| メイン |

2011年02月03日

新たな時代の教育制度の提言に向けてシリーズ-3~戦後日本の教育(プロローグ)~

『新たな時代の教育制度の提言に向けてシリーズ』ということで、思い起こせば、昨年3月から始まったこのシリーズですが、今回が第3弾のシリーズとなります。

シリーズ-1では、日本の公教育の基となったアメリカ、フランスを始めとして、海外の公教育の成り立ちと特徴を押えていきました。参考:新たな時代の教育制度の提案に向けて~総集編
clip_image001.jpg
ヨーロッパに公教育制度が取り入れられていった背景には、実は背後で国を、政治を操る金貸し達による「洗脳システム」という騙しがあったのです。
『新たな時代の教育制度の提言にむけて ~公教育は金貸し支配のための洗脳システム-1~』

何によって洗脳していったか?というと、キリスト教を基に生まれた近代思想という支配観念だったのです。『新たな時代の教育制度の提言にむけて ~公教育は金貸し支配のための洗脳システム-2~』

支配観念については以下を参照

古代宗教や近代思想はあくまでも頭の中だけの表層共認に過ぎず、突き詰めれば、脳内を充足させる為の解脱剤でしかない。しかし、それでも人々がそれを必要としており、それ故にそれが社会共認と成った以上、それは共認動物の社会統合上、頂点に君臨する事になる。従って、それら古代宗教や近代思想は社会統合上の絶大なる力を獲得し、僧侶や学者は支配階級の一員となる。支配階級から見れば、はじめから現実を変革する力などなく、むしろ私権の核を成す家族や恋愛を美化して人々を共認統合してくれる幻想観念は願ったり適ったりで、自分たちの身分を脅かさない限り有り難く利用すべきものであり、僧侶や学者の方は、私権(身分)を求める存在(深層意識)と現実を捨象した意識(表層観念)は初めから断絶しているので、彼らの主張が認められ、かつ高い身分が保障されるとなれば願ったり適ったりで、両者の思惑はピッタリ一致する。こうして、いったん支配階級の中に組み込まれた後は、それら宗教や思想は、ひたすら現状維持に貢献する支配共認に変質する。

参考:『実現論 第二部:私権時代 ヘ.支配共認=権力の共認と表層観念の共認』

いつも応援 ありがとうございます

 にほんブログ村 子育てブログへ

シリーズ-2では、日本の公教育が成立した明治期をターゲットに、その前段の江戸時代の教育や戦前までの教育制度などを扱っていきました。
参考:『新たな時代の教育制度の提言にむけてシリーズ2~13.日本の教育の歴史総集編 PART2(幕末・明治時代~昭和初期(戦前)編)』
『新たな時代の教育制度の提言にむけてシリーズ2~13.日本の教育の歴史総集編 PART1(古代~江戸時代編)』
%E6%B1%9F%E6%88%B8%E6%99%82~1.JPG
ここでは、当時では世界的にも群を抜く識字率を生んだ、江戸時代の寺子屋教育の特徴と背景を押さえました。これは、庶民による主体的な勉学意欲の醸成という意味でも、今後の義務教育に換わる可能性としても、とても重要な日本人独自の教育システムで、その背景には、農村自治における社会の当事者という背景があったことを押えました。

次に、日本の公教育の成立した明治期以降を押えました。明治期に導入された教育は、アメリカ、フランスの公教育の模倣です。これは即ちシリーズ-1で展開したように、金貸し達による「洗脳システム」に他ならないのです。その方法は、当時の薩長、政府の要人をアメリカ、ヨーロッパに招き、「欧米の発展の要因は、近代思想にある。」ということを植え付けていったからです。

%E6%98%8E%E6%B2%BB%EF%BC%93~1.JPG
その代表が、1885年(明治18年)、現代の教育制度の雛形となった学校令を制定したのが、時の文部大臣:森有礼です。彼は、フリーメイソンに属し、徹底的な欧化主義を押し通そうとした人物で、国語のローマ字化を本気で考えていた人物です。幸い、それは時期尚早として実現はされませんでした。
彼はまた、現在のエリート官僚育成のシステムとしての帝国大学を整備したことでも有名です。

これら日本の公教育については、歴史教科書などには書かれていない、「金貸し支配」という現実が存在し、それを抜きには教育の本質が見えてこないということが分かりました。

%E6%95%99%E8%82%B2%E5%9F%BA%E6%9C%AC%E6%B3%95.jpg%E3%83%9E%E3%83%83%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%82%B5%E3%83%BC.bmp
今回のシリーズ-3では、いよいよ戦後の公教育について扱っていきますが、ご存知のように、戦後の日本はアメリカGHQ主導の政治で、教育も当然その(金貸し支配の)流れの中にあります。

そして、戦後すぐに制定された教育基本法を始めとした教育制度は、今直その形をほとんど変えずに続いています。(ついこの間(2006年)に改正されましたが、中身はそんなに変わらず・・)

制度の変遷については、以前に当ブログでも扱った以下の資料を参照していただき、今回のシリーズは、以下のように進めていきたいと思います。
戦後教育史ファイルをダウンロード
戦後教育改革ファイルをダウンロード

まず最初に、1947年3月31日施行の「学校教育法」、及び「教育基本法」(旧法)に先駆けて配布された教師の手引書である「新教育指針」を数回に亘って紹介します。

この内容は結構衝撃的で、アメリカ→GHQによる教育の意図が読み取れます。

その次に、今度は、現代に戻って、現代の教育の問題点とその原因を扱っていきます。
これは、現在ネットサロンの教育グループで、将来の教育者を目指す学生さんにも参加いただいて追究していることを順次ご紹介していきます。

ここで出てきた問題とその原因をもう少し大きな視点で構造化し、教育制度の問題として固定していきます。

最後に、(できれば)教育の本質を押え、新たな制度の提言に結びつければ・・・と考えています。
計10回程度でまとめていきたいと思います。

但し、追究の途中で、新たな検討課題などが登場した場合は、方向転換することがあることをご了承ください。

よろしくお願いいたします。

投稿者 sashow : 2011年02月03日 List   

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://web.kansya.jp.net/blog/2011/02/1157.html/trackback

コメントしてください