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2007年01月12日

父親の子育て参加はますます家庭の崩壊に近づく?!

父親の家事や育児への参加状況はどのように変化しているのでしょうか?

ベネッセの調査によれば、’00年と’05年の比較ではほとんど変化が見られないという結果が出ています。

「子どもを叱ったり、ほめたりする」は94%、「子どもと一緒に室内で遊ぶ」は91%、「子どもをお風呂に入れる」は85%というように、これらの子育て項目については週に1~2回からほとんど毎日という程度の差はありますが、ほとんどの父親がやってるんですね~ :shock:

また家事についても、「食事のしたくや片付け、掃除をする」を2割~3割の父親がやっていることがわかります。

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確かに5年前との比較ではほとんど変化が見られないことを受けて、筆者は下記のように言及しているのですが・・・

>全体的には父親の家事や育児への参加が増えているとはいえない状況

>少子化対策の一環として家庭内での家事分担や父親の育児参加の必要性が強調されているにもかかわらず、そうした社会環境の変化の影響が十分に表れているとはいえない結果

私はこの結果を見て、育児や家事に対する父親の参加度はかなり高いという印象を受けたのですが、皆さんはどう思いますか?

確かに筆者だけでなく政府やマスコミからも「父親の育児参加!」が声高に叫ばれていますが、かなり違和感を感じています。父親は子育てにどこまで参加しなければならないのか?毎日?仕事はどうするの?

また、最近「子育てパパ」なる子育てに熱心な父親が増えてきているという話も聞きますが、世間は子育て・教育にどんどん父親が介入していってるという傾向のようです。

父親が子育てに熱心になろうとすれば仕事を犠牲にせざるを得ません。つまり仕事上は「闘えない男」になるということです。既に仕事上で闘えない、あるいは仕事に活力が見出せない男が子育てに向かっているのかもしれませんが・・・。そんな父親の姿を見て子供が嬉しいと思いますか?

また母親は子育てという役割をどんどん軽減してどうしたいのでしょうか?子育てという母親と子供の充足交歓の場が子供の安心基盤であり母親の充足基盤でもあるはずなのに、それを放棄してしまうということは母親自身の居場所を失うことになってしまうのでは?

そんな父親と母親に育てられる子供が健全に育つとは思えません!

どう考えても歪んだ家庭像しか思い浮かびませんが、「子育てパパ」の動向についてはもう少し実態を調べてみようと思います。

byヤマナ

投稿者 hiroaki : 2007年01月12日 List   

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コメント

「亭主元気で留守がいい」
これって昔の流行語

「まずは元気で戦って来い~!」
今こそこれかな?

投稿者 クリリン : 2007年1月14日 18:06

先日、たまたまテレビをつけたら父親力検定なるものをやっておった。

内容は、

「子供にとって大切な父親の役割」

というより、

「子供に好かれる父親になるには」

といった感じのもので、そんな自己中検定がなんの役に立つんじゃ!!

と憤慨しそうじゃった。

投稿者 忍 : 2007年1月17日 10:31

>「まずは元気で戦って来い~!」
>今こそこれかな?(クリリンさん)

亭主元気で・・・母親が自分の好き勝手できる空間もマズイですが、亭主が子供にべったりっていうのもねぇ。
やっぱ男は外で闘ってナンボでしょう。

>「子供に好かれる父親になるには」(忍さん)

