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2018年07月06日
子どもたちは文化や社会を変える力をもっている~「森の小さな〈ハンター〉たち―狩猟採集民の子どもの民族誌」より
文化人類学でアフリカ地域を研究している亀井伸孝氏が、カメルーンの狩猟採集民バカ
の子どもたちと共に過ごした記録です。
バカ族の集落にテントを張り、次第に子供たちと打ち解けあいながら遊びの弟子になり、1年半にわたって行動を共にする中で、彼らがどんな遊びをし、どんな知識を身につけていくか、その自然な姿が生き生きと描かれています。
今回は亀井氏の講演会の記録から、その様子を紹介します。
以下(http://www.ajf.gr.jp/lang_ja/africa-now/no90/top2.html)より引用します。
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『子どもたちは時々、やりを持って森の中に入っていきます。別に獲物が捕れるわけではありません。葉っぱを刺したり、パパイヤを一個採ってきたりしていました。意気揚々と森の中へ出かけていったら、手ぶらで帰ってきたりはしません。動物がとれなくても、おかずになるようなキノコなどを、葉っぱでくるんでぶら下げて持ってきたりします。転んでもただでは起きないというか、手ぶらでは帰らない。何かを見つけて、拾って帰って来るという姿は、やはりたくましいなと思いました。
10歳くらいの女の子たちが、遊びで小屋を作ることもあります。大人たちが作るドーム型の本格的な家屋ではなく、その要素を取り入れた簡素な小屋を作るのです。なたを使ってパパッと葉っぱと枝を切り取って小屋を作り、中に敷物をしいて、女の子4人で転がって遊んだりしています(2ページ中段の写真)。やはり、大人の女性の仕事を女の子たちが遊びにする、男性の仕事は男の子たちが遊びにする、という傾向がはっきりとあります。
まだ幼い4、5歳の頃は性別に関係なく一緒に遊んだりしていますが、10歳ぐらいにもなるとやはり自分の性別を強く意識して、大人のロールモデルからネタを借りてきて遊びにするのです。バカの社会では、大人の女性がドーム型の家屋を作る仕事をすることと、少女たちが小屋作り遊びをすることには、密接な関係があるように見えました。』
『ミミズを掘って、釣りのえさにすることもあります。ミミズしかとれなくても、ミミズがいたぞということ自体が一種の狩猟採集活動で、充実した楽しいひとときになるのです。女の子たちは、川をせき止めて、水たまりの水をかい出して、そこに閉じこめられた魚やカニを手づかみでとるという伝統的な漁労方法によるかい出し漁をすることもあります。
大人の女性がこれをやると、鍋に何杯も、集落の人たち全員を養っても余るぐらいの大量の漁獲高を上げます。それに対して、5、6歳の女の子たちが小川に行って泥かきをしても、結局は何もとれないで帰ってくることがよくあります。これも生計に貢献していない生業活動ですが、それでも許されている。魚やカニがとれるとおやつになるので、本人たちはもちろんうれしいでしょうが、獲れなくても別にそんなに悲しくもないし、困ってもいないのです。そんな遊びとも生業活動とも分類しがたい活動がいろいろと見られました。』
『また、大人が「こうしなさい」「こういう遊びをした方がいい」「こういうゲームのルールで」などと言って、遊びを与えることはしません。だいたい10歳すぎくらいの子どもたちが、幼い子どもたちを引き連れて遊びや狩猟や採集を組織して、みんなで出かけていきます。私の方は、年長の子どもに引き連れられている5、6歳の子どもたちから、「ノブウ、来い」などと言われて引き連れられていました。子どもたちの中での長幼関係に基づいて、年齢の比較的高い子と低い子が一緒になって連れ立っていくということが多いのです。そして子どもたちは、手近な道具や素材を使って、勝手に遊び方や使い方を覚えていました。』
『私がこの本の中で主題として掲げていたのは、人類進化に関わるテーマでした。人間はどうしてこのような生き物になったのかということを考えるとき、近代的教育を受けることは必ずしも普遍的ではないことに気付くでしょう。いくつかの国ですべての子どもたちが教育の対象になったのは、ようやく20世紀に入ってからのことで、しかもすべての国ではありません。
