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2018年06月01日

人の力で学校は変わる~大空小学校訪問記より

公立学校といえば、文科省のもと全国一律の型にはまった詰め込み教育ばかりだと思っていましたが、宿題を出さない先生がいたり、通知表のない小学校があったり、新たな試みを実践している学校が結構あるようです。

今回はその中でも注目を集めている大阪市立大空小学校の例を紹介します。公立小学校、なかなかやります。

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以下(http://senoom.hateblo.jp/entry/2016/11/09/183957)より引用します。
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●”みんなの学校”の意味
子ども同士で学ぶ、子どもは大人(教職員や保護者、住民ボランティア等)から学ぶ、大人も子どもから学ぶ、大人同士でも学ぶ、そんな学校をみんなでつくっていく。だから「みんなの学校」なわけです。この大空小学校を先週訪問しました。

●大人の多い教室
訪問してまず気づいたのが教室に大人が多いことでした。大空小学校はなにも特別な制度や仕組みのある学校ではありませんが、学級担任が授業を進めるかたわらで、特別支援担当の教員もサポートしますし、空いている先生や地域の方や保護者の方が入ることも多々あります。なので、1クラスに3、4人大人がいるときもあります。

落ち着いて勉強するのが難しい子や文字を読んだり書いたりするのが苦手な子、廊下に出てしまう子など、いわゆる手のかかる子に寄り添うことに時間はかかりますが、大事なのは、そういう子たちだけでなく、いろんな子に大人たちは声をかけているように見えました。

大空小学校の資料にはこんな一節があります。

「授業」はいつでも開いています。時間があれば「インターホン」を鳴らし、学校に入ってください。そして、授業の中に入っていただき、子どもと学び合ってください。
大人が学ぶ姿を子どもが見ることは、子どもの大きな力になります。「いつでもできるときにできる人が無理なく楽しく」子どもにかかわってください。

このオープンさと、できることを各自がやるという姿勢に共感できます。がっちり決めない、ゆるやかな連帯です。実際、ある保護者のサポーターの方のお話をうかがうと、「自分の子のクラスも見るけど、他のクラスを見ることも多いですね。とくにどこが担当とかは決まっていないです。好きなときに来て、できることをしています。」ということでした。

僕も、「ゲストティーチャー」という名札をいただき、教室で子どもたちに交じりました(なので、大空小学校では”視察”というものはありません)。

早々にある子には「あっち行っといて」と言われ、ちょっとひるみましたが、めげずにちょっとずつ関わっていきました。ほとんどの子はこうしたゲストにはもう慣れっ子で、人懐っこい。「名前なに~?」「どっから来たん?」など話しかけてくれました。自分の娘と同じ年くらいの何人か女の子には休み時間に「ちょっと、いっしょに来て~」と言われ、図書室に案内してもらい、占い本を読んだり、けん玉で遊んだりしました。大空小学校に来ると、ちょっとモテた気分になります。
学校の意味を見つめなおす

国語の音読のときには、文字を読むのが苦手な子らといっしょに音読しました。担任の先生からは「小学校の先生ですか?よくサポートくださって助かりました」と、(僕は学校の先生ではないですけど)ちょっと褒めてもらえたのがよかったです。

下の写真はたしか3年生だったと思います、ある女の子が授業中にちょっと退屈していて、「字を書いてほしい、あたしも書くから」ということでメモしたものです。僕は特別支援の知識や専門性はほとんど持ち合わせていないので、ちゃんとはわかりませんが、言語障がいも少しある子で、字もきれいに書けるわけではありません。でも、ひたむきで、純粋で、とてもいい子でした。

”学校”の意味を見つめなおしたいとき、読み返したいと思います。

次の写真のように、廊下のあるスペースには畳があって、くつろぎやすい場所もつくっています。

大空小学校の理念は、次の写真のとおり、シンプルですが、深いものです。いろんな背景や個性をもつ子が、安心して、学び合うことができる学校をみんなでつくる、そんな理念を感じます。

