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2018年02月23日

人類進化の原動力だった探究心。その探究心に蓋をしているのが学校教育。

生まれて間もない赤ちゃんはまだなにもわからない。幼児は分別がなく未熟な人間、だから物事を教え、躾ける必要がある。

と考える人が多いかも知れませんが、実は子どもたちは予想以上に様々な知識を持ち、科学者のような思考で周りの世界について学んでいるのだそうです。

今回はそんな常識を覆す研究成果と、教育のあり方について考えてみます。

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以下(http://www.obio.jp/voy/311.htm)より引用します。
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子供の意外な”脳力”

 わがままでよく泣くし、いつもきょろきょろしていて、いたずらばかり。普通の人はもちろん、人間を研究対象とする心理学者の多くもかつては幼い子供をいわばなにもわからない存在だと考えていました。しかし、最近の研究から、子供は予想以上にさまざまな知識を持ち、実験や統計分析など科学者が用いるような手法で周りの世界について学んでいることが明らかになってきました。こうして得られた画期的な発見は、赤ちゃんや幼児に対する私たちの概念を変えただけではなく、人間の本質についての新たな見解をもたらしました。

 赤ちゃんは実は統計分析が得意なのです。赤ちゃんは自分が予想していたこととは異なることが起きるとそれを長い時間見つめることが知られています。ある科学者が行った実験では、8か月の赤ちゃんにたくさんの白いピンポン球と少しの赤いピンポン球を入れた箱を見せ、そこから赤いピンポン球をとりだして見せたところ、確率的に出る可能性が高い白いピンポン球を取りだして見せたときに比べて、より長い時間赤いピンポン球をみつめていることがわかりました。このことは、赤ちゃんは箱の中に白いピンポン玉がたくさん入っていることを認識して、取り出されるのは白いピンポン球だろうと予測していた可能性を示しています。

 また、生後20ヵ月の子供を対象にした次のような実験結果も報告されています。緑色と黄色のおもちゃを用意し、箱の中に入れます。箱の中身は実験者にも子供にも何が入っているか見えるようになっています。実験では箱の中に緑のおもちゃをたくさん入れ、黄色のおもちゃは少ししか入っていない状態で実験者が箱から5個のおもちゃを取り出し、テーブルの上に並べます。子供に「テーブルの上のおもちゃの中からどれか一つをちょうだい」とお願いすると、こどもは、緑のおもちゃと黄色のおもちゃを特に意識せずに適当に実験者に1個のおもちゃを渡しているように思えました。

 けれど、実験者がその箱にはあまり入っていない黄色のおもちゃをたくさん取り出した時、同じように1個のおもちゃをくれるようお願いすると子供は黄色を選んで実験者に渡すようになりました。この結果からわかるのは、どうやら子供は実験者が、確率から予想される結果に反して、数の少ない黄色のおもちゃをわざわざたくさんテーブルの上に並べたのは、実験者が無作為におもちゃを選んで取り出したわけではなく、実験者が黄色が好きだからそのようにしたのだと考えたらしいということです。このようにして赤ちゃんや幼児は科学者のように目の前の状況を統計的に判断し、そこから結論を引き出すことによって周囲の世界について学んでいるらしいのです。

日経サイエンス2010年10月号
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人類は動物としての本能を土台にして共認機能(互いに認め合い集団を形成する能力)を獲得し、さらに対象世界を探究して自然の背後にある理を見出す観念機能を発達させてきました。
赤ちゃんの観察力、相手の行動からその思いを洞察して行動する能力は、まさに人類の進化過程を猛スピードでたどっているのです。

赤ちゃんや幼児をまだなにも分からない未熟な存在だと考えるのは大きな間違いで、思考や判断は科学者のそれと全く同じです。でも大人の態度や学校のために、その探究の芽が摘まれてしまうとしたらなんともったいないことでしょう。

以下(http://homeshoolclub.blogspot.jp/2010/08/blog-post_31.html)より引用します。
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日経サイエンスの10月号で「子どもの意外な”脳力”」という記事が出た。そこでは一見無知と思われていた赤ちゃんや幼児に想像を上回る学習能力があることが分かってきたと書かれている。

自分の子どもを見ていて、それ自体は別に驚くべきことだとも思わなかったが、面白いと思った点がいくつかあった。それを取り上げてみたい。

『人間の前頭前皮質という脳領域で集中、計画、効率などが人間らしい行動を抑制している。これが成長するまでは抑制が働かないため、周囲を自由に探索ができる。そして、人間の前頭前皮質は20年かけても完成しないとされている。』

『子どもたちが自発的に(ものすごく熱中して)遊んでいるときは、因果関係を調べたり、実験を行っていると考えられる。また、子どもは教えられていると思うと、自分の統計分析結果を変えてしまい、その結果として創造性が低下する場合もあると言うことが分かった。』

ここでもっとも重要な要素は、自由な探索である。そのためにも子どもには遊びが大切だと思う。遊びの中での一見無意味と思われる行動や考えを追求することにより始めて、子どもは納得がいける。そこでの失敗や錯誤は完全に許されるべきだ。子どもに納得をさせないことの与える悪影響は無視できない。

そういった意味で幼児の段階で叱ると言う行動が与える影響もまた同様である。

叱ると言う行為はほとんどが親の好みの押しつけだと思う。危険な行動はあらかじめ排除しておくことで避けることができるし、危険でない失敗はした方がいい。人間は失敗からしか学ぶことはできないと思っている。
小学校以降で受ける「教育」により、失敗する権利を封じられ、試行錯誤の機会を失ってしまう。それを一番恐れている。
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人間を人間たらしめている探究する心。

しかし学校は探究する自由を禁じ、失敗から学ぶことを禁じ、規則と勉強を強制して人間としての成長を阻害しているといえるでしょう。

これからの教育を考えるとき、子どもたちが本来持っている探究心をまっすぐに育み伸ばすこと、さらにいえば人類本来の思考を取り戻すことが最も重要なテーマになっていくと思います。

投稿者 hoiku : 2018年02月23日 List   

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