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2008年11月09日

不登校どうする?!3~“些細なこと”で不登校になる子供達…問題の本質は?!~

>再び、私権的な目標、学校に行く意味を見失って、最閉塞→不登校が増加し、‘07には過去最高水準になってきています。とりあえず目先の安定基盤に収束してきましたが、最閉塞を迎えたガタガタの家庭から多くの不登校児が生み出されている現状です。

とりあえずの目先的な方針や価値観では立ち行かなくなり再び閉塞する状況の中、不登校児は増加の一途を辿っています。

では、不登校は何をきっかけに起こるのか?
具体例をご紹介します。

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●不登校事例

・中二の長女のことでご相談します。娘と仲のよかった子が転校したことをきっかけに、中一の三学期から登校をしぶるようになり、その後、まったく登校しなくなりました。その頃、主人は登校させようと叱ったり、なだめたりしたのですが、状態は悪くなる一方でした。また、担任の先生も心配して、何度か家まで来て下さったのですが、そのうち、会おうともしなくなりました。二年生になったらクラス替えがあり、気分も変わって学校へ行けるようになるかもしれないと期待していたのですが、四月も休んだままです。

【引用元】福井県教育研究所 教育相談Q&A 掲載一覧(中学校)

・私は、中学3年間不登校でした。原因は、未だにはっきりとしませんが、多分、対人関係だと思います。最初は、2週間に1日程度でしたが、徐々に欠席率は上がってゆき、1番つらかった時期は、2週間に1時間でも登校していればましな程でした。

・僕は、中学校にほとんど行きませんでした。ただなんとなく周りとあわないということがその理由でした。別にクラスの人や先生が嫌いというわけではありませんでした。ただなんとなく行きづらくなってサボっていました。

・どんくさいと良く言われるのですが、中学1年の時につまづいて、骨を折り、ギブスを付けて松葉杖での生活になりました。今考えれば馬鹿みたいなことですが、そんな自分に対してやった友達の行為が許せなかったのです。
休み時間に教室の椅子に座っていると、友達がやって来て、「松葉杖借りるよ」と言って、それで僕の真似をしたりして遊び回っているのです。そしてそのまま、教室の隅のほうに松葉杖を置いたままどこかに行ってしまいました。片足でなんとか松葉杖を取りに行きました。それ以来、動けない分だけ客観的に友達を見るようになりました。冷静にと言うか、冷たくみるようになりました。そのうちに、そんな友達と出会うのが嫌になって、学校に行かなくなったのです。怪我は直ったのですが、その時に感じた友達との溝が日ごとに強まっていく感じがして、だんだん行けなくなりました。

・中学2年の時です。いじめられた訳でもないのですが、ある日突然学校に行けなくなったのです。学校に行かなくてはと思っても身体がどうしても動かないのです。家族から「どうして行かないの」と責められましたが、自分でもどうして行けないのか分からないのです。行かなければと思えば思うほど身体が動かなくなるのです。

・中学1年生の時、クラスメイトから面と向かって悪口を言われた。気の弱い私は、言い返すことも、笑い飛ばすこともできず泣くしかできなかった。その時に涙を抑えられても、帰り道で泣いていた。そして、だんだん学校に行かなくなった。

【引用元】不登校が輝く

・玉置さんは貧乏な母子家庭になってしまいました。地方では働き口がなかったので東京に出てきたのですが、そこで母親はある男の人に出会って再婚します。
父親はだらしない人で、玉置さんの母親に小さな飲み屋を経営させ、自分は遊んで暮らしています。玉置さんはそんな生活が大嫌いでしたが、自分ではどうしようもありません。ただ、自らのコンプレックスとして抱えていました。
家庭のことをからかわれるようになった玉置さんは、もう学校へ行くのが嫌になりました。