学校の理念:『すべての子どもの学習権を保障する学校をつくる』

●多様な人がいる魅力
1日いただけではまだまだ一端しか見ていませんが、大空小学校では、いろんな子が通常学級で過ごします。教室ではアクティブラーニング、学び合いも非常に活発です。勉強がしんどい子には、大人もサポートしますが、子ども同士でもサポートします。ある子は、自分で手をあげて指名されましたが、発言できませんでした。そういうときも周りの子がサポートしたり、代打に出たりします。

子ども同士も、子どもと大人の間も関わり合いが頻繁で、あたたかい。なので、大空小学校では、不登校経験だった子もここでは登校できる、という例がかなりあるそうです。開校以来、10年ずっと不登校はいません。(いないことがよいこととも、限りませんが。)
調査でも自己肯定感が高い子が多いそうですし、学力もとくに思考力等がためされるB問題が高いそうです。自分のことを認め、褒めてくれる機会や自分なりに考える機会が多いからだと思います。

ここは大事なポイントです。手のかかる子が多い学校では、いわゆるできる子にとって、よくないのではないか、というイメージをもたれる方もいると思います。 しかし、実際は、勉強が得意な子も苦手な子も、それぞれが時には教える側、別のときには教えられる側になります。「あー、この子はこういう気持ちなんだ」や「アイツにはこういうすごいところがあるな」と感じることは、共感力や協働する力を高めているとも思います。

多様性は、公立小中学校の強みである、と何人かの識者は言っていますし、僕も強くそう感じます。子どもはどんな子も個性や光るものがありますが、受験を経て一定のスクリーニングを経た学校よりも、公立小中学校のほうがバリエーションの幅が広くなる傾向があります。家庭についてもそうです。この点で、小中学校は、高校や大学よりもよっぽど多様性に富む空間です。

子どもも大人も多様な人がいるなかで、協力してなにを進められる、これは21世紀スキルとかむずかしい概念を持ち出すまでもなく、人としても、大事な力を育てているような気がします。

けんかも、もちろん子ども同士ですし、頻繁に起きます。映画でも描かれていたとおり、大空小学校にはあれこれむずかしい校則はなく、1つだけ約束があります。それは「自分がされていやなことは人にしない、言わない」です。

この約束に反すると、「やり直し」といって、校長先生の前で反省会があります(校長でなくても構いません)。実際、僕が訪問した日もある男子3人が突っつき合いのけんかになったようで、やり直しをしていました。

そこで、校長はだれだれが悪い、なになにはしたらあかん、などと指導しません。「そのときどういう気持ちやった?」、「それ自分がやられたら、どんな気持ちになると思う?〇〇君はどう感じたと思う?」と問いかけます。コーチングに近いです。子どもたちは、しゃべるのがうまいとは限りませんが、必死に自分の頭と体で考えて、表現します。

このように、自分でしっかり考える子を育てているのも大空小学校の特徴だと思いました。映画で描かれていることや、木村前校長が著書で書かれていることは、一部を切り取って大きく出しているところがあるのかな、と訪問する前は推測していましたが、この予想は裏切られました。映画や木村さんの本のメッセージにあった、大空で大事にしていることは、しっかり今も引き継がれ、発展していると感じました。
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「すべての子どもたちの学習権を保障する。」憲法にも定められているこの根本理念に深く同化し、実現しようとしているのが大空小学校。

学習指導要領などの小手先ではない本気の教育が、地域の人も巻き込み大きな力になっているのだと思います。

そして強く感じるのは制度でも規則でもない、教育にかかわる人の力で学校は大きく変わる可能性を秘めている、ということです。

今はまだ特殊な例なのかも知れません。でも教育を本気で考える人たちの力で学校教育は大きく変わっていけるのだと強く確信しました。

投稿者 hoiku : 2018年06月01日 List   

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