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2018年04月25日

不登校だった僕が、教員研修?

これを読んで、まともな神経の持ち主だからこそ不登校になるのかも?と思えてきました。

逆にこの状況をやり過ごせる人間のほうが学校教育の被害者なのかも?

 

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3人組バンド、JERRYBEANSー関西を中心に活躍する彼らはちょっと変わったスタイルのバンドだ。主な活動は「講演ライブ」だという。会場はライブハウスではなく「学校」。一体なぜ、こんな珍しいスタイルで活動しているのだろう。それはメンバー全員の学生時代の経験にヒントがあるという。リーダーの八田典之さんのストーリーを伺います。

https://h-navi.jp/column/article/269

https://h-navi.jp/column/article/270

https://h-navi.jp/column/article/271

より引用します。

◆「講演ライブ」のはじまり
あの時は驚いた。
「君たちの過去を勉強会で話してくれないか」
そう言ってくれた一人の先生がいた。後から聞いたら校長先生って、また驚いた(笑)
3人組バンドJERRYBEANSは、メンバー全員、不登校の経験がある。
僕らは、その経験から様々な想いをのせて歌をうたっていた。
そんな僕らの不登校だった時期のことを、教員の勉強会で講師として話してほしいと言われた。
学校に行かなかった僕らが、学校の先生に何か伝えるなんて、変な感じだ。
お役に立てるのなら、必要としてくれるのなら、そう思って引き受けたのが「講演ライブ」の始まり。
生徒さん向けの時は、経験を話して歌を歌って。それだけだとしんみりしちゃうからクイズやゲームもして。…頑張ってモノマネしたり(笑)
過去のことを伝えるには、毎回勇気がいる。
人権や命、そんな真面目な話だから、最初は照れくさくて聞いてくれない子もいる。だけど、それでもいい。
リクエスト頂いたテーマに対し、僕らなりの想いを伝えるけれど、絶対に押し付けたり決めつけたりはしたくない。
僕らの経験したことを率直に伝えて、聞き手にはそれぞれ自由に感じてもらえたらいい。
ただ、どの学校でも必ず1人は、あの頃の僕らと同じかそれ以上に辛い想いをしている子がいる。

◆「明日もやりたい事がある」と思えたのは仲間のおかげ
バンドの仲間とは、不登校の親の会を通じて知り合った。
2人と出会ってから生活が劇的変わった。
毎日楽しくなって、僕がやってた音楽に2人も興味もってくれて、嬉しかった。
それまでは生きる希望なんてなかったけど、漠然とプロのミュージシャンを夢見るようになった。
仲間の存在ってすごい。
「明日もやりたいことがある」
そんな感覚は、仲間と出会ってからだ。
講演ライブを始める前は、ライブハウスで活動していた。
通信制の高校を卒業せずに上京。
16~18歳の学校も行かなかった子どもたちが、よく決断したなあと自分たちでも驚く。
それ以上に、僕の親もよく許してくれたなと思う。高校も卒業せずにいきなり上京するなんて(笑)
やりたい事を見つけて、積極的に進むなんてそれまでなかったから、応援してくれたんだろう。
その後僕は、29歳で高校を卒業した。

◆どの学校にもいる「ギリギリの子」は、あの頃の僕だ
今、講演ライブで色んな学校にいかせてもらって感じるのは、どんな地域でもどの学年でも、
「いま、死にたいくらい辛い」
という子が、必ずいるということ。
不思議と、ステージから見ててその子の姿はすぐ目にとまる。
毎回自分と向き合うから、体力もいるし気持ちも疲れる。
親御さんがいる時は、自分の親の顔が浮かんだりして泣けてくることがある。
それでも暗い顔してた子が、いい表情になっていくのは嬉しい。
最後にジャンプしながら参加してくれてたりすると、ものすごくパワーをもらう。
後日、「とっても励まされました」とメールが届く事もある。そんな時は不登校の経験があって良かったとすら、思う。

◆学校は楽しいものだと思っていたのに
本当に普通。勉強もスポーツも「普通」くらい。
友達はまあまあいて、小学校の4年生までは学校もずっと楽しかった。
それまで学校が大好きだったのは、クラスに恵まれていたからなのだろう。
学校は楽しいものだと思っていた。なのに、5年生の新しいクラスは、これまでと違っていた。
あまり良い雰囲気のクラスとは言えなかった。

◆原因不明の腹痛が続く日々
仲の良かった子が、クラスメイトからかわれていた。
おもちゃの銃を持った7~8人のクラスメイトから町中を追いかけられたこともある。
今考えるといじめだったのかもしれない。
一緒に逃げた日の翌日「次の標的は八田君らしいで」と噂を聞いて、とても怖くなった。
ある朝、登校時間になると調子が悪い。
病院に行っても、原因がわからない。
また次の朝、行こうと思ってるのに体調が悪い。
でも、病院では何も診断されない。
そうやって不調が続き、学校を休み始めた。
ずるずる休んで、どんどん学校に行きづらくなっていった・・・。
クラスの雰囲気、友達関係、大切にしていたペットの死。
休み始めた時期は、僕にとってしんどい事が重なっていた。
学校に行けなくなって苦しかった。
上手くいかないことが重なったのは初めて。
親の期待に応えたい、上手くできない自分が恥ずかしい・・・そんなループから抜けられない。
しばらくして「自律神経失調症」と診断された。ストレスが原因らしい。
学校に行ったとき、意志とは裏腹にボーっとしてしまい、何かが迫ってくるような、気分が悪くなることもあった。今思えば、あれはしんどさが体にあらわれてたんだと思う。

