道が開けそうな感じがしました。

投稿者 かわい : 2009年11月16日 21:15

みんなで「どうする?」と話し合う場があれば、男女の性の課題だけでなく、共同体再生や子育てなど性と関係する課題と同時に考えるようになると思います

そこで答えにたどり着いたとき規範が形成され、共認されて晴れて性の再生を含めた共同体再生へと繋がっていくのだと思います。

投稿者 KKK : 2009年11月19日 19:11

性の衰弱、封印は新しい性へのスタートライン。

衰弱・封印した性とは、誰もが充足できない『独占(自我)の性』。だからそんな観念はさっさと捨てて、みんなが充足できる方向の男女関係を考えていけばよいのだと思う。

投稿者 HHH : 2009年11月19日 19:12

人数バランスで言うと、男3+女3ぐらいがいいような気がします。

男1対女1だと、たぶん男は控えてしまう。

男or女二人だと、どちらかの意見に偏ってしまうか、頼ってしまいそう。
3人居ると、男性としてのor女性としての考え方に一定の考え方が出せるので男女としての答えが出せそう。

男共認+女共認があってはじめて男女規範の再生の場ができる。
しかし、なかなかそういう場がないっていうのが現実で、どうやって創っていくかというのも今後の課題の一つ。

投稿者 sodan : 2009年11月19日 19:31

コメントしてください

*