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2008年12月10日

学校ってどうなってるの?92 根概念(共認機能、評価共認、自我)

 引き続き、るいネットから根概念の言葉を。共認機能、評価共認、自我に関して。
 
 人間は、相手の気持ちを理解することが出来ます。心と呼ばれる部分です。人間には当たり前の機能であっても、これは人間、サル固有の機能であるのです。

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 まず、共認機能の定義を、るいネットの「新概念定義集」から引用してみます。
 共認機能

相手に同化する、サル・人類に固有の機能。元々は、サル時代に形成された不全から解脱する為に形成された機能で、相手の不全(期待)と自分の不全(期待)を同一視する共感回路を原点としている。そこで相手と同化することによって充足(安心感等)を得ることができる。この機能を土台にして、相手の課題=期待と自分の課題=期待を重ね合わせて、課題や役割や規範や方針を共認する(共に認める)ことが可能となる。

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○なぜ、こんな機能を獲得する必要があったのか?
 それは、実現論が「ニ.サル時代の同類闘争と共認機能」が参考になります。

 サル時代に、本能では外圧状況に適応出来なかったために、形成された共認機能が本能を超えた機能であるだけではなく、DNA変異に代る画期的な進化機能の実現であったのです。一方で、共認機能を獲得する過程で、自我回路も形成されてしまいます。
 それは、るいネット「共認回路と自我回路」が参考になります。そして、ここまで押さえてくると、自我(自己主張)ではなく、共認こそが、各個人の意識を統合すると同時に集団を統合することがわかります。それは、以下の投稿が参考になります。
 

自我ではなく、共認こそ原点である

 私たちは実現論において、不全感を揚棄する為の期待・応合の充足回路を基礎として形成された課題共認や役割共認や規範共認あるいは評価共認etcの共認こそが、各個体の意識を統合すると同時に集団を統合していることを明らかにしました。

 また、自我が規範や評価etcの共認に対する否定を源泉として始めて成立する共認機能の副産物であり、しかも否定に基づいているが故に共認(充足)を破壊し本源集団を破壊してゆく敵対物(共認の敵対物)であることも明らかにしました。

 このことは、人類における人格形成の過程にも、そのまま当て嵌めることができます。実際、人格の形成は、母子や仲間との親和充足体験=期待・応合回路の形成をもって始まります。そして、期待・応合回路が発達してゆくにつれて、その先に課題共認や役割共認や規範共認あるいは評価共認etcの共認回路が形成されてゆきます。それに伴って、周りのそれら様々な共認内容に対する否定を源泉とする自我回路が形成され始めるのです。共認の敵対物たる自我は、その後しばしば凶暴な他者否定・自己正当化の相貌を露わにします。それに対して、親和共認や役割共認や規範共認etcの共認回路が自我回路を制御(一部は封印)することによって、人格は成長してゆきます。

 ところが、近代人は人格の形成を「自我の確立」と呼び、全ての学校で「自我の確立」を善とする染脳教育が行われています。これは、事実に反するとんでもない誤りであり、霊長類の命綱たる共認機能に対する極めて犯罪的な破壊行為でしょう。事実は、『共認の確立』こそが、あるいは象徴的に云えば『規範(意識)の確立』こそが、人格の形成なのであって、もし共認を捨象して自我だけを確立させれば(自我は決して確立など出来ませんが)、分裂病その他に発狂して終うに違いありません。(現代人が多かれ少なかれ狂っているのも、その様な自我思想や自我教育の所為ではないでしょうか。)

 以上、ここまでの議論によって、「自我こそ原点である(or意識の統合者である)」とする個人主義(ひいては近代思想)の根幹概念が、事実に反する迷信であることを明らかにし、同時に、『共認こそ原点であり、意識の統合者である』ことを明らかにしてきました。これをもって、西欧個人主義は、その理論的根拠を全面的に失ったことになると、私は考えています。(「自我こそ原点である」と主張する人たちは、それが原点であるという根拠を、確かな事実=生物史or人類史的構造に基づいて提示して頂きたいと思います。)

投稿者 hoop200 : 2008年12月10日 List   

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コメント

さるに心があるってわかるような気がします。
大阪の箕面ではニホンザルが放し飼いになっているのですが、じっと見つめると必ず引っかかれるし、バッグは持っていかれます。
どのサルから心ができたのでしょうか。
同様に人類はいつから心が出来たのでしょうか。
心は観念思考の証だとすると原始人類も最初から心が合ったわけではないと思いますが?!。

投稿者 tennsi21 : 2008年12月22日 18:37

tennsi21さん。こんばんは。観念機能(言葉等)については、実現論の「ヘ.人類:極限時代の観念機能」に詳しく書かれています。ぜひ読んで見てください。これを読むと、人類は必要に迫られ、本能→共認→観念機能を獲得し、外圧に適応してきましたのです。

投稿者 匿名 : 2009年1月6日 22:16

とても魅力的な記事でした!!
また遊びに来ます!!
ありがとうございます。。

投稿者 株の講座 : 2012年6月21日 19:57

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