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2008年02月23日

母親の不全が“ニート”を生み出す

結婚して、主婦になりきっていたのが、子どもが小学生や中学生になって手が離れたとき、ふと気がつく。もう若くはないワタシ。いったいワタシは何をしているのかしら、こんなことをしていていいのかしらと、漠然とした不安感にとらわれる。これが、「思秋期」なのです。・・・
(斎藤茂男の『妻たちの思秋期』より)

(‘70年以前の日本においては、)多くの女性は厳しい農作業に追われながら、家事・育児を行っていた。母親のそんな姿を見て育ったこの時期の若い女性にとって、サラリーマンと結婚して専業主婦になることは、憧れの生活であった。煩わしい近所付き合いもなく、仕えるべき舅・姑もいない、郊外のこぎれいな住宅団地での、テレビに見るアメリカのホームドラマのような暮らしを夢見て、多くの若い女性が農村を離れ、結婚していった。

以上は、厚生白書(平成10年版)からの抜粋ですが、憧れの“専業主婦”とは、決してバラ色などではなく、そればかりか大きな不全を抱えた存在だったようです。。

今回は、専業主婦生活にはどんな問題があったのか?またそれがニートを生むことにどうつながるのか?を追求してみたいと思います。

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再び、厚生白書(平成10年版)から抜粋します。

 夫たちは、郷里においてきた地域共同体や親族共同体に替わるものとして、心理的よりどころを会社に求め、家庭に振り向ける時間的心理的余裕が少なかった。
 妻たちにとって近所付き合い、親戚付き合いの煩わしさからの解放は、同時に、これらの人々の子育てへの関わりの喪失も意味し、子育てが家庭で母親だけが担うべきものとなっていった。この結果、子どもが小さい間は、アパートの一室で育児書を片手に一日中一人で乳幼児と向き合うという状況が、妻たちの孤独感,負担感を生んだ。

 やがて,子どもが学校に上がるようになると、子どもの教育が、会社を向いている夫に替わって妻の時間と関心を受け止めるようになった。しかし、この時期、子ども数は既に2人程度になっており、子育て終了後の40歳代後半の妻たちは、役割を失い、「空の巣症候群」とも呼ばれる喪失感に悩むようになる。定年退職後、役割を失い、生きがいをなくす会社人間の夫たちの悩みを、10年先取りしていたと見ることもできる。

 役割分業型家庭生活への漠たる不満が、一つには既婚女性のパート(非常勤)就労、カルチャーセンターや生協活動などにつながり、もう一つには未婚女性たちの結婚先延ばし、晩婚化の進行につながったととらえることができるのではないだろうか。
 また,1980年代前半,少年非行は第3の頂点を迎え,家庭内暴力が増加した。それまでの非行と異なり、高学歴、専業主婦、郊外の持ち家家庭の子どもに多いといわれている。

専業主婦とは何だったのか?

農作業からの解放、近所付き合い、親戚付き合いの煩わしさからの解放、そして舅・姑からの解放・・・と、とことん自身にかかる圧力を排除してきたのが専業主婦です。‘70年代に入り団塊の世代になると、生活は豊かになり、家事や子育て以外に“自分の時間”が生まれます。“自分の生活”を意識することで、ついには唯一の圧力であった旦那すら排除し、家庭を全くの無圧力空間(聖域)にしてしまったのです。

それは主婦が自分の自由で気ままに暮らせる、まさに夢見た生活だったのか?

無圧力な聖域ゆえに、主婦の自我はどんどん肥大していく一方、“子育て”という役割そのものに対しては疎外感も相まって不安を感じ、負担にすら感じるようになっていったのではないでしょうか。それでも何とか子育てをして、やっと落ち着いた頃には、“役割の喪失”という大きな不全を抱えることになってしまったのです。

そんな母親の自我肥大と不全感はどこへ向かうでしょうか?外の社会をとことん遮断してきたわけですから、向かう先は自ら作った聖域の中にしかなく“子ども”しかありません。しかし、不安を抱えた母親ができる子育てとは、子どもを甘やかすことしかできず、大人になってまでも世話を焼く姿は、先のエントリー「専業主婦はニートの生産者?」の通りなのでしょうね。

甘やかされても、甘えることができず、常に不安を抱えたまま育った子どもは、大人になっても子どものまま。それが、社会に出てもちょっとした圧力に耐えることができず、母親の元へ逃げ込むことしかできない“ニート”になってしまったのではないでしょうか。

以上が、団塊世代の専業主婦の意識状況がニートを生み出すという分析です。ところで現在、ニートってどうなってるのでしょうか?増えてる?減ってる?次はそのあたりの追求です!

投稿者 hiroaki : 2008年02月23日 List   

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コメント

ニートの親、親戚、兄弟と話したことがありますが、
「何でニートしていているの?」と聞くと
親族はこぞって
「○○はかわいそうなの」とまず言い
だから、しょうがない的な擁護する発言が出てきます。

これは、働かない子供を持つ親、兄弟どの家族も必ず言います。

無圧力な家庭に適応?して、外圧=社会での役割を担うことが出来ないという意味で、共認充足の機会を失ってしまったことがかわいそうだと感じますね。

投稿者 shijimi : 2008年3月1日 19:43

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