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2008年12月25日

不登校どうする?!9~反応欠損と自分観念~

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【不登校どうする?!】シリーズの9回目です。

【不登校どうする?!4】で扱ったように、不登校児童の頭の中には常に「自由・自分」といった観念がつきまとっています。それが自己正当化、他者否定につながり現実に適応できない状態になっていました。
今回は自己正当化、他者否定といった思考に陥っていく根本原因に迫ってみたいと思います

続きはコ・チ・ラ

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その原因は、不登校児童の乳幼児期にまで遡り母親との親和欠損です。
親和欠損とは、簡単に言うならばスキンシップをとって充足するという機能のことを指します。

【不登校どうする?!7】で扱ったように、1970年以降、“母親の自分第一の肥大化→自我収束”が加速度を増して進行し、それは乳幼児とのスキンシップの劣化を招きます。そして自分第一の母親のもと、スキンシップが不十分なまま育てられた乳幼児は恒常的な親和不足に陥ることになります。

さらには、スキンシップの劣化を助長するような社会潮流、“母子異室”制の病院出産や、“誤っていた母子手帳・育児書”などがこれを正当化し、やがて普遍化していきました。
ここでそれらの弊害を簡単にまとめると・・

■“母子異室”制の病院出産の弊害とは?
・何か欲求があって(空腹やおむつ交換)それを一生懸命表しても、それを受け止めてくれる相手(母親)がどこにもいない状況
 ⇒ 新生児は不快感、絶望感を味わう
 ⇒ 不安記憶が刻印されることになる

・母親と乳児の睡眠リズムを同調させることができるない状況(産後すぐに一緒に寝たり授乳する事で本来は同調できる)
 ⇒ 母親が乳児の生活リズムへの同調に失敗
 ⇒ 乳児が求めているものが分からない
 ⇒ 母親は暗い表情を浮かべる
 ⇒ それを見た赤ちゃんは心を閉ざし、自分の殻の中に閉じこもるようになる

■母子手帳・育児書の誤りとは?
・個性や自立が何よりも重要という、「知的な新しい子育て」を推奨
 ⇒ 具体的には、「一人で寝かす、添い寝はしない」「泣いてもすぐに抱いてはいけない」などの方針
 ⇒ 乳幼児期にこそ必要なスキンシップが欠落
 ⇒ 親和欠損・親和不足に陥る

・早期の離乳食を薦める『スポック博士の育児書』の翻訳本が発行される
 ⇒ これを参考に、1980年に厚生省(現厚生労働省)が離乳ガイドライン制定され、母子手帳が作成される
 ⇒ 乳幼児期にこそ必要なスキンシップが欠落
 ⇒ 親和欠損・親和不足に陥る
(早期の離乳食によってバストが崩れるのを防ぐことができるという、母親の自分第一の考え方も流行した原因)

いかに乳幼児期のスキンシップが劣化し、親和不足に陥っていったのかが分かると思います。
これらは一昔前の話ですが、最近ではどうでしょうか?
・・やはりスキンシップの劣化を象徴する例が身近に存在します。

たとえば、携帯電話を片手に抱っこ・授乳する母親。笑わせたり、話しかけたりすることもありません。抱っこや授乳が、まさにカタチだけのものと成り果てています。
そのような母親はどう考えているかというと・・
「赤ちゃんに話しかけても、どうせ言葉分からないでしょ?」 と。

当然そんなことはありません。
言葉の意味は分からなくとも、赤ちゃんは母親のしぐさや表情などをつぶさに観察しており、常に母親とのやりとりを求めています。
当然このようなスキンシップの欠落も親和欠損へと繋がっていくのです。

そして、親和欠損はやがて反応欠損を引き起こし、いわゆるサイレントベイビーなど反応に乏しい子どもが増えていくことになります。サイレントベイビーは、泣かない・騒がないため育てやすいと勘違いされそのまま無期待のまま放置され続けることがよくあり、反応欠損を抱えたまま大人になってしまいます。

すると、仲間や先生との関係がうまく築けない、充足を得られない状態になり、他人を否定視し自我に収束するようになっていきます。
仲間との充足を得られないと、不登校化したりフリースクールといった場所にしか可能性が見出せなくなるのです。
さらには自我に収束すると、【不登校どうする?!4】で扱ったような「自分」といった観念にどんどん縛られるようになります。

これらを簡単にまとめると、1970年代以降の育児方針が間違っていたり、母親の自分第一といった考え方が、子どもとの親和欠損を生み出しやがて反応欠損児ができあがっていくのです。

投稿者 takatiee : 2008年12月25日 List   

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