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2008年08月16日

学校ってどうなってるの?66~ゆとり教育ってなに?

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ゆとり教育とはなんだったのかを考える前に
Ⅰまずその後スプートニクショックによる影響がどうだったのかから
伊雲の塾講日記より要約します

伊雲の塾講日記 vol.19 ゆとり教育の歴史的背景(2)

スプートニク・ショックによる現代化教育運動は、日本でもアメリカでも同じような結末を迎えたようだ。1977年、日本において、初めて学習指導要領で、「ゆとり」ということばが出てくる。
そして、それから、向こう30年に渡って、この「ゆとり教育」における削減が、行われていく。
最初は、「授業をしない授業」の設定からである。これは、私の世代は、ご存知かと思うが、中学校のころに、「ゆとりの時間」とかいう、まったく何に使うのかわからない、時間ができた。ほとんどは、部活の時間に割り当てられたが、なんとも中途半端な時間設定であった。
そして、日本の歴史上、大きく教育を変えたのが、1995年の指導要領改定、いわゆる、「第一回教科書削減」である。このとき、テーマにされたのは、「生きる力、自ら学ぶ力を育てる」というスローガンだった。このとき、実は、ゆとり教育とともに、導入され、現在も諸悪の根源と言われている考え方がいくつかある。それが、「勉強に対する意欲・関心」という評価である。定期テストの成績がよくても、授業中の態度や、提出物の提出が悪いと、評価が低くなるという制度である。

これによって、学校教師の恣意的な判断が、幅を利かせることになる。「とりあえず、手を上げておけばよい」と言われたのもこのころである。また、計算を何度もやったり、漢字を何度も書かせたり、いわゆる、暗記や計算訓練などの奴隷的学習は、「古い学力」であり、これからの時代には、必要ないとされた。
計算は、電卓で。漢字は必要なときに辞書を使えばよいと。この電卓マークは、現在も教科書に載っている。実際には、電卓で計算をさせている学校はもうないようだが。

このとき、過去の「詰め込み教育」は全部否定されてしまった。問題だったのは「現代化教育運動」によるプライドのための「詰め込み」だったのが、「詰め込むこと自体が悪い」といわれるようになった。
そして、「すべて平等でなければならない」という考え方が、学校に入りだしたのが、この時だ。
この考え方の基は、実は、学生運動のもとになった、マルクス主義的な考え方であり、実は、「ゆとり教育」そのものが、マルクス主義を教育の中で実践しただけのものだ。以下略

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伊雲の塾講日記 vol.21 ゆとり教育の歴史的背景(3)

1977年以来、進められてきた「ゆとり教育」だが、その一番最近の削減が、2002年削減である。
1995年の削減が、「生きる力・自ら学ぶ力」を標榜しながら、現実には、学習時間の急速な低減を招き、実際の生徒たちの力が、急激に落ちたのは知られているとおりである。2002年の削減においても、当然、一部の知識人や、教育関係者から、ものすごい反対があった。しかし、それを押し切って、この削減を行わざるを得なかったのは、決して「教育的な配慮」からではない。このとき、ともに実現されたものがある。それは「週休二日の完全実施」である。土曜を完全に休みにしたことで、学習時間が少なくなった。これにあわせるために、学習内容を削減したのである。そして、このときの削減は、不思議な削減をされている。「難しい単元だが、入試によく出ていた単元」が、ごっそりと削減されているのだ。その一番手は、理科の「イオン」の単元だろう。この話をするとほとんどの方がびっくりする。「イオンは削減単元なので、学校では習いません」というと、唖然とされる。
それは、そうだろう。削減以前は、受験の花というべき単元で、必ず入試には出ていた単元である。
その単元が、ごっそりなくなっている。ほかにも、数学では食塩水の方程式や重心、不等式などがなくなっている。その他、「浮力」や「パスカルの原理」などもなく、「仕事」の計算もないので、位置エネルギーや運動エネルギーも計算をせずに考える。例の逸話のある「二次方程式の解の公式」も当然ない。
これをみると、意図的に「国民総白癡化」をしようとしているとしか思えない。
「難しいが、実力を見るために大事な単元」がごっそりなくなっている。しかも、これははっきりいって、「教員の労働条件のため」に削減されたのだ。以下略

