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2019年02月14日

子供の仕事は遊びである!10~母と子の遊びアイデア

おかあさんにも子供との遊びで悩んでおられる方がおられますか?ベビー服出産祝いのサイトで素敵なアイデアがありました。

BABYGIF さんより

家に子供が来たときの母の遊びアイディアに、大人になって感動した話

私と母について

私は一人っ子として地方で生まれました。
自宅周辺は工場が立ち並び、交通量も多い場所だったために幼い頃は比較的家にいることが多かったと思います。
幼い頃は体調を崩しやすく、母は私を負ぶってしょっちゅう病院に連れて行ってくれました。
小学校に入学する前に私は幼稚園に通っていたのですが、同級生で仲の良い友達ができたことで、卒園までにあった数回の大きな喧嘩以外は園での生活が楽しかったと記憶しています。
そしてこれは母のおかげだったとも思っています。
内気で、飲み会どころか友達と遊びに出かけることも年に数回しかない母。
毎日絵を描いたり裁縫をしていましたが、私の友達が家に来るときにはよくオリジナルの遊びを考えてくれていました。
そうした遊びが友達に不思議がられ、同じくらい喜ばれていたおかげで、私は友達を家に呼ぶのが毎回楽しく、素敵な思い出もできました。
今では私が上京し、母と話す機会はめっきり減ってしまいましたが、帰省するたび深夜まで女子トークに花を咲かせていることもしばしば。
社会人になった私にとっても、母の知恵やアドバイスはなくてはならない存在です。
友達や親友との付き合い方、人を楽しませるアイディア、どれも母から教わっていると言っても過言ではないかもしれません。

子供を家に招くときの母の姿

内気とはいえ、私が家にいるときには鼻歌を歌ったり、「モー牛になっちゃう!」「♪困っちゃうなあ~」といろんな大きな声の独り言で楽しませてくれた母。
友達が来たときにも、母はいつもの調子でふるまっていました。
シャイな友達には、ひとり楽しそうな母の姿に驚かれることもありましたが、私の母を見慣れた長い付き合いの幼馴染みは、社会人になった今でも母と変わらない調子で話をしています。
母は子供が来ると、ちょっとした遊びを用意してアイスブレーキングをし、子供同士の会話が盛んになったころにはいつの間にか夕食の支度に取り掛かっていました。
そんな母のよくやってくれた遊びを少しご紹介します。

1 おやつくじ

私の記憶では、この“おやつくじ”なるものはしょっちゅう母が準備してくれていました。
牛乳パックの注ぎ口を切ってケガ防止にテープを貼り、布の端切れや千代紙で側面を飾ったものを9つ用意。
それを3列に並べて貼り付けたら、“おやつくじ”の型は完成!
私の場合母が全て作っていましたが、自分で工作できる年齢のお子さんには側面の飾りつけのお手伝いをしてもらってもいいかもしれませんね。

当日は集まった子供の数だけ牛乳パックにアメやチョコを入れ、上に番号をふった紙などを被せます。
子供にはじゃんけんやあみだくじで自分の番号を決めてもらい、各々自分の番号がふられた牛乳パックをオープン!
その日の“自分だけのおやつ”として、楽しんでいました。

母との電話内容

私「おやつくじよくやってたよね!」
母「懐かしいね~。」
私「あれって同じお菓子がいくつも用意できなかったときに喧嘩にならないためのもの?」
母「そうだったかもしれないね。うーん。」
私「今思えばそうだよね。」

といった感じで母も目的はうろ覚えだったのですが、盛り上がった記憶は確かです。
公平さを守るため、母がくじの中身を入れている様子を私は見せてもらえなかったのですが、ひとつだけお菓子の数が多いなど“大当たり”のくじはありませんでした。
そのためくじで喧嘩になったことはなく、むしろ“自分で選んだお菓子”として全部おいしく食べていました。

2 マイデコレーションケーキ

母との電話で思い出したのが、“マイデコレーションケーキ”(名称はなかったので、今つけました)
スーパーで売っているロールケーキを買ってきて均等に切り、来た子供たちに出します。
そのとき一緒にカラフルな粒チョコレートやグミを小皿に盛って出してくれました。
親がスポンジ台を焼き、子供がデコレーションを手伝うといったことはよく耳にしますが、毎日ケーキを焼くのは大変。
そこで母は土台用に市販のスポンジケーキや飾りのないロールケーキを活用していたのです。

幼少期の私からしたら、オリジナルのケーキを作るのはとっても楽しいもの。
何回やっても飽きずに、むしろ新しいものをどう飾るかで毎回真剣に悩んでいました。
ホイップを上手に絞ることができず、気に入らない部分はスプレーチョコの山を作ってごまかしてみたり…
パ○の実や○ーンライトなどちょっと大きいものがあったときにはわくわくする気持ちも一入だった記憶があります。

各々素敵な作品を作って自慢しあったあとには、惜しみながらおやつタイム。
私はお気に入りの部分を最後まで残し、その周りから山崩しゲームのように食べていました(笑)

母との電話内容

母「ロールケーキをよく買ってきていたよ。」
私「あー、○ポロとか飾ってた記憶ある!あれも気をつけることがあったの?」
母「1つだけのお菓子は入れなかったね。取り合いにならないように。」
私「そうだったかも!○ーンライトとかも、人数分以上はあったような…(曖昧)」