これって、学校のなれ合い型学級も同じですよね。教師が子供と友達感覚で接する・・・

結果は学級崩壊がすすむことにしかなっていませんね。「父親力検定」は家庭の崩壊のススメでしょうか。

投稿者 ヤマナ : 2007年1月17日 12:31

父親の育児参加というよりも父親が子供に癒されたい・子供たちのスター感覚で接している例が非常に多いですね。
とてもそれでは昔の「地震・雷・火事・親父」ごとく父親は怖い存在であったが、全然怖くも威厳も無い。それどころか子供の心の救済士みたいで、子供のちとした悩みでもヘイ!父が叶えてあげます。仕事が無ければ常に子供に張り付き、子供へ好かれようと極限に子供の心の救済者を演じているようでちと不気味な感じです。
また、休日の公園や遊具施設のある広場では数年前までは子供同士で遊ぶ事がほとんどで、傍から親が見守る程度でした。ところが今は、子供同士でワイワイガヤガヤ遊ぶのは消えて、子供と一緒に遊んでいる相手はなんと父親なのです。しかもかなりの割合で。
当然、ひと昔前までは親は遠くで子供を見守る。放任させる事もあったと思います。そのため、子供たち同士の横の関係が広がり、子供同士で遊ぶ事が多かったはずです。ところがここ数年は子供が生まれた時から父親が可愛い!可愛い!と常に接し、いつも一緒で離れないで心の救済士をしているため、子供の方からも父親から離れず、父親へべったりとなります。当然子供同士のつながりも切断されて、地域での子供の遊びやコミュニケーションの形態も大きく様変わりします。
テレビ番組の報道やドラマもそういう父親像を後押ししますし、そういう父親像である生き方をメディアは流行の様にしつこく取り上げ、現実社会と相互で悪循環をしている。

対処法として、
父親とはどんなものであるか再定義しないといけない。
家族の絆・親子の関係とは・・・。
信頼し合える関係が大事で、いつも一緒で子供の心のパートナーになるのだけが絆ではないという事。
当然、悪い事をしたり、過剰なおねだりとかには厳しく叱ったり、子供自身で物事を考えさせたり、行動させる。
父親は子供と距離を置いて、子供に癒されたい気持ちは間違っていると認識して止める。

原因として心の豊かさの戸惑いと現代社会の不安というのがあると思われます。
現在、食品の偽装事件やクレーム隠し事件、
構造計算書偽造とか一般社会で拝金主義。自分だけ儲かればいいんだ!とか平気で横行していますが、そういう金まみれな社会とは裏腹に一般市民や若い世代では心の豊かさは大事だという概念が生まれます。しかし、その心の豊かさという定義があいまいなのがクセ者で、本来は貧しくてもどうすれば人と人が信頼関係を結び合えて、すばらしい社会を築けるのかがポイントで、今の心の豊かさはどうも、常に面白い気持ちでいたい。心を癒されたい。快楽に浸りたい。そっちの方向へ進んでいるとしか思えません。
だから、テレビ番組は面白ければ何でもいいんだ!とか下品でもお笑いタレントや芸能人がガキの様にはしゃぎまくりし、酷いときには目上の者の頭まで叩いてふざける始末だし、腹八分が大事だと健康を気遣うべきなのに、ギャル曾根こと大食いの番組が流行ったりしている。
話が少し逸れてしまいましたが、取り上げている心の救済士になる父親の方は心を癒されたいという願望から関係していると思います。それと類似するのが、史上空前のペットブームでしょう。いつでもどこでもかわいいペットと一緒に居たい。ペットに癒されたいと、マンションや一軒家はもちろん。ショッピングモールやホテル、バスや列車とかペット供可というサービスが近年は激増しています。
もっと、人間はどう生きるべきか真剣に一から考えるべきです。
差し迫っている地球環境破壊やエネルギー問題、年金保険問題とかそちらも真剣に考えるべきです。

投稿者 ノリアキ : 2008年1月5日 19:16

申し訳御座いません。
3重投稿になっていまいました。

投稿者 ノリアキ : 2008年1月5日 19:24

ノリアキさん、コメントありがとうございます。

>父親が子供に癒されたい

という指摘はもっともだと思います。父親が子供に向かうのは、日常の仕事場面において活力が全く出ていないのでしょうね。

活力が出ないのは、一生懸命頑張って、出世しなくても十分に豊かに暮らしていける生活が手に入ってしまったから。家族にとっても、父親の稼ぎの有り難味は薄れるばかり。威厳なんてこれっぽっちの形もないですね。

そして豊かな生活を”自分”に向けた母親は、もっとも大切な役割であるはずの”育児”を「負担」だと言い出し、マスコミや政府までもが後押ししている。どんどん歪んでいくばかりです。

