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2008年08月03日
コレクティブハウスが実現しようとしているものとは?
住まい方にもいろいろありますが、日本古来の失われた共同体気質に可能性を見出した住まい方というのが、コレクティブハウスという住まい方です 😀 。
では、この『コレクティブハウスとは一体どういうものなのか?』を
ここで整理しておきましょう。
①小さな集合規模であること
②住居の日常的役割を分担、協働していること
③多世代、多様な社会層に開かれたものであること
④居住者の主体的参加運営の賃貸住宅であること
大体、これら4点に当てはまるような集合形態をコレクティブハウスと呼ぶようです。
これらからもわかるように、集団、役割、協働、主体的な取り組みなど、まさに日本が核家族化する以前の村落集落を彷彿させるものを再帰しようとしていることが窺えます。
かつての生活は、農業をベースとした共通課題を下に共同体として、どう協働して生きるべきかが重要なこととして存在していました。そして、このコレクティブハウスも、日常の炊事や掃除をベースとしてそれぞれが家族単位ではなく個人単位で役割を担うことで、家族の枠を超えた集団を形成し共に生きる意味を感じ取ろうとしているようなのです。
続きの前に 応援 よろしくお願いします 😛
こう捉えるのには、コレクティブハウスの入居者の声のほとんどが以下の3点に言及していることが多いことからも窺えます。
①人間同士の無機質な付き合い方に疑問を感じている
②協働する精神に可能性を感じ始めている。(一人や家族単体で生活することに限界を感じている)
③家族を超えて集団に属することで安心できる(帰属意識、役割意識など)
特にこの傾向が強くなったと言われているのが、阪神淡路大震災を機に人との触れ合い、助け合いの重要性に気付かされたことが大きかったようです。
ここ最近、人それぞれ、個性、プライバシーなど個人主義偏重の社会の中で私たちは生きるように強要されてきました。これは、戦後のマスコミによって欧米化されたスタイルによって、日本人が持つ助け合う精神や協調性というものを著しく低下させてしまいました。また、現在地方を含め様々な所で、町は都市化され、核家族化が進行し尽くしたという状況です。しかし、それが結果として、空虚な人間関係や近所付き合いという現状に疑問を感じ始めるきっかけとなったのです。そういう意味では、このコレクティブハウスという住まい方に可能性を感じ始めている人たちが増え始めているという状況は時代の流れの必然性であったのかもしれません。
元来、普通に考えれば、自分の住む場所に顔の見知った人がいるということがいかに安心や安全につながるのか、人との関わり合いから得た充足感が何事にも変えられないものであるのかというようなことは誰もが疑問を持たないことです。しかし、そんな当たり前なことでさえも個人主義思想が強くなるにつれて、人間関係の煩わしさばかりが強調されてしまい、今に至ってしまったのでしょう。
コレクティブハウスという住まい方が実現しようとしているものは、これからの都市の住まい方の大きなヒント になりそうです。
次回は、実際にコレクティブハウスではどんな生活をしているのかについて、研究してみます。
よしたつでした。 😉
投稿者 YOSI : 2008年08月03日 TweetList
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