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2008年03月13日

教師は不思議な職業!? ~授業どうする!研究会報告~

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😮 「学び合い勉強会」から「授業どうする!研究会」に名称を変更しました
毎週木曜日にるいネットサロンで追求会議を行なっています。
今回から、毎回の会議内容を報告していこうと思います。

先週のサロンでは、小学校の先生を交えて“教師って、何?”という課題を扱いました。
その中で、教師という職業の特殊性が露わ 😯 になりました。
教師の仕事とは、言わずもがな子ども達に勉強を教える事ですが、一方で学校組織に属しているため、当然その集団課題を担っていくものと思っていました。

しかし、実態は、運動会や学芸会などの一部の行事を除き、組織としての課題はほとんどないというのです。
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新人の先生でも、名ばかりの研修会はあるようですが、実際の授業はその教師任せで、各教師間の(仕事上の)連携や「授業どうする?」などの話し合いはほとんどない、というのが一般的のようです。

集団(組織)に属しながら、集団共通の課題がない!当然、お互いの評価を共有することもない!という不思議な組織、それが学校であり、その中で“独自の判断”で進めるのが授業=仕事なのです。学校における教室はまさしく“聖域”であり、密室空間となっています。

もう一つの特徴として、子ども達の充足期待に応えられる教師は、子ども達から圧倒的なプラス評価を受けるという点です。(逆の場合は、マイナス評価→学級崩壊につながる。)

普通の企業組織であれば、“下から”の一方的な評価ということはありません。当然、上司や周りの仲間からの評価を受け、自身の“出来ていない部分”や“足りない部分”などが把握でき、より高い評価を得ようと周りの人たちとの同化を繰り返すことで成長していく事が出来ます。

教師の場合は子ども達の評価が全てになります。(当然それが保護者の評価に繋がっていきますが・・・)そのため、評価が高ければ、自分が“デキる教師”であるとの思い込みが強くなる傾向があります。しかも、子どもたち以外からの評価(の場)がないため、“出来ていない部分”や“足りない部分”を把握する事が困難になり、さらには、周りにも同化対象がいない(少ない)ため、“独断”や“自我(≒思い込み)”に傾斜し、人の意見に耳を傾けない人格が形成されやすい環境にあります。

逆に、子ども達からの評価が低い場合、これは最悪です。何も拠り所がない状態、あるとすれば、“思い込みの自分”くらい、しかも、実態(評価)なし故にグラグラ。おまけに、誰にも相談できない、或いは、学校の仲間も先輩も親身になって聞いてくれない・・・孤立。
精神疾患になる教師が多いのもこの孤立→孤独といった状況になりがちな学校制度にその原因があることは明白。(最近では教師の様々な不祥事も日常茶飯事)

そのような状況の中での教師の可能性は、サロンに参加してくれているような広く外に意識を向けた若い先生の登場だと思います。
子ども達の意識は当然外に向いています。その期待に教師は応えなければならない。そうなると、聖域である教室に篭って“悦に入っている(社会から目を背けている)”だけでは教師としては全く失格です。
“社会への適応”を手助けする立場として、自ら社会を対象化し子ども達に伝えていかねばならない。そのために、教師はなおさら社会を対象化しなければならない。そのためには、構造認識が必要となってきます。

投稿者 sashow : 2008年03月13日 List   

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