子どもの疲労感は、課題の「多さ」よりも、多くの課題の「統合不全」により生まれる。 |
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2008年05月16日
学力低下をどうする?!
「なんで屋」さんってご存知ですか?
みんなの「なんで?」に答えを出してくれる路上のお店なんです
詳しくは http://blog.goo.ne.jp/nande_ya/ や http://blog.livedoor.jp/nandeya_umeda/ を見て下さいね
この、「なんで屋」さんではいろいろなお題を取り扱っておりまして・・・このブログの追求テーマである家庭や教育についてもスルドく、 😯 そしてスッキリ 😀 な答えを出してくれるのです。
本日は、「学校ってどうなっているの?」シリーズを元に、「なんで屋」さんが路上で語る学力低下をどうする?! のお題デモの展開を考えてみました。
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■想定対象
・(社会問題としての)学力低下に関心のある層
・先生や先生の卵
・(学力低下に悩む)子を持つ親
※対象によって、より社会問題よりでフィニッシュさせるか、より目先実戦的なアドバイスでフィニッシュさせるか若干異なってくる。■構成
第一段落「学力低下とは?」
⇒学力低下の現象事実から、「言語能力の衰退」という本質問題の共認第二段落「いつから?」
⇒言語能力衰退の歴史と、教科書と圧力の重要性の固定第三段落「教科書のレベル▼、圧力▼はなんで?」
⇒市場化の歴史の中で、言語能力の本質である同化能力と追求能力の衰弱を提示第四段落「どうする?」
⇒突破口は新しい教科書(グランドセオリー)と新しい圧力の創出
(なんで屋には答えと場がある)■展開のポイント
・まず学力低下の現象事実を挙げてもらい、学力低下問題とは、単に計算力が落ちたとか漢字が書けないとかいった次元の話しに留まらず、「言語能力」そのものの衰退現象であり、コミュニケーション能力(共認形成力)の衰退であることを固定する。
(学力低下事例:計算できない、漢字書けない、日本語になってない、人の話をキャッチできない、読む人を意識していない文章、言いたいことが言えない・・・etc)・次に、学力低下と言えば「ゆとり教育」の弊害というのが一般的な解釈だが、実はもっと根が深く、江戸から明治への転換期、戦前から戦後、そして、約30年前からはじまるゆとり路線の概ね3段階と言うことができる。
(明治初期の小学生は漢字だらけの「学問のススメ」を暗誦していた事実、戦前と戦後で小説のレベルが格段に異なる例などで補足)・そして、江戸の学力を支えていたのは、勉強へと向かわせる圧力(生存圧力と序列圧力)と、序列社会を生きる上で不可欠の内容を備えた質の高い教科書の存在。 (武士階級は四書五経、市場化が進む庶民は往来物)四書五経(論語)などは、長い年月、多くの人々の手によって形成されたものであり、その時代誰もが同化できる「グランドセオリー」と言っても過言ではない。
・ ところが、明治以降、こうした圧力は衰弱すると共に、教科書の質もどんどん下がっていっていまう・・・
その根本原因は「市場化」。そもそも鎖国をやめ開国→明治維新とは、欧米(ペリーの黒船)による市場化の始まりと見てよい。・市場拡大によって徐々に豊かさが実現し、結果、生存圧力(貧困の圧力)が衰弱すると共に、市場拡大を正当化する個人主義や平等主義などの西洋思想導入によって、序列体制が崩れ、序列圧力が低下。
また、市場を拡大するには絶えず新しいわかりやすい刺激を与え続ける必要があり、それが活字から映像への転換(活字:観念機能、映像:本能刺激)をもたらし、教科書もそのながれの中でどんどん分かりやすく簡単・・・つまりレベルが下がっていく。(教科書を挿絵主体に変えた「ペスタロッチ主義」や、日本語をローマ字に変えようとした森有礼などの補足・・・実際に四書五経、明治の教科書、現在の教科書の画像を見せても良い)・ テレビやゲームなどが分かり易いが、映像には一方的に受け取るだけで同化し、理解しようとする必要がなく、思考停止状態をもたらす(テレビ脳、ゲーム脳)。結果、同化能力、追求能力が衰弱した。・・・これは、同化能力、追求能力こそが学力、そして言語能力の基礎を成すものだということを表わしている。
・ではどうしたら良いか?
突破口は、新たな圧力形成と、新たな圧力に対する答えが出せる新たな教科書づくりであり、それによって現在の思考停止状態を改善してゆくこと。生存圧力に代る圧力は、みんなの期待圧力。世の中の様々な問題に対する答えを求める期待は年々顕在化してきている。こうした期待圧力に応え、皆が切磋琢磨する認識闘争(圧力)の場を作っていくことが必要。(具体事例として、みんなで学び合い、受験もみんなの課題などの補足)
そして、教科書については、単なる知識の羅列では何の問題解決もできず役に立たない。必要なのは、ものごとの成り立ちや連関構造(繋がり)を理解すること。なんで屋ではこれを「構造認識」と呼んでいるが、人類の歴史構造や、更に遡った「自然の摂理」の理解は今後不可欠。(構造認識を身につけるための心掛けとしては、素直な疑問“何?”や“なんで?”を大切にし、すっきりするまで皆で徹底的に追求する・・・「なんで思考」が大事。また、当面は頭を使わせて同化能力や追求能力を磨く上でかつてのグラセオである「論語」の音読・暗誦も有効。・・・湯川秀樹の事例など。)
こうして新たな教科書(「教典」)ともなる新たな「グランドセオリー」を皆で構築していくことが学力低下を上昇に転換させる突破口になる。なんで屋には、みんなで期待を掛けあいながら事実追求、構造認識を学ぶ場がある。(⇒書籍「グランドセオリー」及び、場と答えの紹介看板に繋ぐ)一緒に勉強しましょう。
※同化能力衰退の背景には「市場化⇒個人主義⇒相手<自分」・・・同化対象たる相手よりも自分が大事であるため同化能力が育たない・・・といった問題もあるが、論点が拡散するため割愛。
※また、「市場化⇒大量の賃金労働者の必要⇒学校制度(≒官僚制度)⇒レベル▼・無能化+闘わないサラリーマン先生」といった構造もあるが、割愛。
いかがでしょうか~
投稿者 bunchan : 2008年05月16日 TweetList
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