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2016年05月19日

老人ホームの中にある保育園~原点は中世からの日本の育児・介護システムにあった。

日本には「親」がいっぱいいた! 前回は、仮親制で子を守り育てる社会の知恵を見てきましたが、その中でお年寄りははどのような役割をはたしていたのでしょうか。

最近は高齢者といわれ、親の代にとっては介護の問題がとても大きな社会問題になっています。老いれば体も弱るでしょうし、一定の介護が必要になってくるのは必然だと思います。

でも現在の介護問題は、年を重ねたから・・というだけでは済まない根本的な問題が横たわっているように感じます。

たとえば、相撲の世界で「年寄り」といえば、現役を引退した後に若い力士を育てる立場の人を指します。武家時代の「年寄り」といえば、老中、家老という役職が示すように、指導的立場にある人をいいます。こういう言葉が生き残っているということは、当時の社会において、お年寄りという存在にさまざまな期待や役割が向けられていたことの証なのではないかと思うのです。

今回はそんな「お年寄り」がどんな役割を果たし、介護という問題をクリアーしてきたか。いくつかの事例から見て見ましょう。

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今回はいきなりアメリカの事例からです。
以下(http://spotlight-media.jp/article/240466832717341611)より引用します。
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老人ホームの中にある保育園がアメリカで話題に。実は日本のある施設がモデルだった!

アメリカ、ワシントン州シアトル。Providence Mount St. Vincentという老人ホームの中から、子供たちの声が聞こえてきます。

実はこの老人ホームの中には、The Intergenerational Learning Center (ILC)という保育園が併設されているのです。室内は明るい色で装飾され、壁には子供と老人たちが描いた絵や写真が貼ってあります。老人ホームには、400人の老人が入居しており、その平均年齢は92歳。ほとんどの人が介護を要する人たちです。

老人ホームの中にある保育園ILCには、125人の子供たちが週に5日通って来ます。年齢は乳児から就学前の5歳までで、年齢別に5つのグループに分けらています。

一緒にランチを用意して~実は高齢のお年寄りと子供たちが食べる食事の量はほとんど変わらないそうです。

歌を聴いて~お年寄りの歌に耳を傾ける子供たち。どのお年寄りの目にも輝きが見られます。

一緒に遊んで~おばあちゃん達はお絵かきや塗り絵も上手

子供たちとお年寄り、お互いのためにできることが、たくさんあるはず!子供たちはお年寄りから、これから生きていく上で大切なことを学び、お年寄りは子供たちから希望と生命力をもらいます。

誰かがこの世から去っていく日々。明日は誰、明日は自分?そんな不安な気持ちの中で、お年寄りには、楽しみなことができました。それは、また子供たちと会えること。お葬式だけが続いていたこの老人ホームで、卒園式が開かれました。

未来に向かって成長していく子供たちのためのセレモニー。それは、お年寄りのみなさんにも、寂しい気持ちの中に、明るい希望の光を宿してくれたに違いありません。

モデルになっているのは江東園という日本の施設!

昭和37年(1962年)住むところのないお年寄りが安心して住める終の棲家をつくるため、江戸川の東にあるお年寄りの楽園となるようにとの願いを込め、養護老人ホーム「江東園」を開始。
その後、女性の社会進出が進み、保育所設立への地域の期待の声が高まり、昭和51年(1976年)に江戸川保育園を設立。昭和62年に養護老人ホーム、保育園、特別養護老人ホーム、高齢者在宅サービスの四施設を合わせた幼老統合施設を建設。そこから本格的な世代間交流がスタートする。

保育園の一日は、まるでおばあちゃんやおじいちゃんの家に行ったみたいに、子供とお年寄りが一つの屋根の下で過ごします。祖父母がいない子供たちや、いても遠くで会えない子供たちも、お年寄りと触れ合う機会が与えられることは、素晴らしいことだと思います。もちろん待機児童が問題になっている今、仕事を持つ親御さんにもありがたい施設ですね。

「お昼寝でなかなか寝付けないおともだちにトントンしてあげたり、ちょっと難しいボタンを助けてもらったり・・。おともだちもおじいちゃん・おばあちゃんたちもそれぞれが寄り添いながら生活しています。」

「こどもの日、七夕、節分、ひな祭りの季節行事はウィークとして、おともだちたちとおじいちゃん・おばあちゃんたちのふれあい期間となります。」

日本ではすでに100を超える老人ホームと保育園の統合施設が存在しているといわれています。核家族化が進み、異世代の家族が触れ合うことが少なくなってきた社会には、こういう施設が本当に必要だと思います。

お年寄りのすべてが子供好きとは限らないと最初は思っていましたが、調べていくうちに、やはり子供嫌い、人嫌いというお年寄りはいますが、多くお年寄りが子供たちに心を開いていくケースが多いとわかりました。
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保育園と老人ホームがひとつになった施設は最近の傾向かと思っていましたが、日本ではすでに30年前から本格的な試みが展開されていたのです。

でもこうした子供とお年寄りの関係、日本では中世までさかのぼれるようで、流行でもなんでもない昔ながらの共同体における育児と介護の仕組みだったようです。

以下(http://www.kaisei.ac.jp/media/library/pdf/48_12_n_nakata.pdf)より引用します。
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黒田日出男によると、中世の絵巻物には「子守」をする子どもの姿はほとんどなく、近世になって頻出するようになったという。
すなわち、近世初頭に登場した子どもの子守労働は、中世社会には見られず、子守は年老いて一人前の労働をすることができなくなった老人の仕事であった。一人前の仕事ができなくなった後、老人たちは、糸を紡いだり、孫のお守りをするなどの「補助労働」の担い手になったのである。一方、老人の介護は子どもの仕事の一つであった。
黒田は『絵巻 子どもの登場―中世社会の子ども像』の中で、「杖をつく腰の曲がった老人とその手を取る孫という姿」は、「老年の人を表現する象徴的・典型的な図像パターン」であると同時に「老人と子どもの身近さのシンボリックな表現」でもあると述べている。子どもと老人は最も身近な存在であり、介護と子守の相互関係によって、両者は深い絆で結ばれていた。こうして、老人が蓄えてきた人生のさまざまな知恵が孫たちへ伝えられたのである。
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そして中世以降少し前までの日本の農村部では、お年よりによる子育てはごく普通のことでもあったようです
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農民の子として育った民俗学者宮本常一は、7歳まで祖父母に育てられたという。祖父は、寝るときに昔話を聞かせてくれたほか、法事で村中の老人が集まるとき、そうした場に孫を連れてゆき、村内の家と家の関係や家の歴史をその場で具体的に教えた。また盆や正月のあいさつなど公的な場にも彼を連れだしたという。これはご
普通の伝統的社会の農民生活におけるしつけのあり方だった。伝統的社会の教育システムには、村の老人から孫(子ども)という自然の流れがあった。
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子供とお年寄りに見られる、介護と育児の相互関係。群れで子育てをしてきた人類は、老若男女全ての人が集団の中で役割を担い、期待に応えて生きてきたのだといえそうです。

そんな期待も役割もない状態だから、現代のお年寄りの多くが元気なく萎んでしまう、というのも合点がいきます。

高齢者・介護問題、子育て問題、それぞれで考えてもなかなか出口が見えてきません。だけど、それらを地域や集団の単位で俯瞰するとさまざまな可能性が見えてきます。もっともっとその可能性を開いていきたいですね。

 

 

投稿者 hoiku : 2016年05月19日 List   

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