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2007年04月26日

いじめといきる

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中日新聞が今年のはじめから《いじめと生きる》という連載をしています。この連載を読んで感じたことがあります
http://www.chunichi.co.jp/article/feature/ijime/index.html

始めに連載の意図としてこうかかれています

なくせないものを「あってはならない」の建前で覆えば本質は逆に見えにくくならないか。本連載では「いじめと生きる」の視点で、いじめ問題を考えてみたい。まずは「ドラえもん」を通して-。

そしてこういっています。

・どらえもんはいじめが筋立ての漫画であり、いじめの世界の構造は加害者・被害者・観客・傍観者の4層構造である :roll: :twisted:

以下内容を抜粋します。

ドラえもんのいない世界で 四層構造=みーんな消して、のび太は泣いた
ドラえもん作品の中で、スネ夫は、「のび太をいじめてすっきりしよう」という
「いじめ」の言葉は、全巻中で実に115回登場する。秘密道具も、ジャイアンによるのび太へのいじめの対抗策で出される構図が多く、横山は「いじめが筋立ての中心」とさえみる。いじめ研究の第一人者で大阪樟蔭女子大学長の森田洋司(65)は、いじめが進行する基本構造として「加害者」「被害者」のほか、はやしたてる「観客」と、知らぬふりを決め込む「傍観者」による四層構造を指摘している。
加害者=ジャイアン、被害者=のび太、観客=スネ夫、傍観者=しずかちゃん…。・・・・ふつうの現実。そこには実際に、避けがたく、いじめが存在しているからこそ、人はこの物語に惹きつけられるのではないか。

いじめの構造は被害者と加害者だけに着目しては全体の構造が見えません。
ここではのび太はいじめの原因である加害者と傍観者と観客をドラえもんの道具で消して寂しくて泣いています。
課題がないから仲間収束に向かうしかないいじめの実態が浮かび上がってきています。

そして第4部ではいじめを「科学的」な目線で教育関係者以外の科学分野の人に取材しています。
ここではこういっています。

「いじめは注目されるための行動の報酬」である

以下引用です

京都大霊長類研究所:正高信男さんは、「いじめは人間以外の動物にはない」と考える。人類は集団で生きる。・・・人間は周りの目を意識する。赤ちゃんが言葉を覚える時にも、それが関係している、と赤ちゃんの発達も研究している正高は説明する。「しゃべるほど周りが反応し、ほめてくれる。注目を受けることが言葉を覚える行動の報酬になる」。そして「いじめも同じ。注目されるから繰り返す」というのだ。日高敏隆さんも「自己を確認して安心するための手段の一つとして、『おまえとは違う』『オレはえらいんだ』と相手を否定するのが、いじめなのではないか」。

一般にサルは自然外圧に加えて同類同士の闘争があり、余分ないじめなどしていたらその群れは滅亡してしまいます。
したがって生存課題という課題は群れの成員にも浸透しているはずです。

そのサルから進化した人類は、極限時代は牙も鋭い爪も持たない弱い存在であった。
そんな人類が生き残るためにはさらに集団で力を合わせるしか仕方がなかった。
そのために培われた機能が仲間や自然など(対象)と同化する共感機能だったとおもいます。

貧困の克服が明確な課題があった時代はそれが役に立った。
学校では少なくとも勉強は将来食うために(生きるために)必要な手段であり、廻りを見渡してみんなはそれが課題の中心だと認識していました。

現代は、本能を直撃するような明確な生存課題は見えにくくなっています。やりたいことが見つからないという風潮のように明確な課題が見えない時代になっているといえます。

人類が礎としてきた共感機能(共認機能)が、向かうべき方向を見失っているのかもしれません。
いじめは課題がないままに共感機能を使って仲間関係に向かわざるを得なくなった人類の悲しい姿なのではないでしょうか。

そもそも地球的に考えれば人口問題・経済問題・環境問題など生存課題はより厳しさを増しています。
もっと根底的に考えればいじめ以外にやることはたくさんみつかるはずだと思います。
tennsi21

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参考連載の題名の一覧
第4部・「科学的」に考える (8)時間 とりあえず「明日」 脳は「気が変わる」(2007年3月24日)
第4部・「科学的」に考える (7)話す 吐き出すことが “クスリ”になる(2007年3月22日)
第4部・「科学的」に考える (6)グループ 「仲良し」なのに… 生まれる「黒い羊」(2007年3月21日)
第4部・「科学的」に考える (5)ストレス 根底には競争意識 「加害」に走らせる(2007年3月20日)
第4部・「科学的」に考える (4)ヒト 周囲の「注目」カギ 動物たちには無縁(2007年3月19日)
第4部・「科学的」に考える (3)脳の中 “古い層”の暴走か 快感が「繰り返す」?(2007年3月18日)
第4部・「科学的」に考える (2)PTSD 長く深い苦しみ 人生まで変える(2007年3月17日)
第4部・「科学的」に考える (1)画像 心が傷つけば脳にも傷がつく(2007年3月16日)
特集-社会史に見る(2007年3月7日)
第3部・母親VS先生(8)(2007年2月23日)
第3部・母親VS先生(7)(2007年2月22日)
第3部・母親VS先生(6)(2007年2月21日)
第3部・母親VS先生(5)(2007年2月20日)
第3部・母親VS先生(4)(2007年2月19日)
第3部・母親VS先生(3)(2007年2月18日)
第3部・母親VS先生(2)(2007年2月17日)
第3部・母親VS先生(1)(2007年2月16日)
第2部・大人は分かってない 思いこみ=「死に急ぐ」のは子どもじゃない(2007年1月13日)
第2部・大人は分かってない 「呪文」のように=「サイン逃すな」20年ずーっと(2007年1月12日)
第2部・大人は分かってない ゼロの圧力=「ない」目指せば「見えなく」なる(2007年1月11日)
第2部・大人は分かってない 「定義」の呪縛=判断迷うより子どもに聞け(2007年1月10日)
第2部・大人はわかってない 調査の「実態」=増えてるの?減ってるの?(2007年1月9日)
第1部・ドラえもんのいない世界で 「のび太」的=よおし!頑張るぞ やれる範囲で…(2007年1月6日)
第1部・ドラえもんのいない世界で 空間の違い=「町内」飛び出すとジャイアン変身(2007年1月5日)
第1部・ドラえもんのいない世界で 親と子=「立派じゃない」だからすがれる(2007年1月4日)
第1部・ドラえもんのいない世界で 流される=しずかちゃんもただ見てるだけ(2007年1月3日)
第1部・ドラえもんのいない世界で 四層構造=みーんな消して、のび太は泣いた(2007年1月1日)

投稿者 tennsi21 : 2007年04月26日 List   

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コメント

ドラえもんって、弱者がロボットに助けられる、ていう話の効果として、弱かったり、いじめられたり、っていう話で、「いじめ」がテーマではないように思うんですけど。

引用された分析はかなりな無理やり感があるような・・・?

投稿者 さいゆー : 2007年4月26日 21:59

「自己を確認して安心するための手段の一つとして、『おまえとは違う』『オレはえらいんだ』と相手を否定するのが、いじめなのではないか」

いかにも学者的。旧観念的。

また、サブカルチャーとしてのいじめストーリーのドラえもんを分析することもいかにも学者的。

うぅーん。本質が見えないような気がしますが、どうでしょうか?

投稿者 2310 : 2007年4月26日 22:05

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