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2007年05月18日

密室家庭の変遷③ 1970年代「子供の囲い込み」

‘70年代に入ると、それまでマイホーム主義で大量消費社会を生きてきた「家族」の形が微妙に変わり始める。

日本が経済大国となり、「豊かな社会」が実現されると、消費共同体としての家族は次第に機能しにくくなった。総理府の「国民生活に関する世論調査」によれば、60%の国民が自分を「中の中」の階層だと感じ、「中の上」、「中の下」も合わせると、9割が自分を中流だと思うようになった。
そのことは、物の私有という価値を軸として消費共同体を形成し、一億総中流化を目指していた家族にとって、軸そのものが失われはじめたということを意味する。貧困からの脱出、豊かな生活を目標にする時代は終わった。しかしそうであればこそ、家族が一丸となって働き、勉学にいそしむという図式も崩れ始め、家族の目標喪失状況が生じたのである。
カルチャースタディーズより引用)

こうして高度成長期に拡大した理想のマイホームのイメージは、しかし1973年の第一次オイルショック以後の社会経済環境の変化のなかで、次第に崩れていく。企業・産業・経済の変化と並行して、家族や学校も大きく動揺した。離婚、家庭内暴力、校内暴力など、それまでの家族や学校の体制が崩れ始めていた。そして家族や学校という集団よりも個人を重視する価値観が台頭していた。
 家族や学校や企業においては、集団よりも個人を重視する価値観の台頭はあまり喜ばしいものではない。しかし消費社会そのものは個人重視の価値観の台頭を歓迎した。主要な耐久消費財の普及率がほぼ100%となった1970年代半ばにおいては、家族を単位 とする消費はもはや力を失いつつあった。そこで注目されたのが、より個人的な消費である。父親の収入で家族のために買う消費ではなく、個人が個人の収入で個人のために買う消費が重要になった。アンノン族もクリスタル族もHanako族も個人が消費の主役となった時代の言葉である。

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社会と隔絶した家族単位の消費に向かい密室化した家庭にとって、共通の目標喪失と個人消費の価値観の台頭が徐々に影響を与え始める。

会社で仕事をしている夫がいない家庭にかかる圧力は衰弱し、妻は悠々自適な主婦生活を謳歌できるようになる。一方で結婚後に家事・子育てを専業としていた主婦にとって、社会からの疎外感を強めていったのもこの頃ではないだろうか。

そんな主婦達が向かった先は「子供の囲い込み」である。自分の子供を過剰に可愛がったり、教育ママなる熱心な教育を行うようになる。しかしこれは子供に対する母親の強い愛情のように見えて、実は母親の価値観の植え付けでしかなく、子供は常に母親の真の愛情欠乏に陥ることになる。

そして無圧力化が進めば進むほど、家庭の密室化はさらに進み、他人に踏み込ませない聖域になっていった。

投稿者 hiroaki : 2007年05月18日 List   

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コメント

私はちょうどオイルショックの1973年産まれなのですが、既に密室化しはじめた家庭で育った、って事なんですね。

ただ、当時は近所に同年代の子どもが多く、学校行くのも放課後もいつも外で遊んでいた記憶があります。

でも、受験戦争なんて言葉もちらほら聞こえてきたりして、巻き込まれたくないなぁ~、なんて思いつつ、親の目をかいくぐって遊んでました。親の「囲い込み」から逃れる術を、早々に身に着けていたのかもしれません。

が、一方で今現在の実家(両親+兄)は、ほんと冷め切ってます。マイホームって、なんだろう?って感じです。

投稿者 かわい : 2007年5月18日 23:47

高校の頃は、大学に行きなさい。
大学の頃は、手に職がつく勉強しなさい。
就職する頃は、子供を産んでも一生続けられる仕事にしなさい。

って、母親に言われてきました。
今にして思うと、

>結婚後に家事・子育てを専業としていた主婦にとって、社会からの疎外感を強めていった

この背景が、母親の気持ちにあったのでしょうね。

投稿者 りうママ : 2007年5月19日 05:02

>ただ、当時は近所に同年代の子どもが多く、学校行くのも放課後もいつも外で遊んでいた記憶があります。(かわいさん)

67年生まれの私がまだ小さい頃(小学校の低学年くらいまで)は、同年代を超えて近所のお兄さんやお姉さんが一緒に遊んでくれていた記憶がありますが、高学年くらいになると同年代だけで遊ぶようになり、下級生とはほとんど一緒に遊んでいませんね。

何でだろ?何となく近所の小さい子に「ケガさせちゃいけない」とか「泣かせちゃいけない」みたいな価値観を徐々に親から刷り込まれていたのかもしれません。

そして中学生くらいになると、親から「誰それとは一緒に遊ぶな」と制限されたり、半ば強制的に塾に行かされたりと完全に囲い込まれていた気がします。

親父が大学教授だったこともあり、親の世間体を気にする様は激しく、りうママさんの母親以上に母親は過干渉でしたね~。

高校の頃、このまま家にいてはヤバイと思うようになり、大学でやっと脱出した次第です。

投稿者 JAKE : 2007年5月19日 20:39

この頃の囲い込み意識、そして閉塞状況の積み重ねが、昨今の親子殺しに繋がっているかと思うと、根深い問題なのだなと改めて思いました。

投稿者 さる吉 : 2007年5月19日 21:02

この頃、タイガーマスクにあこがれて、ミナシゴにあこがれていました。

本能的に脱出したかったのでしょうか?

投稿者 くりりん : 2007年5月22日 19:12

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