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2009年03月27日

婚姻史シリーズ(28)~夜這いって?~

さて、当ブログにおいてもしばしば日本の過去の婚姻形態として、「夜這い婚」という言葉が出てきます。

「夜這い」と言うと、現代のイメージでは不道徳な行為と受け取る方もいらっしゃるかもしれませんが、それは明治時代以降の西洋文明導入期に過去の風習を排除する為に植付けられたイメージに過ぎません。

実際は、日本古来からある非常におおらかで開放的な男女関係を示す言葉です。
この「夜這い」の語源は、呼ばう、呼び合うなどから来た言葉のようで、村ごと様々な掟の元で、男が呼ぶ場合も、女が呼ぶ場合もあったそうです。

歴史的に見ると、日本における性風俗は、自然信仰由来の民族的なものと、儒教思想及び仏教思想の影響を受けた武士階級などに見られるものとに大別され、その違いは性に対する肯定視と否定視とに明確に分別されます。

性を全的に肯定視した風俗が、ここで言う「よばい」に該当し、その文化とはまさに自然の理に適った法則の元に作られた規範として民衆の間に定着していました。より具体的に述べるならば、人間にとっての性とは、「生殖」であり「子孫繁栄」に直結する重要な事象であり、かつ生命誕生という神秘性そのものが、人々の信仰の対象ともなっていたのです。

それは、現在でも日本各地の旧所名跡として残されており、陰陽石・夫婦岩などの性器崇拝は、同時に五穀豊穣や安産祈願などにも繋がっています。

では、具体的にはどんな様子であったのか?

続きの前に、いつもの応援よろしくです :wink:

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「岡山の色ばなし 夜這いのあったころ」立石 憲利 (著, 編集)
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から、一部紹介します。

「先客はおやじ」

村一番の別ぴんだったお花ちゃんは、若くして主人に先立たれてしまった。
「お花ちゃんは一人になって淋しかろうなあ」
「そりゃ淋しいに決まっとらあ」
「一人にしとくのはもったいないなあ」
「心配はいらん。ちゃんと世話をするもんがおるけえ」
「そうかな、そうだったのか」
こんな会話が出るくらい、村の男たちもお花ちゃんのことが気になり、ときどき訪ねて世話をしておった。
ある晩、青年の会合があり、会が終わって雑談となった。
「おい、三郎。お前はヨバイに行ったことがあるか」
「いや・・・・・」
「女を相手にしたことは」
「・・・・・・・・」
「そうか、まだか。もうお前も年頃じゃ。ちゃんと経験しとかんといけんぞ」
「はい」
「よし、今晩ヨバイに行って来い」
「でも・・・・・」
「心配はいらん。お花ちゃんのとこへ行けば喜んで入れてくれる。やり方はちゃんと教えてくれるから」
三郎は、みんなに後押しされて、初めてヨバイに行く事になった。
話にはよく聞いているが、女を訪ねるのは初めて。歩きながら心臓が大きく音をたてる。

~以下、略~

この後どうなったのか?は皆さんの想像にお任せします :roll:

気になる方は、リンクで続きをどうぞ。

さて、この他にも沢山のヨバイに纏わる笑い話が多数掲載されていますが、どれもこれも、とてもおおらかで充足に包まれた雰囲気を感じることが出来ます。
また、どの話にも共通して、男女共に性(生殖)を重要なものとして肯定的に捉えていることが伺えます。

日本には、岡山に限らず各地にヨバイの風習があり、中には昭和40年代頃までその風習が残されていた村もあったと聞きますが、残念な事にそれらの事実が継承されるべく書籍化されているものとなると、極端に少ない。他にも有名な民俗学者として赤松啓介さんの書かれた書籍も、いくつか出版されているので、機会を見つけて是非ご一読下さい。

参考
赤松啓介
夜這い婚の類型
赤松啓介~大衆の大らかな「性」を伝えたかった学者~

今後も、少しづつヨバイの性風俗を紹介して行くと同時に、日本では何故そのような文化が根付いたのか?あるいは、何故それらの文化が解体されてしまったのか?といった疑問についても、追求を深めたいと想います。

また、70歳以上の方であれば、原体験としてそれらの風習をご存知の方もいらっしゃると思われます。是非、身近に機会があれば、昔の男女関係等に耳を傾け、紹介して頂けると嬉しいです。

かわいでした。

投稿者 kawait : 2009年03月27日 List   

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