近代的教育がまだ普及していない社会が少なくないアフリカにおいて、学校が必ずしも大きな権威を持っていない地域の子どもたちの姿を学ぶことは、人間がもともと持っていた姿を探るための参考になります。こうした社会で子どもたちが何を覚え、学び、育っていくのかを知ることは、生態人類学や心理学が学習や教育に関わる問題を考えるときの参考にもなるでしょう。』
『子どもの力をあなどってはいけないということは、実はいろいろな思想家や哲学者が述べています。たとえば、チョムスキー派に属する研究者は、言語を誰が発明したかという問いに対して、言語は大人たちではなく子どもたちが作ったのだと述べています。
文化の継承についても、大人が子どもたちに文化を継承させようと思うから子どもが継承していくのではなく、子どもたちが勝手に面白がって覚えるかどうかによって、文化が継承されるか否かが決まってくる、と主張する人もいます。
一方で、社会や文化が変化していくときに誰がそれを変えていくのかという点でも、大人が変わってほしいと言ってもムダであり、結局は子どもたちが勝手に変えていくのだということをプラトンは述べていますし、ベンヤミンなども同様のことを述べています。
子どもたちは、大人が思っているほど無力ではないし、弱々しく文化を受けとめるだけの存在でもないことは、いろいろな思想家や哲学者がさまざまな形で指摘しているのです。』
『それにもかかわらず、教育などの場面では、子どもたちがずいぶん低く見られているという一面があるのではないでしょうか。子どもは、経済的に大人に依存せざるをえないとか、体が小さい、体力が弱い、あるいは知識や経験の量に大人との差がある、などの事情は考慮するとしても、近代的な諸制度の中には、子どもをさらに無力な存在におとしめようとする装置がいくつもあるのではないかと、私は感じています。
カメルーンの熱帯雨林地域で狩猟採集民の子どもたちが、意気揚々と生意気にも一丁前に勝手にやりを振り回して出かけていく姿を見ると、日本などの先進国の子どもたちがどうしていつも学校に通わされなければいけないのかと、疑問を覚えることもありました。
近代的な制度は、子どもを労働をしない、参政権を持たない、教育を受け、保護されるべき存在に位置付けています。アフリカの子どもたちに学びながら、「子どもとは無力で保護されるべき存在だ」という前提をはずし、対話するパートナーとして子どもと出会うという思考実験をすることは、有益で面白いでしょう。
「子どもとさしで向かい合う」どころか、「子どもを先生にして弟子入りして」まとめた私の民族誌は、その意味でも何らかのヒントを提供できるのではないかと考えています。』
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バカの子どもたちは、大人から何も教わることなく自分たちで遊びを考え、おとなの生産活動を真似て大きくなっていきます。
大人たちから社会の枠をはめられ、その中で生きていくことを強制される現代の子どもたちとは正反対。子どもたち自身が遊びの中で社会の雛形をつくり、やがて社会の担い手へと成長していく姿は、のびのびと楽しそうで活力に溢れています。
また、言語の発明、文化や社会の変化は子どもたちがもたらしてきた、とする見解はバカ族の子どもたちをみていると自然と納得がいきます。遊びの中で新しい工夫を取り入れたり、初めて見た文明(車や飛行機・・)を遊びの中で吸収したり、常に変化の芽は子どもたちの内にあります。
そう考えると、近代以降科学や生活の利便性は進化したかも知れませんが、人類が社会的・文化的に成長したかというと非常に怪しく思います。子どもたちを学校教育という名の下に拘束し、既成の社会の枠をはめることで、本来子ども発であった社会の変化と成長を阻害しているともいえるのではないでしょうか。
投稿者 hoiku : 2018年07月06日 TweetList
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