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2011年10月29日

今後の日本をどうする!?-4・・・まず身近な職場を改革してから、社会をどうするかを提示せよ

「今後の日本をどうする!?」シリーズの第4回目をお送りします。
今までのシリーズを簡単に振り返っていると、

第1回:今後の日本をどうする!?‐1‥共認社会を実現してゆくのは、共同体企業のネットワーク
市場社会の終焉を乗り越えていくための可能性として、共同体社会を実現していくことが提起されました。そして、その実現のためには、共同体企業群によるネットワークが必要であることがわかりました。

第2回:今後の日本をどうする!?-2・・・共同体企業のネットワークをどう構築してゆくか?
企業の共同体化のための社員研修のあり様と、そのための新理論の必要性を示しました。

第3回:今後の日本をどうする!?-3・・・共認運動におけるネットの位置
共同体化の共認運動におけるネットワーク拡大の方法として、インターネットと企業ネットワークを比較し、それらの可能性を探っていきました。

さて今回は、共同体社会を実現していくうえで、まずは私達が取り組むべき行動とはどんなことなのか?を扱いたいと思います。

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以下はこちら 行動方針4「まず身近な職場を改革してから、社会をどうするかを提示せよ」からの引用です。

考えてみれば、いつの時代でも、現実の生活の変化=潜在思念の変化が先行し、後からそれが言葉化(観念化)されてきた。
もちろん、普通の人々にも、追求し理論化したい課題は多々ある。しかし仕事に追われて、理論追求できる時間はせいぜい1~2時間しかとれない。先頭に立って闘っている経営者なら、なおさらそうだろう。
しかし、たとえ机に向かう時間が取れなくても、日々現実課題に直面して闘っている人々の潜在思念は、間違いなく最先端の可能性を捉えている。

その点、学者や評論家やジャーナリストetcモノを考えるだけでも飯を食っていける人々は、それだけで普通の人とは異なる特権階級である。しかも、現実そのものと直対することから逃げた只の傍観者なので、最先端の可能性を捉えることが出来ない。それどころか現実からズレて、人々を誤らせるような観念しか生み出せない。

要するに、普通の人々と存在基盤が異なるので、彼らには大衆の願いを叶えることは出来ない。認識のプロになった時点で、はじめから、その資格はないと自覚しておくべきだろう。
とりわけ、近代の思想家たちに至っては、ほぼ全員が観念病という名の病人である。そんな観念病者の著作に踊らされて、抽象的な「社会」に向かって批判と要求を繰り返しているのが素人の社会派であるが、これでは、社会を変えられるわけがない。 

>日々現実課題に直面して闘っている人々の潜在思念は、間違いなく最先端の可能性を捉えている。

現在の社会を見渡しても、現実の圧力を受けない高みから眺めて批判と要求を繰り返す学者や認識のプロから現実の可能性が発掘され、具体的に可能性が提示された試しがありません。

とすれば、やはり現実の圧力を受けながら日々闘う普通の人達の中からしか新たな可能性は生まれてこないでしょう。ではその普通の人々にとって現実とは何でしょうか?
 

 普通の人にとって、もっとも身近な現実の場は職場である。そこには常に大きな圧力が加わっており、従って、自らもエネルギーの大半をそこで費やしている。

従って、現実を改革したいのなら、まず己の現実の職場を改革すべく尽力すべきだろう。
現実に強い圧力が加わっている職場に対しては何も言えない者が、直接には己に何の圧力も加えてこない「社会」に向かって何かを主張しても、それは逃避行為でしかない。当然そんな主張は、すべて偽物である。

本当に社会を良くしたいのなら、まず、もっとも身近な現実の場である職場をどうすれば改善できるのかを提示し、その上で、社会をどうするかを提示すべきだろう。
現実の職場を何一つ改革できない、ただの口舌の徒に、社会を語る資格はない。 

 

普通の社会人にとって、身近な現実の場は職場です。職場では、お客さんからの期待や会社からの期待、同僚からの期待、様々な期待と評価がセットとなり現実の圧力を形成します。そしてその現実圧力の中で闘ってこそ潜在思念が最先端の可能性を捉えることができるのです。

まずは、現実である職場をどうすれば改善できるか?を具体的に提示し可能性をみんなで追求していく。そしてその可能性の先に社会をより良くする可能性も繋がっている。

何の圧力も加えてこない「社会」に向かって何かを主張しても、それは逃避行為でしかなく、現実の圧力を受けない高みから眺めて批判と要求を繰り返す学者や認識のプロと同じ になってしまいます。

『職場から社会へ「共認」を広げていく』

職場の改革に必要なのは、プロ目線の高邁な理屈ではなく、現実圧力の中で私たちの潜在思念が感じ取る可能性です。

例えば、お客さんにもっと喜んでもらいたい。お客さんと一緒に自分たちも喜びたい。これを実現するには、職場をどう改善できるか?そしてさらに自分達の会社という枠を超えて、協力会社や取引相手を巻き込みながら、改善方法を模索していく必要もでてきます。

こうした理念を共有し、みんなが納得いく課題共認→役割共認→評価共認を形成できれば、みんなの活力が上昇する職場にうまれ変わっていくでしょう。

ひとつひとつの企業の規模は小さいかもしれませんが、職場をよくしたい、社会をよくしたいという思いはみんなもっています。そうした企業同士ネットワークが広がっていけば、社会もそれに呼応し変わっていくのです!

みなさんの働く職場、もっと良くするするにはどうする?

明日からみんなでやってみませんか?

投稿者 d0020627 : 2011年10月29日 List   

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