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2011年06月16日
勉強だけができる子にしたくない!【1】:こんなにも進んでいる試験エリートの無能化
「勉強だけができる子にしたくない!」シリーズのプロローグ~試験制度は子供達を無能にする。~どうでしたか。
さて、今回はシリーズ1回目。~こんなにも進んでいる試験エリートの無能化~です。
(この写真はこちらから引用させてもらいました。)
日本の政策を司っているのは、有能な官僚・・・のはずですが、東北太平洋沖地震から福島原発事故を通じて、その官僚=エリートと呼ばれてきた人たちに対し、
・・・本当に有能なんだろうか?
・・・何でこんなに国民の意識とこれほどずれているんだろうか?
という疑問が沸々と湧いてきませんか?これらの、官僚(だけに限らず、学者、電力会社の幹部)に共通なのは、学歴社会の試験に勝ち抜いてきた試験エリートということです。この試験エリートの無能化こそが現在の日本社会の混迷さを引き起こしているのではないでしょうか?
かつては誰もが憧れ、目指し、そのためになり振り構わず試験勉強し、一部の有能な人が官僚エリートという地位を獲得したのですが、それが何故ここまで無能化したのか?今回は、まず、問題点及び無能さ加減を押えてみます。
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3/28なんでや劇場レポート(5)試験エリートは無能⇒10年後には社会統合気運
近代日本の政治史を振り返ってみても、明治維新の中心となった下級武士たちは、学問的なものはほとんどやっていない。にもかかわらず新国家を作り上げ、さらには彼らをトップとした明治国家は日清日露戦争にも勝利した。当時の後進国である日本が西洋列強に伍していたのである。
ところが、明治中期から官僚養成を目的とした試験制度が始まり、これが国家権力と結びついた結果、強力な引力を持つことになり、学歴信仰が登場する。これ以降、学歴序列で全てが決まるようになり、それは今だに続いている。ex.民間の人間には信じられないことだが、官僚は(戦前の軍も)入省前の試験の席次で、その後の出世が決まる。
それ以降、首相も軍隊の参謀本部も試験エリートたちに独占され、戦前の日本は外交でも経済でも戦争でも、百戦百敗の惨憺たる結果となった。このように、「日本の官僚は優秀」というのは全くのウソであり、戦前の段階から既に、明治維新の下級武士たちよりはるかに劣るというのが事実である。ましてや、決まった答を踏襲するしか能がない現在の官僚たちはトコトン無能である。(一部にはまともな官僚が少数いることは事実だが、多勢に無勢で、まともな官僚ほど冷や飯を食わされるので、どうしようもないのが現状である。)
明治維新の下級武士たちの能力も、遊び空間の中で形成されたものである。そこで、現実にぶつかる問題を白紙(ゼロ)から考える。成人後は、遊び空間での充足体験の充足イメージを使って、直面した問題に答を出すことができるようになる。今、求められているのは、白紙(ゼロ)から組み立てることのできる能力である。旧観念をはじめとして昔の答は何の役にも立たないのである。
初めて歴史構造論を構築するために使ったのは、実は、大学受験用の歴史の参考書にすぎなかった。同じ参考書でも単なる試験勉強のために使うのと、理論構築という課題意識の下で使うのとでは全く違う。試験勉強の場合はただ機械的に理解・暗記するだけだが、理論構築という目的意識の下では、歴史事象が体系化・構造化されるので、現実の武器として使えるようになる。例えば、古代宗教が2600年前、同時期に登場したのはなぜか?という問題意識などがそれである。(以下省略)
●官僚は入省前の試験の席次で、その後の出世が決まる。
●今の社会で求められているのは、白紙(ゼロ)から組み立てることの出来る能力である(試験勉強の暗記では役に立たない)。
●『日本の官僚は優秀』というのはウソ。
官僚の無能さを示したこの記事、結構驚きです。また、日本の高度成長期を主導したのは日本の優秀な官僚というのも間違いである。という以下の投稿も多くの気づきを与えてくれます。
『官僚は優秀ではなく、運が良かっただけ その1』 😯
