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2007年02月25日

オタク~社会収束できない人達~

今回は、オタクにスポットを当てて見ました。

ニートやフリーターが高年齢化する現在。そのハシリとも言える世代がオタク世代。

そう言えば、この世代って“なんで屋露店”に立ち止まらないぁとふと思いながら・・・

当時(1988年)の流行語「おたく族」

「おたく族」
アニメやパソコンなどに熱中し、自分たちだけの世界に閉じこもり、直接的な対人関係をつくることが苦手な若者をいう。相手を呼ぶとき「おたく」ということから、この名がついた。

時を経て、当時、異端視扱えされていた「オタク」達も、今や認知され、異端視されることも少なくなってきた。市場においても、2004年には、『 「もはやニッチではない」オタク市場はデジカメ超える2900億円 』という見出しを飾ることになる。

世代的には、各層いるが、売上げを後押ししているのは、30代、40代ではないだろうか?
リンク

■アニメ:年齢層は15歳から40代、コミック、ゲームと重なる度合いや、PCマニアとの相関が強い。
■アイドル:年齢層は、アイドルの応援によく行く「現場系」が10-20代、「コレクター系」が20-30代。
■コミック:年齢層は、10-40代まで幅広く分布。
■ゲーム:年齢層は、13-24歳の若年層と30代に分布。
■自作PC:年齢層は、18歳から30代。40代、少数の15-18歳。

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関連する記事リンクでオタクを定義化している。

<blockquote「 オタクは理想像を追求する 」 
 
オタクの定義は難しい。「ここからがオタクで、ここからは違う、という決まった点はない」(小林さん)。共通項をあえて出すとすれば、時間とお金の費やし方だ。可処分時間/所得のうち、対象物に費やす割合が極端に高い人がオタク、というわけだ。

 調査から、オタクは「理想像を追求する『情熱』『消費』『創造』のスパイラル」と位置付けた。「こうあるはずだ」と思う究極の商品――PCやアニメキャラ、想像上のアイドルなど――を理想化し、探求するのがオタクを突き動かすエネルギーだという。

 理想追求の情熱が消費エネルギーになるため、価格は二の次。高価だったり、限定された時期・場所でしか手に入らないなど購入のハードルが高くても、惜しみなく投資する。理想像に近づき、思い入れが激しくなればなるほど消費のスピードも増し、どんどん深みにはまっていくという。

流行語として、流行りだした当時の定義と根っこの所「自分たちだけの世界に閉じこもり、直接的な対人関係をつくることが苦手」は同じであるが、定義のニュアンスが変わってきている。
年齢層で言うと、若者だけでなく、おじさんも。当時の若者がそのままオタクを継続すれば当然、年齢層も上がる。
当然?  オ・カ・シ・イ

社会人になれば、仕事という課題が中心になり、仕事を通じて社会に目が向いていいものが、オタク達は、一向に社会には目を向けていない。
(程度の差はあれ)時間とお金の費やし方、かけるエネルギーetc全てが個的なもの、そして、理想や幻想と言った現実とはかけ離れた世界で充足を得ようとしている(得ている)。

社会に目を向ければ、環境破壊をはじめ、精神破壊、肉体破壊、国債800兆、幼児虐待、いじめetc、数え上げたらきりが無いほど、社会問題が山積みとなっている。

なのに、
何の外圧も受けない個室に逃げ込み、個的充足をむさぼる。

社会を考えず、自分のことしか考えない=自己中と言える。参考

また、せっせと(金銭面、個室という場を)支援している親もいる。
それでは、自己中を助長させているだけである。

投稿者 sodan : 2007年02月25日 List   

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コメント

日曜の秋葉原行ったことありますか?
リュックサック背負った「A系」と呼ばれる方々で溢れ返っています。
この方たちが「自己中」なのでしょうか?

「周りが見えていない」事は確かですが・・・
日曜の秋葉でちょっとうっとうしいなとは思いますが、迷惑ではない・・・・・
ちょっと疑問です????

