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2007年05月05日

いじめの解決方法より~いじめ事情に暗躍し利用する人々~

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こどもの日ですね。
さて、いま、子ども達をなやませている「いじめ」の解決方法は、どのような傾向にあるのか?と調べてみましたが、なんとなんと解決方法というよりも、「いじめ」へのいろんなしがらみがいろいろ出てきます・・・・

サイト・ブログやその他の情報のコンテンツに、
「ちょっと、本気で子供のためにいじめを解決しようとしているの?」
 と疑いたくなるような違和感を覚えてしまいました。

 問題は、我々のこうした自己正当化、他者否定の意識と目先の利益確保へスタンス。子ども達を「家庭」や「学校」という密室空間に閉じ込めようとしているこの社会の仕組みを作り出し、己の自戒もなく、自分さえよければいいと考え、相手との共感関係を断ち、子供たちに真っ当な課題や圧力や規範や成功体験や対象への同化能力を磨く訓練を閉塞させ、供給者の道を閉ざしているのは、他ならぬ私たちであることをはっきりと認識すべきときだと思いました。

ネットでもテレビでもニュースペーパーでも雑誌でも騒がれている「いじめ問題」。旧観念や私権観念に囚われたこの【「いじめ」と騒げば騒ぐほど利益を得る構造】が問題なのは見えていますね!皆さんはどう思われますか??!

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そんな中で下記の現象が気になるところです。

■例えば1・・・・宗教団体とブログ
「いじめから●●を守ろう!ネットワーク」を見てみました。何か、解決の糸口がつかめるか?と思いきや、有効な解決策が見つからないどころか、既成の言葉や一般的ないじめニュースの連続でした。人気があるのか?と思いきや(組織票?)、どうも、このブログの管理者は、●●の科学という宗教団体に所属する方のようです。目的をお間違え?になっているのかも知れませんが、愛や平和や撲滅や運動では、突破口は見つからないことを理解されているとは、とても思えません。
 真剣に、いじめ解決を考えている方々も多い中、目的を履き違えたブログはやはり推薦できませんね。このような、自集団利益優先とも見えるブログでは、とても、いじめを解決できないように思います。また、上記ブログが運営するいじめかきこみ寺もちょっと要注意ってところでしょうか?

 【2ちゃんねる から子供たちを守ろう!】というサイトがあります。アンチサイトとして【『2ちゃんねるから子供たちを守ろう!』から子供たちを守ろう!】というサイトもあります。いじめからこどもを守ろうとするサイトが、この状態であれば、必ず、アンチが登場します。このように『子供を守ろうから守ろう』にならないことを願ってやみません。

■例えば2・・・・学者と宗教団体
 上記のブログで紹介されている「ゼロトレランスがいじめ問題を解決する」を講演する中京女子大名誉教授 加藤十八氏でググるとPWPA なる団体での教授の中部支局活動(2000年12月16日「日本の教育再建を考える」)
が検索できます。PWPAとは、世界平和教授アカデミーであり、はてな検索では、「世界平和教授アカデミーは、統一協会の下部組織の一つ。」( )と書かれていました。

 しかし、教授の集まりが統一教会という宗教団体の下部組織?それってどういうこと?・・・・そういう方々が、ゼロトレランスなどという米国かぶれの旧観念の認識を流布するものだから、まともに、いじめを解決しようなどと考えているはずもなく、いじめの隙間をついた己の利益につながる布教活動がメインであると思われてもしかたがないなぁと思います。

■例えば3・・・・NPO法人
 上記のブログの運営者も「NPO いじめから●●を守ろう!ネットワーク」所属ですが、いじめを考えるNPO法人があまりにも頼りないし、解決できそうに思えないのは私だけでしょうか?「NPO法人いじめ●●プロジェクト」やNPO申請中の「いじめ●●ネットワーク」なども、いじめ解決に対処されているようですが、目先的で、人権や平和、愛の掛け声ばかりです。やはり、旧観念に囚われているという構造は同じで、現実のいじめの解決には程遠いなぁと感じます。それは、単なる傍観者であることを反証しているようで、己のスタンスの変更を余儀なくさせられるものだと思いますが・・・・ 

■例えば4・・・・興信所などの民間企業
G・エージェンシーという探偵会社があります。いじめ対策・調査を業務内容としてHPに掲載されていますが、どうも、その方法が、興信所ゆえに、「一部始終をカメラで押さえ依頼者に渡す。それを相手の両親と担任の先生に伝えて終了。」 とのこと。しかし、これだけで、多額のお金をつぎ込み、はい、終わりでは、なにも解決しないことは誰でも分かっているわけで、このやり口には、閉口してしまいます。
 このG・エージェンシーは、「2ch裏の歴史と噂の真相」というサイトの「第四章・悪徳探偵社と個人情報販売」に記載されていますが、かつては、あまりイメージのよくない興信所であったようです。2chの収入源である個人情報売買(ログ販売)を繰り広げた、利益のことならなんでも行うという、興信所であって興信所の規範を犯した企業であることがかかあkれています。いじめの弱みに付け込み、こんな個人情報を流されたら、火に油を注ぐように、炎上必死ですよね。解決するどころか、己の利益しか考えていないように見受けられますが、どうでしょうか?

