『これからの教育って、どうなん? 』-3 『官僚型教育制度の限界』 |
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2009年05月06日
これからの教育って、どうなん?-4 新しい教育への取り組み ―『学校側の取り組み』
画像は、「熊田あつしのブログ *くまブロ*」さんからお借りしました。
シリーズ第4弾お送りします。昨日第3弾では、現状の学校制度の限界=官僚制の問題が示され、突破方針として教師たち自身が自主管理により課題を共認し、役割を共認し、評価を共認してくことがあげられました。今日は、これらにつながって行く可能性が感じられる、新しい教育の取り組み(学校側の取り組み)についてお伝えします。毎日新聞の記事から引用します。リンク
佐賀・神崎市教委2年目に入った「教師塾」
◇力量底上げに手応え
佐賀県神埼市教育委員会が昨年度から市内の小中学校の教諭を対象に始めた「教師塾」が、4月で2年目に入った。教育界以外から講師を招いたり校長が模範授業を見せるなど、通常の教員研修の枠にとらわれない内容。学校や年代の異なる教諭が学び合える場として“塾生”からも好評だ。【姜弘修】「他校の先生と自由に意見交換できたのが良かった」「すべての研修が有意義で、また頑張ろうという気持ちになった」
3月にあった初年度の閉塾式では、塾生一人一人が感想を述べた。その一人、神埼中の中村純一教諭(38)は「教師生活16年目を迎え、今の(指導)スタイルで本当に良いのか検証したかった。違うものを持っている先生方と一緒に学べて、今後の教師人生にいろいろ種をまいてもらった」と手応えを語った。
応援よろしくお願いします。
初年度の塾生は市内各校から1人ずつ、30~50代の計10人。校内の核となって活躍してほしい教諭が対象で、校長の推薦を受けた各校の“代表”だ。
教師塾を企画した市教委の馬原俊浩・指導主事(45)は「5年、10年先を見据え、神埼市の教師の力量を底上げしたい」。塾長で教師歴38年の實松信子・神埼市教育長(70)は「私たちの世代が残っているうちに、使命感や人間性、授業力など、今も昔も変わらない教師としての土台を与えたい」と、開講の狙いを話す。
初年度の塾は長期休業や運動会などの繁忙期を除き、計14回開かれた。開講中は他の教師が塾生の仕事をカバーするなど、学校側の協力が得られているという。
講義とグループ別の授業研究が2本柱で、講義には「子供を引きつける話し方を学びたい」という塾生の要望を受けてフリーアナウンサーが招かれたほか、弁護士が子供との接し方や家庭訪問の方法などについて、法的な側面からアドバイスする講義もあった。
一方、授業研究では、経験豊富な校長が模範授業を披露。塾生同士で、児童らにどうノートを上手にまとめさせるかなどの議論を重ねた。各校を訪ね合い、実際の授業も見せ合った。
国語の模範授業をした築山正純・前神埼小校長(60)は「教師は職人。昔は先輩から授業の心得などを直伝された」と振り返り、教師の現状を「保護者対応や雑務に追われ、互いに高め合うゆとりがない」と危惧(きぐ)する。實松教育長も「自信を失っているように感じる」と言う。
初年度の研修成果についても、他の教諭とどう共有し、広めていくか。塾生からも「これからの課題」という声が聞かれた。
今月13日。2年目の開塾式があり、各校から1人ずつの計10人が顔を合わせた。「学んだことを他の先生にも伝えられるよう、いろいろ吸収したい」と参加者の一人。息の長い取り組みは、始まったばかりだ。
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■ことば
◇神埼市教委「教師塾」
市立小中学校計10校から校長推薦の教師が参加(自ら希望する教師も可)し、原則として月2回、長期休業や繁忙期以外の月曜午後3~5時に開く。学力、教師力向上などを掲げた取り組みの一環で、07、08年度は県教委の支援事業に採択された。09年度からは市単独事業となる。
〔福岡都市圏版〕
毎日新聞 2009年4月18日 地方版
●教師は仕事=授業を評価しあう場(評価共認の場)をもっていない。教師自身の活力を上昇させ、授業をよりよいものにするためには評価共認の場が不可欠。
>「教師生活16年目を迎え、今の(指導)スタイルで本当に良いのか検証したかった。違うものを持っている先生方と一緒に学べて、今後の教師人生にいろいろ種をまいてもらった」と手応えを語った。<
このように他の教師と意見交換したい、高めあいたいと考えている教師は潜在的には非常に多いのではないだろうか。以前るいネットサロンに参加していたある先生は、教師は本当に孤独だと言っていました。ちょっとビックリですが、教師はお互いに授業=仕事を評価しあうこと(場)がない。授業はそれぞれが自分の考えで運営し、他の教師に意見を求めたりすることはあるだろうが、他の教師に自分の授業を評価してもらう機会を持っていない。
一般の企業と比べるとわかるがこれはかなり異常なこと。いうまでもなく、どこがいい、どこができていないと上司や周りから、評価してもらうことは、よりよい仕事をするための羅針盤として、また活力源として不可欠。互いにの授業を見ることがなければ、うまくいかないことがあっても、自分で解決するしかないということになりがちだろう。これでは活力が出ないし、(家庭からの理不尽な要求が増えていることもあいまって)教師の鬱が増えているのもが当然だ。
本来は、(今回の企画のように一部の選抜された教師だけでなく、)日常的に授業を評価しあい高めあう場を作る必要がある。先ほど紹介した先生は、教師相互の授業見学を提案実践し、最初は学校の内であまり歓迎されていなかったが、次第に前向きに受け入れる先生が増えだしたといっていました。
先生たちが互いに授業内容、考え方を高めあう場を構築していくことは、教師の活力を上昇させ、授業をよりよくし、学校全体、教育全体の課題もしっかり捕らえるていくために、非常に重要だと言えます。
投稿者 fwz2 : 2009年05月06日 TweetList
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