投稿者 巌流島 : 2007年2月27日 16:35

当たり障り無く「自分の事しか考えていない人」であれば、やっぱり自己中でしょうね。

もちろん、オタクに限らずですが。

今自分達が生きている社会にどのような問題が起こっていて、どーしなければいけないか?

社会の統合課題を考えるというのは、みんなの課題(仕事)であって然るべき事、だと思います。

投稿者 かわい : 2007年2月27日 21:54

オタク友達、芝居仲間、みんな共通して言えるのは

>社会の統合課題を考えるというのは、みんなの課題(仕事)であって然るべき事

という認識を持っていないこと。

「人は人、自分は自分、やりたい事をやって何が悪い?」

ごく普通に言ってます。
彼らにとってはそれが当たり前だし、おかしいとも感じていない。

きっとその意識が自己中であることにも気付いていないのだと思います。

投稿者 かんにょ : 2007年3月1日 10:08

オタクが生まれてきた時代背景、そして、現在、オタクってどうなの?
を押さえていく必要がありそうです。
詳細は、第2弾で、投稿していきます。

巌流島さんに勧められた訳ではないが、
先週日曜日に秋葉原に行ってきました。

数年前に訪れた時と比べると、
駅前の開発が進んだこともあって、改札口を含め小奇麗になっていました。
たまたまなのか解からないけれど、駅前の通る人も少なめ、街の活気も落ちていた印象を受けました。

(オタクは、)「迷惑をかけていない。」
この辺りの意識が、オタク人口増加or助長させているのではないかと思っています。

世代で言うと、僕もオタク第1世代に入る年代で、
「他人(ヒト)に迷惑をかけてはいけない。」
という規範が、世間一般化していたように思います。(親から明確に言われた記憶は無いですが)

巌流島さんの意図とは反するかも知れませんが、この
「他人(ヒト)に迷惑をかけてはいけない。」
という規範は、もっともらしく、誰も異を唱えないけれど、いつの間にか、
『他人に迷惑をかけなければ、何をしてもいい』に繋がり、免罪符的に頭の中で、問題事象を捨象してしまいます。

・自分で稼いだお金で何を買おうが自分の自由だ。(迷惑をかけていない)
・(迷惑をかけない範疇なら)プライベートの時間に何をしようが、他人にとやかく言われる筋合いはない
→どこからどこまでは、迷惑をかけているのか、いないのかわからなくなってくる。
→迷惑をかけないようにするには⇒(どうする)⇒何もしない事が一番手っ取り早い。⇒他人との関係を遮断していく。→(?)→オタク、引きこもり

※人は人との関わりの中で、成長していく。
最初は、誰も何もかも初めて(赤ちゃんがいい例)迷惑(?)をかけないで、何かを成し遂げることが出来るでしょうか?
自分(たち)の中で閉じ篭もっている限り、現実は、何も変わらない。

・お金の使い方
・時間の使い方
・対象先
・ネットの使い方

などなど、社会(現実)に目を向ければ、もっと、『必要か否かの判断』のもと
自分⇒みんな(可能性)へと向かっていけるのではないでしょうか?

投稿者 sodan : 2007年3月2日 13:10

社会の問題を考えるか、考えないかは、
個々の自由では無いでしょうか?

まるで、
考えるのは当然であり、
考えない人は悪者……みたいな言いぐさですよね、
コメント等を拝見しているとw

そういう行為は、他者を圧迫していますよ。
それに対し、正しいことなんだから何が悪い!と思うのなら、
まさにあなた方が自己中ですね。

ルールは守らなければいけないものですが、
モラルは個々で違うものです。
絶対にこうだ!正しいのはこれだ!と画一的に決めつけ、
それを強要し、従わない人は「自己中」と悪者扱いだなんて…
まるで独裁者の考え方ですね。

投稿者 ワロス : 2012年2月11日 08:21

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