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2009年01月18日

婚姻史シリーズ(12) ~近代日本における婚姻制の変化~

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婚姻制を見る視点として大きく2つの切り口があると思っています。
 ・集団婚から個人婚(私婚)
 ・母系制から父系制

それぞれ、右側の方が新しい制度であり、進んでいる(好ましい)ものと見られてきました。

しかし、日本で父系の一対婚が全国民に普及したのは、明治以降であり、国全体に普及したのは昭和20年以降(戦後)のことでした。
日本社会ではごくわずかな歴史しかなく、これから社会状況が大きく変化してゆく中で、それほど長くは続かない可能性が大きいのではないかと思っています。

そこで、明治以降の婚姻制度の変遷を改めて整理してみたいと思います。

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明治以降、日本社会の婚姻制が大きく変化しました。
その経過をざっと見ると以下のようになっています。(参考

●明治
…明治維新以後、近代西欧社会と伍してゆくために社会制度が大きく変化した。明治憲法(民法)などで、家父長(戸主)権や父系の一対婚が規定され、上流階級から父系・一対婚が導入されていった。しかし、庶民の中では従来からの母系・集団婚が主流だった。

●大正
…市場拡大、富裕層の拡大に伴い、父系・一対婚が拡大。都市部では、サラリーマン(エリート)層が登場し、核家族が一気に拡大していった。自由民権運動の拡大とともに、西欧流の恋愛思想が都市部を中心に広がり始めた。地方・農村部では母系・婿取り婚がいまだに主流だった。

     
●昭和(戦前)
…戦時体制への移行とともに、婚姻・出産が奨励されていった。優性結婚という言葉が登場するなど、国家のための婚姻・出産が唱えられた。男たちを兵士にするために、女が家庭を守り男は外で戦う(働く)という一対婚が推奨されていった。しかし、地方の農村では従来からの母系的婿入り婚がいまだ主流であった。

●昭和(戦後)
…敗戦後、アメリカ流の近代思想・個人主義が導入され、全国に普及された。新民法によって一対婚が規定され、民主主義教育とともに全国に普及していった。一部の地方では、昭和40年代頃まで旧来の集団婚的制度(夜這など)が残存していたがしだいに一対婚以外の制度は排除されていった。高度成長とともに、地方から都市への人口移動が起こり、核家族が一気に普及した。自由恋愛思想の普及とともに、1970年以降は恋愛結婚が見合い婚を上回り主流になった。

以上の経過を見ると、日本社会に父系の一対婚が普及したのはたかだか100年程度の歴史しかないことは明らかです。
そして、現在、たかだか100年程度の歴史しかない一対婚家庭が崩壊に向い始めている状況とみなすことができるのではないかと思います。

明治になって父系の一対婚制度が取り入れられた理由は明らかで、国民が望んだものではなく、近代西欧諸国に伍してゆくために、国家によって押し付けられたものでした。そして、工業化を進め商品市場を拡大させてゆくために、賃金によって生計をたてる労働者を集め、一対婚家庭を作らせていくという政策が採られました。それは国家に寄生して財力を蓄えようとする資本家たちが労働者を必要としたからでもあり、国力増強を目指す国家にとっても必要なことでした。

明治、大正、昭和と続いた戦争の時期もほぼ同じベクトル上にありました。
そして、第2次大戦の敗戦後、国民全体がアメリカ流の近代思想・個人主義に染め上げられていき、高度成長期を迎えて核家族が家庭の標準モデルになり、一対婚が唯一の婚姻制度であるかのような位置に祭り上げられていきました。

しかし、1970年代以降、日本社会から貧困が無くなったことによって市場の中に取り込まれていた労働者(生産者)たちは真の役割が見えなくなり、いまや一対婚家庭の絆は弱体化する一方となりました。

明治以来、父系・一対婚制が押し付けられるようになった根拠であった私権圧力はほぼ消失してしまい、いま残っているのは法律に規定された一対婚制度と人々の頭の中を染め上げている「結婚とは一対婚しかあり得ない」という常識(旧観念)だけしかありません。

そうだとすれば、婚姻制度が一対婚制から他のものへ変わるのはそれほど難しくはないのではないかと思います。
制度は人々の意識が変われば追従して変わってゆくものであり、婚姻制度はそれを無視したとしても犯罪性はないものです。(極論すれば、婚姻届を出さなければよい)マスコミなどから異端視されるぐらいで、そのマスコミ権力も弱体化する一方です。
したがって、最後に残るのは人々の頭の中を染め上げている常識(旧観念)だということになります。

いまや、常識(旧観念)は現代の若者たちにとってはほとんど意味の無いものになりつつあると見えます。
草食男子が増殖し、結婚するとしても事実婚で婚姻届など不要と考える人が徐々に増えているようです。
女子も社会の中で役割を得るようになり、女の集団の中で子育てをする方が安心できるといった意識が広がってきています。

性に関する意識が自我・私権に根ざしたものから、安心・充足といったものへと移行してゆけば、男女関係のあり方も変わってゆくはずです。(実際、若者たちの実態はその方向に移行しつつあると見えます)
生産を内包した集団をベースにして、様々な形が試行されながら、次代にあったものへと収斂してゆくのはそう遠くはないのではないかという気がします。

by わっと

投稿者 wyama : 2009年01月18日 List   

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