ノリアキさんの言われるように、父親(男)の役割、母親(女)の役割とは何か、家族や親子の形とはどうあるべきなのか、を改めて考える必要があると思います。

環境破壊や年金問題も・・・と挙げられている点はとても重要な視点です。これらの問題が、家庭がこのように変化したことと密接に関連しているからです。

当ブログでは、まさにこのような視点で、時には過去の歴史を遡りながら様々な家庭の問題に対して、その答えを追求しています。是非一緒に追求していきましょう。

投稿者 ヤマナ : 2008年1月5日 23:04

こちらこそ返答有難う御座いました。
33歳男性で未婚の者です。自分も次に述べる団塊ジュニア世代と同世代ですが、
子供と社会環境を個人の趣味で調べている者でして、男性(特に団塊ジュニア世代)。昭和45年~49年生まれの若い男性の父親を中心とした世代で、さっき述べた現象が蔓延しています。
ちょうど現在は、幼児期~小学生のお子様を持っている世代になるでしょうか?
それと、こういった子供に癒されたい・友達感覚でいたい父親という以前に、団塊ジュニア世代の若い男性には1990年代前半から前兆現象が有りました。それは、彼らがまだ高校生や大学生の時ですが、全く見ず知らずの小さい子供が公園や広場で遊んでいたりする所へ乱入して一緒にはしゃいで遊びまくるとかかなり有りました。時期で言えば1994年~96年頃がピークでしょう。それも千差万別であって、地域の学校や幼稚園・保育園でボランティアとして子供たちと遊ぶ事や、児童館に行って子供と遊んだり戯れる。大学のサークルとして子供を遊ばせるといったチームを組んで、子供に関わる。こういった事が1990年代に既に起きていました。
また、特徴的なのがそういう男性は目立ちたがり。茶髪や「はなわ」みたいな奇抜な髪型。見た目でちょっとワルみたいな感じのが多いのが伺えます。そして、子供に接する際もド派手に遊び、バカ騒ぎや子供には悪影響を与えかねない言葉遣いや態度で接する。自分が目立ちたい・癒されたいために子供に人気を得ようと受けを狙って子供を笑わせたりする傾向が大きいです。
現在では、父親にならなくても、子供のスポーツインストラクターや児童館職員、教師、塾講師といった子供と触れ合える職業に進んだりして、子供と密着してド派手に遊び、笑い合うみたいな方向も結構多いです。
父親がどうであるべきか?以前に、こういう現象が既に起きている団塊ジュニアの男性を中心とした若い男性の社会環境と取り巻く環境を調べるのが先決ではないでしょうか?

団塊ジュニア世代:昭和45年~49年生まれの団塊世代の子供。

自分探し・自己啓発による生き方をカッコいいといった思想を持つ。
態度が良い悪い・言葉遣い悪い・成績ダメ・乱れた服装。そういうのも彼らはカッコいいとか今風のノリで当たり前のように周囲へ流布させてしまう。
また、1995年1月の阪神・淡路大震災や1997年1月の日本海ナホトカ号重油回収の時にボランティアとして多くの団塊ジュニア世代の男性が駆けつけた。
社会に役立つとか役立たない。善悪とは関係なく、被災地へ行けば何か見つかるかもしれない?と自分探しで現地へ駆けつけたというのが大きな特徴。宮台真司の終わり無き日常を生きろ!にも記載されている。

援助交際と女子高生のあり方・終わり無き日常を生きろ!で有名な社会学者「宮台真司」先生のかなり為になる書き込みです。
http://www.miyadai.com/index.php?itemid=598
「共通前提が崩壊した時代にノリとツッコミという擬似的なコミュニケーションを生み出す」

投稿者 ノリアキ : 2008年1月6日 00:00

のりあきさん、力のこもったコメントありがとうございます!

当ブログの1/6エントリー「過保護の本質的な問題」を見ても、我が子ばかりを見ている父親は我が子にとって大いに問題である事が指摘されています。
http://blog.katei-x.net/blog/2008/01/000433.html#more

父親というより、男とは?女とは?という部分から改めて規範を形成していく必要がありそうですね。

今後もご意見宜しくお願いします!

PS.3重コメントは私のほうで削除しておきますね。コメント反映までに時間が懸かってしまうので、気長にお付き合いお願いします。

投稿者 かわい : 2008年1月6日 16:29

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