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2017年08月18日

空前の医学部ブーム~偏差値教育の行き着く先は医療の崩壊。これからは偏差値で測れない志が問われる時代。

受験の世界では空前の医学部ブームだとか。
公立・私立を問わず年々偏差値は上昇し、志望倍率はトップ10までが30倍以上、トップの東海大医学部は85.7倍(代々木ゼミナール『医学部の志望倍率ランキング2016年』)というから尋常ではありません。

背景には高収入、安定、定年なしなどの目算があるようですが、医者の仕事が激務であるのは周知のこと、そして医は仁術といわれるように偏差値では測れない志がなくては勤まらない仕事です。

偏差値秀才がこぞって医者を目指している現状。偏差値50で医者になり、天皇陛下の執刀医になったといわれる天野篤さんのお話から考えてみたいと思います。

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順天堂大学病院副院長・心臓血管外科教授?天野篤さんのインタビューより引用
(http://president.jp/articles/-/16606)
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医学部ブームの裏側で何が起きているか

受験生にとっては、追い込みのシーズンになりました。ここ数年医学部ブームが続いており、読者の中にもご自身が医師を目指していたり、お子さんを医学部に進ませたいと思っていたりする方がいるのではないでしょうか。

先日、私のところにも、高校生、医学生、そして研修医が、心臓外科手術の見学に来ました。中には、ぜひ、心臓外科医になってほしいと思うような有望な若者もいるのですが、残念ながら、既に研修医になった人でも自分勝手な解釈による自己利益しか頭にない人もいます。自分が患者だったらそういう医者には診て欲しくないと思うので、医局員は増やしたいところではありますが、一緒に働く仲間には加えないようにしています。

多くの医学生は、成績がいいから医学部を目指し、どの大学を受けるかも偏差値で決めることがほとんどでしょう。日本の医学部入試制度や進学指導が長年にわたってそのような方向で医学生をつくってきたことが大きな原因となっています。医学部ならどこでもいい感じで、教授陣の顔ぶれや教育方針や各大学の特色を調べて選んでいるわけではないようです。本来は、A先生の授業を受けたいとか、こういうことがやりたいからB大学にするといった選び方をすべきではないでしょうか。オープンキャンパスなども盛んにやっているわけですから、大学のほうももっと情報を公開して、大学の特色や、特徴のある授業をアピールしたほうがいいと思います。

ただ偏差値が高いだけで漠然と医師を目指し、努力もしないで自分は選ばれた人間であるかのように勘違いした状態で医師になってしまうと危険です。医師になれば安定した生活が送れるので、早く一人前になりたいと考えるのは、まだ患者さんを診察しようという意欲が失せていないだけましなのかもしれません。自分は選ばれた人間なのだから、新しい治療を実施して有名になろうとか、患者さんを診るのは二の次で患者さんの顔がレセプト(診療報酬表)に見えて、その枚数を稼いでお金儲けができればいいというふうになってしまう恐れがあります。
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3.11原発事故では偏差値エリートの象徴であった官僚や学者の無能さが明らかになりましたが、さらにその上、頂点を占めているのが医者・医学界です。

しかし絶対的な権威であった医学界も最近は怪しくなってきています。
問診で患者に触らない医者、患者を診ずにパソコンばかり見ている医者。大量の薬で患者を安心?させてくれる医者。放射線・抗がん剤・手術の3大治療?に固執してがんの死亡率を上げているだけの医者・・・

もちろん優秀な医者もいると思いますが、偏差値が高いだけの医者が大半を占めるようになり、患者の目から見ても変な人が増えてきている気がします。偏差値の頂点であるだけにその病根も深く、医療の世界も人材の無能化により内部崩壊していく可能性がますます高くなっていると思われます。

最近は「スマホ診療」などの「ヘルステック」の進展が話題になっています。知識として医療を学び、症状を聞いて処方箋を書くだけなら、膨大なデータベースを活用したIT技術に取って代わられるのも時間の問題でしょう。逆に言えば、医者の仕事の大半は機械に取って代われる、その程度のものに成り下がってしまったのだともいえます。

最後に天野篤さんが研究室に張っているという言葉を紹介します。偏差値では測れない志、人としての生き方は、医学のみならずあらゆる仕事にも通じるものがあります。
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<君に問う。人前で堂々と医学を選んだ理由を言えるか? 万一「将来、経済的に社会的に恵まれそう」以外の本音の理由が想起できないなら、君はダンテの「神曲」を読破せねばならない。それが出来ないなら早々に転学すべきである。

さらに問う。奉仕と犠牲の精神はあるか? 医師の仕事はテレビドラマのような格好のいいものではない。重症患者のため連夜の泊まりこみ、急患のため休日の予定の突然の取り消しなど日常茶飯事だ。死に至る病に泣く患者の心に君は添えるか?

君に強く求める。医師の知識不足は許されない。知識不足のまま医師になると、罪のない患者を死なす。知らない病名の診断は不可能だ。知らない治療をできるはずがない。そして自責の念がないままに「あらゆる手を尽くしましたが、残念でした」と言って恥じない。

こんな医師になりたくないなら、「よく学び、よく遊び」は許されない。医学生は「よく学び、よく学び」しかないと覚悟せねばならない>

<最後に君に願う。医師の歓びは2つある。その1は自分の医療によって健康を回復した患者の歓びがすなわち医師の歓びである。その2は世のため人のために役立つ医学的発見の歓びである>
(金沢大学名誉教授の河崎一夫先生の文章の一節)
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投稿者 hoiku : 2017年08月18日 List   

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