■例えば5・・・・マスゴミ、雑誌、マスメディア
 騒げば騒ぐほど、ニュースになり、社会問題化すればするほど、注目され、視聴率を獲得して、広告収入を得る構造を持つマスゴミは、いじめ自殺と文部科学省の対応批判を報道し、長期化させることで、ねたを尽きさせない。解決策をなにも提示せず、結局、傍観者、情報収集でとどまっており、己のスタンスを変えようとしない腐った態度は、許せないものがあります。当然、いじめを解決しようなどと思っていないでしょう。新聞もテレビも雑誌もこの構造です。はまったら、終わりです。いじめ捏造なんて朝飯前ですよ。

■例えば6・・・・政治家・官僚や学校・教師の体制側
 文部科学省しかり、教育再生委員会しかり、教育委員会しかり、いじめに対する視点がかなりずれていると思いませんか?世の中、お金や地位、身分やいい生活、豊かな生活を希求する情勢ではなく、「学校に競争原理導入」やら、「いじめレスキュー隊」やら、「君を守り隊 」やら、方法論にすぐ走る傾向が見て取れます。現場の教師や学校も同じです。それは、答え欠乏の現れでもありますが、昔の観念で、いじめが解決しないから悩んでいるのに、どうもそこが読み取れないのは、やはり、現存体制維持・保守意識からの目先解決に進むことが原因だと思います。

■例えば7・・・密室家庭の親たち
 いじめ解決サイトを検索していると、有料でいじめを解決奮闘している「いじめ解決屋本舗」というサイトを発見しました。更新されていませんが、そこには、いじめの当事者の子供の親の状況が克明にかかれていました。明らかに、密室家庭での教育不可能をはっきりと認識させられます。彼は、「周りを変える努力より自分が変わる努力をするべきだ」と主張します。いじめる側も、いじめられる側もそれは同じであると・・・・
 しかし、変わらせないのが、親というアンカー。過保護であっても、教育パパやママであっても、頑固親父であっても、力技の親であっても、密室家庭で囲い込み、子ども達を変わらせないのが、親。変わらないからいじめになるのは当然で、自己中に育てればそれだけで、いじめを誘発すると彼は読み取っています。親は、ここまで落ちたか・・・と先行き破綻の見えたる状況です。結局、親自身、変わらず、自分の都合のいいように子供を扱うことで、いじめが発生していることに気づく時期でもあるのでは?と思います。

結局、いじめしかり、社会の機能不全を解決するのは、共感や共認という我々のもって生まれた人間たる由縁のこの本質機能を、さび付いた状況から刷新することが解決策であると思います。それには、己が変わる、相手も変わる、社会が変わるというパラダイムの転換が必要なのだと思います。すなわち、それは、私たちの立ち居地を変更することに他なりません。しかし、そんな困難なことではありません。人は一人で生きられないという事実を真摯に受け止め、それを活力として生きてゆくことです。いじめのような役割不全は、集団であれば、どこにでも発生します。外から来る自然外圧や外敵外圧を克服し、豊かになった私たちは、それらの圧力を自ら作り出す必要があるのです。どんな集団であれ、社会であれ、その圧力の形成は、相手の役に立つにはどうしたらいいか?ということから始まるものだと思いますが・・・・

投稿者 2310 : 2007年05月05日 List   

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コメント

>人は一人で生きられないという事実を真摯に受け止め、それを活力として生きてゆくことです。いじめのような役割不全は、集団であれば、どこにでも発生します。外から来る自然外圧や外敵外圧を克服し、豊かになった私たちは、それらの圧力を自ら作り出す必要があるのです。どんな集団であれ、社会であれ、その圧力の形成は、相手の役に立つにはどうしたらいいか?ということから始まるものだと思いますが・・・・

こんな言葉を、みんな待っているのだと思いました。

「己が変わる、相手も変わる、社会が変わる」

いい言葉です!

投稿者 naoto : 2007年4月27日 02:35

なるほど!

己が変わる=相手が変わる=社会が変わる。

「どうやったら、自分は変われるんだろう?」と思ってしまいそうですが、そこで自分だけを見ても何も方向性は見えない。

自分を視る=相手を視る=社会を視る。

その先に答えはあるということになりますね。

投稿者 匿名 : 2007年5月12日 00:34

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