3 おやつ探し

我が家では、クリスマスに天井ぎりぎりの背の高いツリーを立てていました。
私は「飾りたい!」と言ってもなかなかツリーのデコレーションをさせてもらえず、高校生くらいのときにようやく許されてツリーにオーナメントを掛けても、父がそっと直していた記憶があります。
幼い頃は触れる機会の少なかったツリーですが、友達が来たときには大活躍。
父が(自称芸術的に)飾った小さな靴下に、母がキャンディーやクッキーを隠して子供たちに“おやつ探し”をさせてくれました。
だいたいの靴下に同じお菓子が入っていましたが、“自分が見つけた靴下のお菓子”は特別なもの。
サンタさんからの贈り物のように大切に食べていました。

母との電話内容

母「クリスマス以外にも、あなたたちお菓子を隠していたのおぼえてる?」
私「全然おぼえてない…」
母「○○ちゃんたちが来たときには自分たちで部屋にお菓子を隠し始めてたよ。」
私「なんだかイースターみたいだね。」

私の記憶にはないのですが、母がツリーの靴下にお菓子を隠しはじめてから、私と友達はツリーがなくてもおやつ探しを勝手にしていたそうです。
今思えば、隠した場所がわからなくなってお菓子が…なんてことにならなかったのか不安です(笑)
母が思い出して嬉しそうな声で話していたので深くは掘りませんでしたが、隠すお菓子をひとつだけにしたら安心して楽しめるかもしれませんね。

よくよく思い出せば、家の中での宝探しは、私の中で大好きな遊びのひとつでした。
イースターやクリスマスでなくても、安全な場所でのお菓子探しはきっと子供に喜んでもらえるのではないでしょうか。

4 小屋作り

私は幼い頃に引越しを経験しました。
新しい家で物があまり揃っていないときにも、母は友達を呼ぶのを許してくれました。
とはいえ部屋が綺麗に片付いているわけでもなく、定位置を決めていない生活用品が転がっている状態。
そんなときに用意してもらったのが、引越し用のダンボールでした。
役目を果たしたダンボールを貼り合せて、リビングに“小屋”を作ってくれたのです。
倒れない程度に最低限の形ができていたので、さっそく遊びに来た友達と側面に絵を描いたり、“増築”をしたりしました。
よく遊ぶ友達との作品ということもあり、母に頼んでずいぶん長いこと改築をやらせてもらった記憶があります。
両親にとってはきっと、リビングの動線を塞ぐ迷惑な作品でしたが、引越し直後で心細かった私にとっては、友達と楽しく過ごせる最高のおもちゃでした。

母との電話内容

私「お城(幼い私には“お城”に見えました)はほんとうに楽しかったよ!台所や出窓まで作ったなあ…(遠くを見る目)」
母「○○ちゃんと作ってたね。たくさん仲良くしてもらってたねえ…(きっと遠くを見る目)」
私「取り壊しする日に、記念に撮った写真をおぼえてるくらいの思い出だなあ」
母「あれはお父さんが形を作ってくれたんだよ。」
私「え、知らなかった!」

幼い私と友達が中に入れるくらいの大きさのサイズだったので、父が頑張ってくれていたようです。
小屋を建てた後は何週間も遊びに困りません。
母ももしかしたら、毎回の支度が少なく、楽ができたのかもしれません。

自分が準備をするなら、生活の動線を塞ぐほどの作品は大変なので、ぬいぐるみが入るくらいのサイズで“お家作り”の場を作ってあげてみれたらな、と思います。

母のアイデアをまとめて思ったこと

私と友達が仲良く過ごせるように、母は小さな遊びをよく用意してくれていました。
こうして書いていると、どれも子供の方に自主性を持たせてくれるものが多かったと思います。
家に子供を招くときには、子供ひとりひとりに配慮して様子を見てあげるイメージがあるかもしれませんが、提供する遊びによっては、つきっきりで見ていなくても子供が自分たちで仲良く過ごすことができるようにできるかもしれません。
ちょっとした工夫で子供たちが仲良く遊んでくれたら、子供を家に招くことがもっと楽しくなるのではないでしょうか。

余談

母のアイディアの話で盛り上がった後、私が幼少期は病弱で困っていたのではないか、という話題になりました。

母「うーん、そうだったかもしれないね…」
私「ほぼ毎月風邪を引いていたから、大変なはずだよ。」
母「言われてみればね、よく抱っこして病院に駆け込んでたね。それは確かに大変だった。」
私「やっぱりね。子育ては、大小の差はあっても何かしら苦労がありそうだよ。」

久しぶりに30分以上電話をした後、まだLINEをおぼえて1ヶ月も経たない母から不慣れなメッセージが届きました。

そういえば小さい頃のこと ○○(私の名前)の場合 病院通いが何より大変だったのかもしれません。
遊びも誰かとの約束もできないとか。
でも昨日のように聞かれた時 そんなこと 出てこなかったのは 子育ては マイナスなことより 幸せな時間が心に重なっていき いつのまにか大変だったこと気にならなくなるのかもね。

まだ子供がいない私にとって子育ては大変、というイメージがありましたが、母とのコミュニケーションの中で、「子育てって工夫次第で楽しくなることもあるのかな?」という感覚に変わりました。
家に子供たちを招く際、この記事をちょっとでも思い出してもらえたら嬉しいです。

家にお招きするのがプレッシャーだったりすると、これは参考になりますね。女の子向けの遊びですが、ダンボール小屋なんかは男の子にも大受け必至です。

投稿者 hoiku : 2019年02月14日 List   

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