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2017年05月25日

「発達障害児」の大半は、近代という特殊な時代に適応できない普通の子どもたちではないか。

6.5% … 文部科学省により2012年に全国の公立小中学校で約5万人を対象にした調査結果で、”発達障害の可能性のある”とされた児童生徒の割合です。より細かな分類は以下のようになっています。
4.5% … 学習面で著しい困難
3.6% … 行動面で著しい困難(当社注:全体指示が入らない、落ち着きがなく着席が不安定等)
1.6% … 学習面・行動面の両面で著しい困難
(http://www.teensmoon.com/pdd/data/)

子どもの言葉が遅い、落ち着きがない、となると保育士から療育センターに行くように言われ発達障害の検査をされる・・
不登校になったらスクールカウンセラーから発達障害を疑われ病院に行って検査をしてくださいと言われる・・・

要するに、学校での集団行動や、学習に適応できない子どもたちを「発達障害」という病気でくくり、学校教育の場から排除しようとしているのではないか?とうがった見方をしてしまいそうです。

やたらと増えている?「発達障害」。今回はその背景について考えて見ましょう。

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以下(http://www.mammo.tv/interview/archives/no318.html)より引用します。
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『社会の変化に伴い、必要とされる能力も変わります。発達障害が「概念」であるというのは、まさに社会に適応しないからつくられた病とはいえませんか?』
そうですね。たとえば工業化するまでは、薪で火を得ることはあったにせよ電気もないので、人間は体を使うしかなかったわけです。それを1馬力ならぬ1人力とするなら、いまは200人力くらいのエネルギーをひとりで使って生きています。工業的な富によって支えられたエネルギーを使う暮らしに慣れていて、これを私たちは疑いもしません。しかし、自然に依拠していたときの人間の生き方の法則から大きく外れた「普通さ」でもあるわけです。

象徴的なのは学校で、これは国家がより機械に馴染む国民を育成するための機関として誕生しました。学校と軍隊には、それまで言語も慣習もバラバラだった住人をまとめる働きがありました。近代国家に適応する市民を支えるのが学校で教えこまれた近代合理主義です。突き詰めて言うと、機械を用いて製品をつくるなど、機械的な作業の上で役立つ考えです。

ところが自然に依拠した暮らしで人が生きていくには、そういう合理主義的に基づいた理性だけではダメで、勘が必要です。「そろそろ暖かくなってきたから種を蒔こう」といった知性は、科学的合理主義という機械的な物の見方には馴染まないないのです。
『工業化したことで生きる上での知性の規準が変わってきた?』
1900年くらいに開発されたのがIQテストですが、このテストの初期の質問には「氷が溶けると◯になります」があります。自然的な農業人だと「春になる」と答える。これは正しいですね。

でも、学校の求める知性からしたらバツで、「水」と答えないといけない。機械論的で合理的である答えが正しい。これが最大の変化で、自然の中で育んできた、環境に依拠した知恵は、暮らして行く上でかえって足を引っ張るのです。

工業化社会では、職人的な感性も否定されるべき対象です。それまでは、たとえば鍛冶なら親方が鉄の色を見て「いまだ!」と命じて徒弟が打っていた。しかし、それは科学的ではないから、温度を計測して何度になったらどれだけの時間打つか決めた上で作業しなくてはいけない。頭で考えた合理主義が実行できるように人間を切り替える必要があったのです。

ところが現代から見ると、そういう工業社会もまだ農業的な要素が存在しえる余地がありました。日本だと工業化の始まった明治時代、農業に携わる人口は80%を超えていましたし、第2次世界大戦までは農業人口は全体の50%でした。いまは7%です。

『農業人口が減るに従い、工業の求める資質が知性であると見なす傾向がいっそう疑われなくなった?』
特に戦後はアメリカ型の工業の影響で、品質管理の考えが人々に要求されるようになりました。トータルクオリティーコントロールと言いますが、自動車産業はこの考えで成り立っています。日本はこうした概念に基づいた産業の発展により経済的発展をしました。効率的で合目的で合理的を良しとする精神が企業や働く人のベースになったわけで、つまりは「はやく、ちゃんと、きちんと」です。

『子供の頃、家庭や学校でよく言われました。』
1950年から1970年までの親や教員の口にするしつけの言葉の8割は「はやく、ちゃんと、きちんと」でした。これは品質の高い製品をつくるために必要な考えで、これらを身につけることが能力と見なされたわけです。社会がそういう資質を評価する変化を遂げるにつれ、問題とされるようになったのが、知的障害や脳性麻痺です。つまりモノを生産する社会では能力がないとされた人たちです。

社会と障害や病との関係は深く、たとえばヨーロッパで工業化が始まった頃、統合失調症が問題にされるようになりました。合理的生産性にまったくそぐわないことが精神病とされたのです。それまでの自然的な社会では、神の声を聴くといった夢うつつの状態は自然現象で、だから巫女などもいたわけです。それが合理主義の到来とともに病とされるようになりました。

また生産能力の低い人が施設に入れられるようになるなど社会から隔離され、やがて20世紀に入る頃には、高品質なものをつくる上での規律を守れない人たちが、多動症や人格障害といった名前をつけられていきます。かつてイギリスがスコットランドやアイルランドの移民を「落ち着きがない」と揶揄していたことが典型的ですが、最初は倫理問題として、やがて病気として扱われるようになりました。
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「発達障害」は、工業化社会や学校制度に適応できない、あるいは適応しようとしない人に対してつけられた「病気」。歴史的には、工業化社会という特殊な時代に適応できない普通の人が「発達生涯」というレッテルを貼られているに過ぎないのかも知れません。

いま社会は大きな変化をむかえています。企業はこれまでのモノ中心の商売では立ち行かなくなり、学校は従来の詰め込み教育の限界を露呈してきています。むしろ新しい社会の変化に適応できていないのは企業や学校の方で、画一、効率第一の価値観から外れる「発達障害」が増えるのは当然のこと。

あわてて子供たちの「発達障害」を疑うまえに、まず古い制度や価値観を疑ってみることも重要なのではないでしょうか。

投稿者 hoiku : 2017年05月25日 List   

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コメント

これは言い得て妙だと思いました。
発達障害を取り上げたエッセイなどを読んでいると
「母系社会の通い婚が主流(夫婦は一緒にいる時だけの関係であり、子供は母の実家で、母の家族の手によって育てられるものだった頃)だった頃なら障害でも何でもなかったのに…。」
「父系社会バリバリの階級・時代(父親が最高権力者であり、財産は父親が管理するもの)だった頃なら、障害ではなかったのに。」
「戦国時代あたりの『妻は共同経営者であり、いつ敵になるかわからない勢力から派遣された大使のような存在』だった頃なら、もめなかったよなぁ。」
と、思う例が多くて…。
今の常識を疑って見ることは、大切ですね。
そうすれば周囲にいる発達障害の方に悩む方々も「この人は『江戸時代』マタは『平安時代』に適応した人なのね。」と、現実を受け入れられて(諦めがついて)になれますし、その時代の生活様式をヒントに、共に生きられる工夫も生まれるのではないでしょうか。

投稿者 とと : 2017年7月28日 16:02

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