◆友達にも会えない、しんどい日々が始まる。
仲良かった友達が、家に来てくれたこともあった。
会いに来てくれて嬉しい、友達の気持ちにも応えたい、頑張りたい。
でも身体は学校を拒否する。しんどい日々が続いていた。
最初のうちは毎日学校に行くか行かないかと、母親と喧嘩。
母親は、どう思っていたのだろう。
「まさかうちの子が不登校なんて」と動揺していたのかもしれない。
心配してくれている、その気持ちはわかる。痛いほどわかる。
でもその想いに応えられない自分が辛かった。
父親はというと、「休んでるんかぁ」と一言。
「ぼくに無関心なんや」と寂しかったけれど、「学校に行け」「家いても勉強くらいはしろ」なんて一切言わずに、そのままでいてくれたのは、すごく有難かった。
あの頃僕は、学歴が無いとまともな人生送れないと思っていた。
「どんな大人になるんやろ」と心配だったたけれど、今仕事があって信頼できる仲間がいて、笑って毎日過ごせている。
こんなに変われたのは、僕を無理に変えようとしなかった親、そして仲間のお陰だ。

◆「僕が不安にさせてるんだ」自分を責めていた
頼れるのは親だけ。
当時は小学校6年生。まだ子どもだった僕にとって、親の存在はとてつもなく大きい。
そんな親が、僕の将来に不安を抱いている。
僕の人生はどうなるのだろう。未来は真っ暗だった。
親が不安になることで、同じように僕も不安になった。
「もう生きてたらあかん」
自分自身を責めた。
親の不安な気持ちは痛いほどわかる。ただ、親の不安そうな顔を見てるのは本当に辛かった。
そんなある時、母親が「学校だけがすべてじゃない」と言ってくれた。
ホッとした。
もう無理に行かなくてもいいんだ。—
それ以上に、大きい存在のはずの親が、またどっしり構えてくれたことに、心から安心したのを覚えている。
僕を変えようと動くのではなく、親が僕に合わせてくれた。
きっと僕の知らないところで、たくさん勉強してくれていたのだろう。
ゆっくりと、自分のペースで進めばいい。そう思えるようになった。

◆仲間と出会い、「水を得た魚」のように
「外に出た時、学校の誰かにみつかったらどうしよう」
そんな怖さが常にあった。
夕方や昼休みの時間は、外に出られない。
そんな状態だった僕を、親がとある場所に連れ出してくれた。
それは「不登校の親の会」の集まり。
親の会には、学区を超えて色んな家族がいた。
その会で、今の仲間と出会ったのだ。
山崎史朗と山崎雄介。この双子の兄弟に出逢った次の日から、僕の生活は激変。
外にほとんど出られなかった僕が、毎日外出するようになったのだ。
毎日一緒に遊んでいた。この2人と遊ぶためなら、不思議と外出は怖くなかった。
仲良くなれたのは、不登校経験があるからではない。
ただ、お互いに触れてほしくない話をあえてする必要がなくて、気楽だったのだと思う。
今、仲間とぶつかることもある。
でも、お互いに尊敬しあっているから、思う存分ぶつかっていける。
この仲間になら、絶対大丈夫。信頼している。

◆親を支えてくれた「親の居場所」
親はいつから「不登校親の会」に行っていたのだろう。
僕の知らないところで、色々な場所に出向いていたのかもしれない。
不登校になって、最初はひどく動揺していた母。
そこから時間をかけて、「学校だけが全てじゃない」と僕の状況を受け入れてくれるようになった。
その変化を考えると、「親自身のサポーターの存在」は大きいと思う。
子どもを支える親を、支えてくれる場所。親だって一人の人間だから、子どもの変化やつまづきを目の前に、動揺せずにスパッと動くなんて、難しいと思う。親も誰かに頼っていいのだ。

◆学校に行かなくても、人生は大丈夫だから
いま僕が不登校だったことを思い返して悩むことはない。
でも、あの時の僕と家族は、全員しんどかった。義務教育が終わってホっとしたのも覚えている。
ただ、あの時間は、僕にとって、「自分や家族と向き合えた時期」。
あの数年間で、自分のことを良く知ることができた。
就職しないとあかん、学歴がないとあかん、外にでないとあかん・・・
そう思うから、しんどい。
僕らもそうだけど、自分たちの好きなことや得意なことで、少ないながらお金をもらって生きていく事はできる。
だから、無理をして生きづらくなるなら、好きな事をのびのびとやっていけたらいいと思う。今の時代、そういう選択肢もあるのだから。

◆全国のお母さん、お父さんへ
お子さんのこと、ものすごく心配だと思います。
でも、心配な気持ちが「学校へ行ってほしい」「前みたいに友達と遊んでほしい」と、お子さんへの具体的な願いになればなるほど、お子さんはしんどくなってしまう。
「幸せになってほしい」という、根本の気持ちだけを伝えてあげてほしい。
講演ライブでの出会いを通して、子育ての根底にある想いは、「健康であってほしい」「幸せであってほしい」という事なんだと痛感しています。その部分を、勇気をもって伝えてあげてほしい。それだけで、ものすごく安心できるんです。
もう一つ。
親御さんも、自分自身の時間を大事にしてほしい。
心配で眠れないくらい不安な時もあるでしょう。
でも、お子さんのためにだけではなく、どうか自分自身を大切にしてください。
親御さんの活き活きしている姿や、余裕のある豊かな心に、子どもはホッとできるんです。
そんな親御さんと一緒なら、ゆっくりでも、きっとその子らしく進んでいきますから。僕がそうだったように。

投稿者 hoiku : 2018年04月25日 List   

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