Ⅱ、ゆとり教育とは何か(ゆとり教育とはエリート教育なのか)?
「ゆとり教育」」晴耕雨読さんのサイトより

三浦朱門氏はゆとり教育について、斎藤貴男氏の取材に対し、こう答えています。
「学力低下は予測しうる不安というか、覚悟しながら教課審(引用者注:教育課程審議会)をやっとりました。いや、逆に平均学力が下がらないようでは、これからの日本は どうにもならんということです。
つまり、できんものはできんままで結構。
戦後五十年、落ちこぼれの底辺をあげることにばかり注いできた労力を、 できるものを限りなく伸ばすことに振り向ける。
百人に一人でいい、やがて 彼らが国を引っ張っていきます。限りなくできない非才、無才には、せめて実直な 精神だけを養っておいてもらえばいいんです。(中略)
国際比較をすれば、アメリカやヨーロッパの点数は低いけれど、すごいリーダーも 出てくる。日本もそういう先進国型になっていかなければいけません。
それが “ゆとり教育”の本当の目的。エリート教育とは言いにくい時代だから、 回りくどく言っただけの話だ」
斎藤氏の著書から続きです。
――それは三浦先生個人のお考えですか。それとも教課審としてのコンセンサス だったのですか?
 「いくら会長でも、私だけの考えで審議会は回りませんよ。メンバーの意見は みんな同じでした。経済同友会の小林陽太郎代表幹事も、東北大学の西澤潤一 名誉教授も……。教課審では江崎玲於奈さんのいうような遺伝子診断の話は 出なかったが、当然、そういうことになっていくでしょうね」 (前掲書41頁) また、江崎氏の発言はこうです。
「ある種の能力の備わっていない者が、いくらやってもねえ。いずれは就学時に 遺伝子検査を行い、それぞれの子供の遺伝情報に見合った教育をしていく形になっていきますよ」(前掲書12頁)
斎藤氏が『東奥日報』 の取材に応えて述べた感想、 支配層には、小さくなったパイをみんなで分け合う発想はない。自分たちの取り分を減らさず、恵まれない層の分をかっさらう-私の目にはそう映る。象徴的なのが「ゆとり教育」だ。教育課程審議会長だった三浦朱門氏の発言を忘れない。「新学習要領で授業内容は三割減る。学力低下を招かないか」と尋ねた私に三浦氏は言った。
「戦後はできないやつのために手間と暇をかけすぎた。落ちこぼれにかけすぎた手間をこれからは有能なエリート候補に振り向ける。彼らが日本を引っ張ってくれる。無才、非才にはただ実直な精神だけを養ってもらえばいいんだ」
「エリート教育がゆとり教育の目的。それを言うと抵抗が大きいので、ゆとり教育とまわりくどく言っただけだ」「私は衝撃を受けた。
エリートにならないやつに勉強などされても社会の無駄だと、 彼は言っている。ゆとりはゴマカシだった。
根底には経済界の要請がある。どうしたら日本経済を活性化できるか、企業が 活力を得る手っ取り早い方法は何か、というのが発想の原点だ。

ゆとり教育を導入しようとしていた時代はまだ私権獲得で活力の上昇がみこめ、生徒たちはそこに反応していた。けっして教科書や先生の資質や教育制度によってではない。
これらは実感的にもそうである。

たとえば学び合いが効果をあげているのも仲間の役に立ちたいという仲間圧力にある。
その中身は期待に応えたいという期待応望の活力といえる。
教育の目的は、人々が社会の役に立ちたいと思い、それには勉強が必要で、それが今やっている事なのだと実感できるような環境をつくること。
昔は教育ではなく私権圧力がそれを後押していた。別の特別教育制度が整っていたせいではない。
根本的にはいまや私権的な圧力では絶対に活力が出ない時代であるということを認識する必要がある。
若者はもう認識転換している。いまや意識転換をはかるのは生徒たちではなく大人たちなのだ。

投稿者 tennsi21 : 2008年08月16日 List   

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