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2009年10月31日

男と女の勢いの逆転?②~男女共認の可能性

さて、前回からの続きですが、私権の衰弱→性の衰弱へと向かう男と女、その活力あるいは種の存続としても充足源としても最も深い位置にある『性の再生』は一体どうなって行くのか?

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誰もが興味関心のあるテーマなだけに、個人的な価値観や感情を越えて、論理的にかつ構造的に状況を捉えていく必要があります。

性の衰弱により根っこの所で非充足状態が年々進行しつつある女に対して、男はどうか?

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男と女の勢いの逆転?②
より

逆に闘争存在である男はどうか?元々男達が本分としていた私権闘争は、私権圧力が衰弱する事で価値があいまいとなり、一旦男達は目標を見失います。同時に女をモノにする意味を失う事によってセックスレスが蔓延していきます(セックスレスの原因については例えば「共認不全がもたらした“性の衰弱”と“性情動の暴走”」)。しかし同時にセックスレス化の進行は男が(独占のための)性闘争から解放された事も意味します。実は闘争評価と女をモノにすることが分離された(女の歓心を買う事がもてる最大要因になった)段階での性闘争は男にとってはいわば厄介ごとの一つで、闘争エネルギー以外に余計に気を使うという点から言っても、また不倫が明るみに出ることで職場や家庭から糾弾の矢を浴びる事を恐れる気苦労等の点から言っても、最早前向きの活力にはなっていなかった、というのが実態です。その点で私権闘争から解放されたと同時に、そのもっと奥にあった性闘争からも解放されつつあるというのが現代の若者です。そしてそれは、言葉を変えれば究極の自分課題が衰弱した事も意味します。

なるほど、私権闘争と性闘争とが切り離された時点で、男にとっての性闘争は負担にしかならなくなっていったんですね。よって、性の衰弱という現象そのものへの不安がある一方で、男達にとっては一つの足枷が解けた、という解釈が成立します。では、自分課題から開放された男達の向かう先はどこへ?

他方で仲間充足⇒みんな収束に向かう潜在意識は年々強まっています。この新しい状況の中で、男達は自分課題から離脱し、新しい「みんな期待」に即した闘争存在としての役割を探している状態なのでしょう。現在はそれが未だはっきりと見えないが故に確かに不安は残存していますが、いわばそれは闘争課題に付き物の前向きの不安ともいえます。その意味で私は現在の若い男達に新たに注目し始めています。
男も女も不安の出所は突き詰めれば役割の欠損。しかし同じ独占の性の衰弱という原因が「闘争存在」と「充足存在」に不安の出所という点で逆の影響を及ぼしているのも事実。男女がともに活力を再生させるためには最後に「性の再生」という問題がテーマとなりそうです。密室から解放されたみんな課題の浮上と、その中での男の新たな役割模索は、その課題に大きなヒントを与えてくれるかもしれません。

新しい可能性は、「みんな期待」に即した闘争課題にある。
しかし、現状の制度に乗っかっている限りは、男女が共に「みんな期待」へと収束しきれない現状があります。せっかく、お互いにみんなの為にがんばり、みんなで充足を積み重ねていったとしても、「性」を意識した途端に「みんな」のままでは成り立たなくなってしまう。この辺りが、未だ解決の道が見えずに不安を抱えてしまう原因の最深部に当るように想います。

しかし、上記紹介投稿にもあるように、男女がともに活力を再生させる為のヒントは「みんな課題」の中にある。この部分、より具体化させるならば、お互いの期待が集団へと向けられていく過程に答えがある、という事になります。

女達の期待が、独占ではなく集団の男達へ向けて発せられる。
その期待に応えて、男達が女達、あるいは集団を守るための闘争課題へと収束して行く。このような集団充足体験が基礎となり、男女の規範共認が再生されていく事によって、独占の性から開放された「みんなの性」の再生へと繋がっていくように想います。

即ち、闘争と生殖の一体となった共同体の再生こそが、男女に存在感や安心感を与え、お互いがお互いの為に役割を全うし、充足する事の出来る基盤に成っていくのでしょう。

このように集団に向けての期待と、その感謝が結実した成功事例を最後に紹介します。

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女は『充足存在』
 もっともっと、女だから できることがある。

女が元気になる♪ 男がやる気になる☆ 集団が活性化する、集団が安定する。
→人が育つ!組織が強くなる!!

とある企業の中で、女達が男達への日々の期待と感謝を「感トレノート」という一冊のノートに書き綴り、その充足をみんなで共有し、日増しに充足度が高まっていく、という実感のこもった成功体験の一冊です。改めて女のすごさ、そしてありがたさを感じられるお勧めの一冊です!

私権・性闘争の衰弱は、男女共認の再生という認識転換を入口とし、新たな男女の可能性収束への道を切り開いてくれそうです!

投稿者 kawait : 2009年10月31日 List   

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コメント

なるほど!「みんな」と「性」の背反、これがモヤモヤの原因だったんですね。すでにみんなの意識は独占の性から脱しているのですから、あとは「みんなの性」だけを見据えていけばいいんですね。

投稿者 HHH : 2009年11月5日 18:49

「みんなの性」と言葉化した途端、イメージがあやふや、あるいは人によって全く異なる捉え方になってしまう部分が困惑の元になっているようにも想います。

やはり、人類以前の生物史から積上げて勉強し、認識の塗重ねをして行く必要がありそうです。

投稿者 かわい : 2009年11月14日 12:20

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