・大井君は生活態度も良好で、誰が見ても何の問題のない生徒でした。そんなある日、歴史の授業で宿題がでました。大井君にとって、内容は簡単です。教科書の30ページほどをまとめて、5ページくらいのレポートにして提出すればいいだけです。大井君は最初まじめにやっていましたが、途中から馬鹿らしくなり2ページにまとめて提出しました。
それからしばらくした歴史の授業のときです。歴史の先生が言いました。
大井って誰だ手を上げろ。若松って誰だ手を上げろ。二人のレポート読んだけど、大井のレポートは片手間だな。でも通信簿を見ると5なんだよな。若松のレポートは出来が良くないけど一生懸命やっているのがわかるな。内容的には3だけどな。お前たち、人間として何が大切か良く考えろよ。
大井君は顔から火が出るほど恥ずかしかったです。多分、大井君の受けたショックは同級生の大半が理解しなかったでしょう。大井君のショックは精神科に通い、登校できなくなるほどのショックだったのです。

【引用元】不登校ナビ

●不登校、みんなはどう思う?

「ちょっと不安」「なんとなく面倒」「悪口を言われた」「からかわれた」「間違っていると言われた」…。
これらは、誰にでも経験があること。
まわりのみんなにとっては「えっ?なんで?」と理由が分からなかったり、「学校に来れなくなるほどのこと?」と思うようなきっかけで不登校になることは、上記の事例からも分かる通りです。

そうなんです。
不登校はいじめや病気などが原因、または、学校に問題があるというイメージが強いですが、
不登校になるきっかけは「些細なこと」であることが大半で、それが実態なのです。

参考:
不登校となった直接的なきっかけ別の推移
本人に尋ねた不登校のきっかけ

●外圧適応力の低下が問題の本質

「些細なこと」がきっかけで起こる不登校。不登校になるのは、当人や家族に問題のある特定の子供達ではありません。収束不全という状況下にある全ての子供達が可能性を孕んでおり、不登校は普遍課題なのです。
目標を見失い、活力が衰弱している子供達にとって、それが「些細なこと」であっても学校に行く気力を失わせるきっかけとなります。
また、仲間が全ての子供達にとって、友達に受け入れてもらえない(かもしれない)という心配があれば、途端に不安が増大し、学校へ行く足取りが重くなります。

「些細なこと」で、学校に行けなくなり、情緒不安定になり、無気力になり、生活が乱れていく。

生きとし生けるものは、全て外圧(外部世界)に対する適応態として存在している。例えば本能も、その様な外圧適応態として形成され、積み重ねられてきたものである。
また全ての存在は、本能をはじめ無数の構成要素を持っているが、それら全ては外部世界に適応しようとして先端可能性へと収束する、その可能性への収束によって統合されている。
また、外部世界が変化して適応できなくなってくると、新たな可能性(DNA塩基の組み替えの可能性)へと収束し、新たな可能性(例えば、新たな配列)の実現によって進化してゆく。
従って、歴史的に形成されてきた存在は(=進化を重ねてきた存在は)、生物集団であれ人間集団であれ、全て始原実現体の上に次々と新実現体が積み重ねられた、進化積層体(or 塗り重ね構造体)である。つまり万物は、それ以前に実現された無数の実現体によって構成されており、それらを状況に応じたその時々の可能性への収束によって統合している、多面的な外圧適応態である。
るいネット

【いい学校】⇒【いい大学】・・・などの私権圧力が衰弱し、同類圧力が高まり、仲間への収束度も高まっている。
しかし、これに反して、「些細なこと」が起これば、仲間へ向かえなくなる。
不全感を受け止めること、なんで?どうする?と考えること、なんとか乗り越えようとすることに対する力が低下しているのです。つまり、精神破壊・肉体破壊が止まらないなど、外圧への適応力が深刻なほど低下している。
「外圧適応力の低下」が問題の本質とすれば、今までのように「当人の問題」「家庭環境が悪い」「学校生活に問題」と当事者個人の問題には出来ません。

子供達の心で起きている「外圧適応力の低下」。その他にも不登校の要因はあるのか?
次回もまた、具体事例を紹介しつつ、不登校の子供たちが陥っている状況に迫ります。

投稿者 nakamenta : 2008年11月09日 List   

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