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2011年06月25日

【男の居場所は何処にある?】~充足→安定・保守収束に応える実現力

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<画像はコチラからお借りしました>

前回、男の居場所は『男女を包摂する集団の中』に存在する、と固定されました。

性的な邪心がなく、純粋に期待・応望の充足だけを拠り所にして活力を生み出している男女の集団とは、震災の避難所で、震災後の処理や復興の課題に向かっている男たちを見て、自分はいいから何とか男の人には精の付く食事を出してあげたいと食事を作る女たちの姿、そんな期待を寄せてくれる女や子どもたちに、何とか応えたいと一生懸命になっている男たちの姿をイメージしてみるとわかり易いと想います。

男の居場所として、上記のような新しい男女関係=集団を作り出していくことが必要となりますが、その中での男の役割とは何なのかを固定していきたいと想います。

るいネット「3/28なんでや劇場レポート(3) 今後10年間は充足⇒活力を上げれば勝てる」より引用

肯定視・充足をキーワードとして定着させる。具体的には、現業のミーティングでも肯定視できるポイントを固めるとか、上司も部下の肯定視ポイントを把握して指導するといった工夫はできる。しかし、肯定視・充足と言えば、女の方がはるかに発達しているのであって、女たちを中心にして充足・肯定の空気を作り出すことが必要。女たちが充足期待の空気を作り出し、男の活力を引き出す。これが男女関係再生のカギであり、同時に企業活力を上昇させる突破口である。そのためにも、女たちの充足性こそ最大の価値なんだという認識転換が、特に男たちに求められる。

『女たちの充足性こそ最大の価値』

まずはこれが新しい男女関係(⇒集団)の軸になります。そこに性的自我=邪心があっては成立しませんが、性的自我は、もはや衰弱しているため心配ないかもしれません。

では『女たちの充足期待』とは?

続きの前に、一押しお願いします。

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るいネット「意識潮流の最先端は「充足」から「実現」へと転換している」より引用

’08の国際金融危機は、人々の間に強い危機感を生起させたが、今回の危機感は’90年代に生じた危機感発の目先の安定志向(213744)とは、明らかに異なった収束先を形成し始めている。今回の危機感が生じさせたのは、目前の危機に対して既存の何かにすがるのではなく、「自らの手で何かを実現しよう」という実現志向の流れであるように感じる。

(中略)

 女たちの充足発信(期待やプラス評価)が活力の源泉となることは、今後も変わりない。しかし、意識潮流の先端がすでに実現期待へと向かっている以上、充足・肯定の空間を作っただけでは不十分で、その先に更に「確かな答え」が無ければ、全面的な活力には繋がらなくなってくる。従って、今後は活力を上昇させていく為にも、一つ一つの仕事の場面でとことん具体的で、かつ実践的な答えを示していくだけの技量が求められる。

例えば今回の原発事故や、今後のエネルギー政策については、政府、官僚、マスコミの誰もがちゃんとした答えを出すことができないように、超難課題です。またそれだけに女たちの危機意識(→不安)はとても高くなっています。

『この状況、貴男ならどうしますか?』

原発のしくみや危険性を追求、また代替エネルギーの可能性を追求して、その事実をマスコミに代わってネットに発信し続けている人、また仲間を集めて答え追求の場を主催している人たちがいますが、このように一歩踏み出した男が登場してきました。ただ、そうはいってもそのような男たちは残念ながら少数派であり、“我関せず”な男が多いのも実態ですよね。

誰もが、このままではヤバイことは認識でき、何とかしなきゃとは想っている。しかし答えがないので、思考停止状態となり、そのうち捨象するようになってしまった、ということなんでしょうね。

でも何とか答えを出そうと一歩踏み出した男たちがいる。しかも、そんな男たちの姿はというと、悲壮感漂う。。。では全然なく、難課題に立ち向かっているにも関わらず活力に充ち溢れている!

その活力の源は、上記の女たちの不安⇒男たちへの期待なのではないでしょうか。

もうすぐ電力不足のピークとなる夏を迎えますが、私の家内を含め、周りの女性たちの『節電意識』が非常に高いことに気付きます。男たちの意識とは比べものになりません。

何故そんなに節電意識が高いのか?を考えてみると、子どもを抱える彼女たちは、原発の脅威を本当に不安だと感じている。でも何とかなるという見通しは全く見えず、旦那に期待しても答えはない。という不安から、自分でできることは何かないか?と『節電』という目先に収束していると想像できます。

もちろん電力不足を回避するための『節電』ではあるのですが、潜在的な女性たちの真の欠乏は、原発への抵抗なのではないでしょうか。

女たちの充足期待を受け止め、これを活力にして実現に向かっていく場、それが『男の居場所』になることは間違いありません。そして、その期待の中身は、政府、官僚、マスコミの誰もがちゃんとした答えを出すことができないような難課題であるからこそ、誰もが当事者となって答え追求に向かうことができます。また、一人では答えを導くことができないからこそ、自ずと追求仲間が必要になり、場が必要になります。

つまり、男の居場所は、新しい男女関係を基にこれからどんどん作り出していくものであり、その可能性は目の前に広がってるってことなんですね!

さて、次回はいよいよ最終回です!これから向かうべき新しい男女関係の場の具体的なイメージを固めたいと想います。

投稿者 hiroaki : 2011年06月25日 List   

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コメント

仕事の場や家庭その他いろいろな場に男女関係はありますね。
男をやる気にさせる 新しい男女関係 すっごく興味が湧きます!

投稿者 tomitomi : 2011年6月30日 11:42

愛媛県の八百屋個人商店です。

7月から、50戸限定で野菜の産地直送を始めます。

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投稿者 トマトっ子 : 2011年7月1日 05:41

>tomitomiさん、コメントありがとうございます。

そうなんです!職場や家庭に限らず、どんな場でも新しい男女関係は生み出せます。そこでは、『居場所』を明らかにするのではなく、自然に『役割』が明確になる、というイメージです。最終回をお楽しみに!

投稿者 hiroaki : 2011年7月2日 23:22

脱原発における「節電」とは、気休めのように思えます。
電力消費を下げることは日本の産業を苦しめ、企業が海外に出ていかざるを得ない状況を招き、日本の雇用が減ってしまい、ますます不景気になるのではないでしょうか。
節電のために今夏は熱中症で倒れる人々が昨年以上に増え、そのことの危機は報じられない状況に、何か疑いすら持ちます。

また女性の原発に対する不安も、健康ブームがエスカレートしてきた延長線上にあるような気がしてならないのです。
ほら、数年前にありませんでしたか?
パンデミックだぁーっ!
マスクを買えーっ!
と、煽った人たちのおかげで、店頭からマスクが消えたという集団ヒステリーの状況が思い出されて仕方ないのです。

最近は「放射脳」と揶揄される人たちは、ウイルスか何かと混同している人もいて、危機だと騒ぎたてることが目的化しているようにも見えます。

男女の新しいあり方については興味ありますが、原発に対する女性の不安をぬぐうために男があれこれ協力することが必要とか言われると、これもジェンダーフリーのひとつですかと皮肉のひとつも言いたくなります。

すみません、テーマ的には興味ありますが、脱原発は一部の人たちが煽ってるブームのようにしか捉えてないので、それを絡められると記事全体がうさんくさく感じられてしまうのでした。
続きは、そんなことないと信じて、これから読みたいと思います。

投稿者 my日本のリンクからたどり着きました : 2012年8月10日 07:21

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