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2009年10月17日

「闘争不在、解脱埋没」という特異な30年が終わった(前編)

1970年以前の私権時代から貧困が消滅して、80年、90年、2000年と時が過ぎ、人々の意識がどのように変化してきているのでしょうか。 :roll:

そして、現在みんなはこの社会の中で活力を得ているのか、もしくは活力が出る可能性に収束し始めているのでしょうか。

上記の現象について、時代と共にその人々の意識状況がどのようなものだったのか迫ってみたいと思います。

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るいネット 「闘争不在、解脱埋没」という特異な30年が終わった②

私権時代とは、解脱(とりわけ性的独占欲の充足)を目的とし、その手段として出世競争・学歴競争(これ全て格差のうまみを手に入れようとする私権闘争)を活力源としてきた時代であったが、70年貧困の消滅によって心底において私権闘争は第1義ではなくなった。しかし目的の位置にあったところの解脱欠乏(性及び代償充足たる芸能を求める欠乏)は残りつづけた。

’70以降は、私権が衰弱したことで、序列原理が崩壊すると共に、私権時代の目的であった解脱だけに走り出した時代(いわゆる解脱埋没時代)だったんですね。

この時代以前の最大の充足源は、性的独占欲の充足(女性をものにすること)であるため、その為に必死で私権闘争に向い、他の人よりもいい女性といることが最大の目標だったことと会社に逆らうと生活できなくなってしまう圧力状況(生存圧力△)から、一定社会の秩序は形成されていました。

しかし、貧困が消滅したことで、生存圧力を克服したことで、私権闘争しなくても生きていける時代となってからは、専ら解脱だけに収束するようになり、闘争には向かわなくなってしまいました。

貧困が消滅して以降の20年は下記に示す状況へと時代は変化していきます。

むしろそれまで抑圧されていた分、一時的には急拡大したとすらいえる。そうして70年日活ロマンポルノに代表される性の解放が一気に進む。しかしこの性を核とする解脱欠乏はそもそもが性規範という障害があってはじめて燃え上がる反=自我のエネルギーであるから性の解放が進み、性規範がガタガタになってしまうと自動的に衰弱するという構造にあり、80年代に入ると現実の女からバーチャルな幻想の女性へと逃避したオタク文化へと後退収束していく。

さらに90年バブルの崩壊=格差のうまみの縮小が追い討ちをかけ、女をものにすることは負担がかさむばかりで、もはや性が第1義的活力ではなくなった。そして解脱の中身が性を中心とした独占欲や自我充足から仲間充足へと転換していく。ようやく暗闇の中から「新しい可能性」が充足収束という形として表出してくる。

解脱欠乏の残存によって、一時的に女性が性権力を手にし、男たちを手に取る状況が見られ始めます。(アッシー、ミツグくんのような男たちが現われる)

しかし、一方では、そのような女性たちを恐れた人、疲れた人が現われ始め、バブル崩壊と共に、女性の性権力も衰弱し、私権原理の中での男女は互いに収束不全へと陥ってしまいます。

しかし、実はこの私権衰弱をきっかけに、人々の潜在思念から新たな可能性が、特に若い世代から現われ始めます。

>本源価値(異性や仲間や集団との共認充足や自然との本能充足)を破壊し、抑圧してきた私権の強制圧力が衰弱した以上、抑圧されてきた本源的な共認欠乏や本能欠乏が活性化し、意識下の共認回路や本能回路が本源充足へと可能性収束してゆくのは、必然である。・・本源収束の潮流は、’90年私権の衰弱が誰の目にも明らかになるにつれて顕在化し、共認収束(親和収束・仲間収束)や自然収束の大潮流を形成しつつある。ボランティアや自然サークル・環境サークルの興隆は、この潮流の最も見え易い表層の現象である。実現論4_3_02「実現論 場の転換」

上記のように、私権による強制的な圧力がなくなったのは、一つの可能性と捉えられます。

本来人々が私権時代以前に築きてきた本源的な充足の可能性に今、人々が再び収束し始めています。それは人と人の中で生み出される充足

現在みんなの中に潜む欠乏は、互いに分かり合いたいという共認欠乏、そもそも自然の中に存在する人に収束したいという本能欠乏です。

いま、その欠乏に対する不全を乗り超えようとする人々の意識が大潮流となって顕在化し始めています。その一つの事例が、若者に見られる仲間が大切という仲間収束なのだと思います。

そして近年、仲間収束を超えて、本源的な充足を得るために見られる潮流が有ります。それが社会収束です。みんなの期待を活力源に、その期待に応えようと認識(事実認識・歴史構造の解明・新理論の勉強)に収束する潮流があわられ始めています。

今後この潮流がどのような形で顕在化していくのか注目です。 :wink:

後編へと続きます。是非ご覧下さい!!

投稿者 kaneking : 2009年10月17日 List   

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コメント

確かに、解脱だけに埋没できたのってすっごく特異な感じがしますね。

圧力衰弱→自我肥大→解脱埋没?

って感じでしょうか?

投稿者 マリー : 2009年10月20日 03:24

>仲間収束を超えて、本源的な充足を得るために見られる潮流が有ります。それが社会収束です。みんなの期待を活力源に、その期待に応えようと認識(事実認識・歴史構造の解明・新理論の勉強)に収束する潮流があわられ始めています。

確かに~!
最近、「仕事が楽しいの♪」ってよく聞くんですが、「なんで~?」ときくと。。。
「みんなの役に立てるから!」とか「みんなが感謝してくれるから♪」って話してくれます。

なんだか、すーっごく可能性を感じますね☆

投稿者 かんちゃん : 2009年10月22日 13:27

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