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2009年11月26日

「いい女って、何?いい男って、何?」~集団(男)あってこそのいい女って?~

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縄文のヴィーナス!?

(画像はこちらこちらから)

いい女、いい男を巡る本シリーズの2つ目ですが、先ずは以下の投稿を御紹介します。
多くの男に女として認められること

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>本当は、女としてみてくれるのならば、より多くの男にそう見られたほうがうれしいんじゃないのでしょうか。阿部さん
 
>むしろ多くの男性に認められたい、性応望したいという気持ちの方が強いと思います。つまり偽りの一対収束ということになります。離婚率の上昇がそれを裏付けていると思います。
>こういう現実を目の当たりにして若い女達はが非婚を選択するのも大いに頷けます。
川田さん
 
ここで、「たくさんの男から女として認められたい」という前提には注意しなくてはいけないと思います。一見本源的な欲求のようですが、縄文時代の女と現代の女で、この前提は意味が違うと思うからです。前者の場合、たくさんの男から認められることは、集団において自分の役割を果たし存在意義を得る喜びであったことでしょう。しかし現代の女にとって、たくさんの男にモテることは、自らの性的商品価値の高さを実感するという喜びなのではないでしょうか。つまり、多くの男の相手をすることではなく、より強く自我を振り回す権利を得るという欲求を満たすだけの喜びなのではないでしょうか。
 
婚姻の形態を女性が動かし始めているのは、社会の基底が変わり始めているという点で本源収束に向かう希望の光でもありますが、それが女の自我のみを原動力としているのでは、依然として向かう先は滅亡でしょう。具体的な制度の変化の前に、縄文の女の感覚を取り戻すことが必要だと思います。

  
この投稿は、今から実に7年前の2002年のものです。2009年の男女関係で特徴的なことはやはり「肉食女子」「草食男子」だろうと思います。これも含めて「いい女」とは何か?に迫ってみたいと思います。

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未婚率はますます上昇 画像は
こちらからお借りしました。

先の投稿で注目すべき点は、「たくさんの男から認められることは、集団において自分の役割を果たし存在意義を得る喜び」「婚姻の形態を女性が動かし始めているのは、社会の基底が変わり始めているという点で本源収束に向かう希望の光」と言う部分であるように思います。
 
件の「肉食・草食」などは、混迷する現在の男女関係の中から生じた女性発の一つの切り口であるように思います。その視点は「草食化」した現在の男性たちと如何にして男女関係(恋愛関係或いは性関係)を築くかという一つの方策とも言えなくは無いですが、そもそも何で草食化したのかと言えば、以下の記事が参考になるように思います。

日本を守るのに右も左もない なんでや劇場レポート①「社会の最基底構造は性・婚姻制度」
 

私権が衰弱した現在では、自我・私権の性は何の充足可能性も感じることができない。また私権の衰弱によってオスは力の基盤を失い自信を喪失し、草食化などの現象が引き起こされている。
 
しかし、これらの現象を肯定的に捉えると、新たな可能性が出てくる。
 
性が衰弱している一方、草食化などの現象は自我の性からの脱却過程とも捉えることができる。また、女の充足性を羅針盤にし、課題の中から充足の可能性を感じてきている男が最近増えてきている。
今後、答を出すための認識収束と本源的な集団の再生が進んでいくことで性の再生へと向かっていく。

 
つまり、唯一考えられるのは、自我の性からの脱却過程が「草食化」だと言うのです。こうなると草食に対して自らを「肉食」と豪語するのは、「草食」を追い込みこそすれ、自我の性では無い「女の充足性」からすればいかにも凶暴だと感じます。

では、本当のいい女とは一体何なのでしょうか?るいネットの投稿を幾つか御紹介しましょう。
 
「性」を巡る意識潮流の変化に、「性再生」の可能性を感じる
 

現在我々が唯一絶対と信じ込んでいる1対1の婚姻制度=1対婚制度は、たかだか私権時代3000年程度の歴史しかないこと、そして、それ以前の人類は、自我・私権に基づく1対婚制度ではなく、集団全員が「性」を通して活力を得られる婚姻制度(首雄集中婚又は総偶婚制度 詳細は実現論1_8_03参照)によって集団を統合しており、そこでは”自分発”の自我の性ではなく、”相手発”の本源の性によって、文字通り皆が充足を得ることができていたことである。取り分け、日本の農村部においては戦後直後まで、この本源の性に基づいた婚姻(夜這い婚)が行われていた。

 
女の共認域からの期待発信は、男の闘争共認域を広げる
 

昔は闘争場面に女は不要だという規範らしきものがあったが、それは旧く、私権原理が衰弱し共認原理に転換した現代ではまったく通用しない。
 
今や闘争場面の状況認識や課題共認そして評価(圧力)においても、潜在思念豊かな女たちは強力な羅針盤である。

 
これらの投稿を受けた女性の発言が以下の投稿です。
 
女発ってこういこと!~「女の意識」が「男の意識」を変えた~
 

女たち自身が、充足を自分だけのものにしないで、女同士で共有して、発信し続けたから、このように男の人たちも変わったんです!
 
女たち自身が、みんなと充足を共有した方が、より充足するということに気がつき始めたのです。これって、独占欲を放棄し始めたということ!?

 
これらは充分可能性足り得ると思います。つまり一人の男の充足に縛られるのではなく、男達が形成する集団と言うものを捉えてその闘争共認に女達が働きかける=闘う男達に期待を掛け合う女達の姿が見えてきます。そしてそうすることが女自身にとっても大きな充足と安心基盤になっている。
 
先の投稿の「婚姻の形態を女性が動かし始めている」ことがまさに現実のものとなりつつあるようです。そしてそのことを充足であり、集団における役割であると感じる女達が「集団(男)あってこそのの良い女」と言うことになるのかな、と思います。良い女達は「集団(男)」があって初めて応合性や充足感を最大限発揮できるということなのでしょう。

投稿者 saito : 2009年11月26日 List   

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コメント

確かに、これからの社会にとって、女性の充足性はますます必要とされていくでしょうね。

その充足性をいかんなく発揮してもらうためにも、女性が安心できる集団をしっかりと作っていく必要がありますね。

投稿者 抱腹絶倒 : 2009年12月1日 22:04

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