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2008年05月09日

現代社会、実は親余り?!

さてさて、最近の当ブログでは、70年代~暇な専業主婦の登場、さらには近年、ついに父親までもが暇になって我が子へ収束!という問題事象を分析してきましたが、ここでふと気付いた新事実 😯 があります。

それは、なんと!

親が余っている!!

という事。

保育園・幼稚園にしても学校にしても、子ども一人一人にマンツーマンで面倒を見ている所など一切ありません。
いや、そもそもそんな必要が無いからこそ、1クラス30~40人、という単位で今も集団生活の場が形成されているのでしょう。

sanze-1.jpg
写真は、「三瀬みまもり隊」さんからお借りしました。

という事は、各家庭に目を向けると、概ね1~2人の子供に対してそれぞれ1~2人の大人が面倒を見ている環境というのは、極めて非効率な環境とも言えるのです。

それって、どーゆー事?気になる方は、 クリックしてから続きをどーぞ。

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子供達はまだ大した生産力も無いからこそ子どもな訳ですが、立派な生産力を持った大人がほぼマンツーマンの状態で子供の面倒を見続けているというのは、過保護そのものと言い切っても良いのかもしれません。

もちろん、生まれて間もない乳幼児~1歳くらいまでは、常に母親が傍にいてあげる事も重要。 親和充足 をたっぷり与えてあげて、安心感 に包まれて育つ事は、成長につれて対象性を広げて行く上での基盤ともなります。

しかし、そのような充足関係も、密室空間での1対1の母子関係だけでは形成困難であり、母親自身が充足できる環境に身を置いている事が基礎条件になります。要するに、一人では限界がある、という事。事実、核家族という密室化が進行して以降、マタニティーブルーや鬱 :blush: になる母親が年々増加傾向にある。

という事で、実は子育てに必要な環境とは、乳幼児期も少年期も、常に集団(みんな)の中で子育てが出来る事が最大の安心基盤になると考えられます。さらに、子ども達が成長して行くに連れて、必要とされる大人の数も減って行く。

例えば、ある集団に降りかかる外圧が100だとします。

乳児=内圧0~10に対して、大人が90~100の内圧でカバー
幼児=内圧10~30に対して、大人が70~90の内圧でカバー
児童=内圧30~50に対して、大人が50~70の内圧でカバー

といった感じ。要は、子供だって成長するに連れて、きちんと外圧への適応力を身に付けて行く事が求められている訳で、いつまでもいい大人があれやこれやと面倒を見続けていると、むしろ成長を阻害する弊害 🙁 の方が大きくなる、という事です。

という事で、やっぱり現代の家庭では親が余っている、という状況になる訳ですが、何故このような親余りの状況が生まれたのか?あるいは、そんな事言っても家庭で子供の面倒を見るのは当り前じゃないか!といった声も当然ながら出てくるでしょう。

早速、親余り状況の原因分析、そして親余りを解決するにはどうしたら良い?といった辺りの追及に入りましょう!

乞う、ご期待! 🙄

かわいでした。

投稿者 kawait : 2008年05月09日 List   

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コメント

社会全般に視野を広げて見ますと
少子高齢化によって、子供の人数が少ないために相対的に大人の割合が多くなるのが根底に有りますが、
最も重要なのはバブル崩壊以降の「心の豊かさ主義」の副作用で、日本人のライフスタイルそのものが変貌している事でしょう。
1.真面目に仕事をする事や勉強をする事がダサい・美徳だと思えない風潮になって来ている事。それにより、生産する側から消費する人間に回る事となり、余暇を持て余す確率が高くなった。それにより、子供へべったりする時間が以前に比べ大幅に増えた。
2.現代の日本は心の癒しが大変なブームとなっている事。「空前のペットブーム」も一例です。
それは、カワイイものにいつもべったりして、心を和ませる事が大流行しており、子供とのそういう触れ合いが欲望的になる。(特に団塊ジュニアの男性は同年代の女性に恋愛感情が薄れる傾向にあり、小さい子供へ心がより収束し易い)
3.社会的に家族で子供達との触れ合いは大事だとプロパガンダの押し付け・洗脳。これは家族という空間へ子供を閉じ込める事を手助けしている事になり、本来は子供はもっと外で同年代や異年齢の子といろいろ体験して成長するべきですが、そっちの重要性は全然メディアや公共的に語られる事はなく、そっちのけにされている。そのため、1.の時間の持て余し2.の癒しや欲望と相まってさらに家族の殻(特に父子)に収束させてしまう。

親余りというよりも子供へ何故?収束してしまうのかが切り口になってしまいましたが、解決策としては、大雑把に言えば
心の癒しが優先になっているライフスタイルを考え直す。(消費する側ではなく生産をする側の重要性を考えて見る。生産側がダメになれば消費側も崩壊する怖さを知ること)。それにより子供へ常にべたべたする事が無くなり、子供が親にペット化されずにもっと自由時間を持てるようになる事。→子供同士の絆が復活!それと同時に統制のため子供へ威厳を持つ事が必要となるので、子供へ迎合したり甘やかす事が減ってくる。

細かい事はまだ想像に難しい部分が多いですが、大まかな切り口はこういう所でしょう。

投稿者 ノリアキ : 2008年5月10日 01:52

ノリアキさん、いつもコメントありがとうございます。

生産の側を重視する、というのは確かに重要なポイントですね。生命というもの、特に動物の場合は、生産なくして生存は為しえないですからね。

考えてみれば、国家の身分、さらには市場というものが生物史上初めて不労階級を生み出し、その歪みが現代の様々な社会問題として浮上して来たとも考えられます。

今後も一緒に追求して行きましょう!

投稿者 かわい : 2008年5月12日 17:13

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