『官僚は優秀ではなく、運が良かっただけ その2』 😯
●(抜粋引用)高度成長期は、「欧米に追いつけ」という『目標が明らかな問題』であり、それを達成するための政策を考えるだけで済む。また、人権や環境問題など、複雑なテーマは表面化していなかった。つまり、高い能力を要求されない時代だったから、優秀でなくても務まっただけである。
本当に難しいのは、将来が見えない状況で舵取りすること。現在の状況こそ、まさに該当する。ところが、困難な時代になると、官僚の失敗が目立つようになる。薬害エイズ、金融政策の失敗、価値のないものまで作り、おまけに環境まで破壊する公共事業など、大きなテーマの失敗が多い。優秀なのか疑わしいレベルよりも落ち、人並み以下なのではと思われても仕方がないレベルの失敗が目立つ。
『目標の明らかな問題』とは、別な言い方をするなら、正解の存在する問題である。これこそ、日本の学校教育が何年もかけて教えている内容に等しい。つまり、学校の勉強ができることは、目標の明らかな問題を解決するのに適しているわけだ。
追加で、官僚の無能さの原因を追究した記事を引用します(なお、文中に出てくる、堺屋太一氏は、元通産官僚です)。
堺屋太一「平成官僚は無能すぎる」文藝春秋2002年3月号 より抜粋引用。
「1985 年、国土庁は『東京のオフィス・ビル不足』の予想を発表しました。…この大はずれの予想が、土地ブームの火付け役となったのです。」
「官僚は需要の過大予測やバブルを作っただけでなく、金融緩和や公共事業でそれを増幅させました。そして地価上昇への非難が激しくなると、突如、金融引締めに転じて大不況を招きました。」
「(官僚の無能さの)まず第一は、『固定観念の罪』です。平成官僚は古い昭和の固定観念から抜け出せないのです。…すなわち、①人口は必ず増える。②土地は不足している。③経済は成長する。④物価と賃金は上昇し続ける。 そして、⑤日本は孤立した島国である。…ところが現状は、この五つの現象が五つとも変わりました。…それなのに、官僚は固定観念を変えようとしていない。」
「平成官僚が犯した(もう一つの)大罪は、秩序破壊です。この責任を問われるべきは、文部科学省、警察、厚生労働省です。…まず、円周率3 に象徴される教育の荒廃。…昨年、日本の警察の安全管理能力の低下を露呈したのは、明石で起きた陸橋での群集雪崩事故でしょう。…厚生労働省では、農林水産省と並び、狂牛病に対する対策の遅れが記憶に新しい。」
「世界の潮流が知価社会へとシフトした今日も、官僚はまだ工業社会を目指して指導しているのです。…(金融の例では、)土地担保か大企業に融資すれば危険はない、という前提で指導し、…『護送船団方式』をとっていました。…ところが知価社会になると、事態は一変します。可変的で予測困難な知価を創造する事業を評価して、投資を行わなくてはならないのに、日本の金融機関には事業審査能力がない。官僚と一緒になって護送船団の安眠をむさぼっていたからです。」(中略)
「成功体験への埋没もひどいものです。…日本の官僚には、高度成長で成功した、近代工業社会を作り上げた、という自負があります。このため、同じコンセプトに固執し、ついには、失敗を悔いる、ということがなくなってしまった。」
「いま、日本に必要なのは、官僚に国家主導の地位からご退場願うことです。それには、全国民が…官僚たちの行った失敗と怠慢を正しく認識し、その無能さを知ることです。」
●ここで書かれている『固定観念の罪』は、最初の記事の、試験勉強の暗記=決まった答え(ex.市場は成長するもの)の暗記ばかりで「なんで?」と頭を全く使わないことによる弊害だと思われます。
その他、参考に、今までの官僚の失敗、暴走の事例を引用します。
『暴走官僚(1)』
『暴走官僚(2)』
『農水省ダム事業の苦しい理屈付け』
『国益を無視しエリート意識に埋没する外交官』
さらに、この無能さが、顕在化したのが、今回の東北太平洋沖地震~福島原発事故だと思います。次は、最近の事例を通じて試験エリートの無能化に迫ります。
最後まで読んでもらい、ありがとうございました。
投稿者 hoop200 : 2011年06月16日 TweetList
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