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2019年07月12日

「学問は最高の遊びである」

勉強と学問。実は似て非なるものです。

勉強は強いて勉めると書いて無理やりにするもの。テストのため、受験のためにするもの。
学問は問い学ぶと書いて、自らら問題を提起し、試行錯誤を繰り返しながら物事の本質を捉えること。

私たちの多くはこれまで勉強はしてきましたが、学問してきたという実感は少ないのではないでしょうか。

今回はこの、勉強と学問について考えてみます。

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以下(https://gendai.ismedia.jp/articles/-/59792)より引用します。
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大学を卒業し社会人になってから感じたこと

私は10年間の社会人経験を経た後、私立大学で経営学を教えている大学教員です。

大学を卒業し社会人になり2年ぐらいした時に感じたことがありました。それは、会社で働いている学歴の高い先輩にも仕事ができる人とできない人がいるということでした。そして、その差は同じ大学を卒業していても決して小さなものではなく、かなり大きな差だということでした。仕事をするうちにそのことに気づきました。

また、高校時代、大学時代と勉強ができ、成績も良く、あんなに頭が良かった友人が、意外にビジネスの現場ではパッとしない現実があることにも気づき始めたのがこの頃でした。

私自身、高校時代、大学時代、受験勉強を乗り越え良い大学に入りさえすれば仕事ができるビジネスマンになれると勝手に思い込んでいましたし、その結果として「人生の勝ち組」にもなれるとこれまた勝手に思い込んでいたのですが、それが錯覚だと気づいたのがこの頃でした。

私はこの時に思ったのです。「この世界は勉強とか成績とは違う軸で動いているんだな…」そして、「大人の皆さん、もっと早くにこのことを教えてよ」と。
仕事ができる人の「頭の良さの正体」

勉強や成績とは異なる別の軸とは一体何なのか?

このことについて考えてみたいと思い、働きながら経営学を学べる大学院に通い始めました。そこで多くの方々と出会い、学び、考えた結果、たどり着いた結論を一言で言いますと、それは「勉強する」と「学問する」という軸の違いでした。

なお、ここで言う「勉強する」とは、知識をインプットし、その知識を使って正しく早く正解にたどり着けるようにすることを指します。

これに対し、「学問する」とは、自ら問題を提起し、試行錯誤を繰り返しながらこれまで見えなかった物事の本質を捉えられるようにすることを指します。

たとえば、ビジネスマンの方が営業活動で売上が上がらない時に顧客訪問件数などのKPI(Key Performance Indicatorの略称:重要業績評価指標)に目がいきやすいのですが、本質は違うところにあることがよくあります。

顧客が何を求めているのか。顧客がおかれている状況は今どのような状況なのか。顧客やその企業と自身の関係はつくれているのか。ビジネスの現場では、こういう一見、見えないところが大切であり、試行錯誤を繰り返し、その本質を捉える力が求められます。
「勉強する」から「学問する」へのシフト

この記事を読んでくださっているような方であれば、「私は本を読み、セミナーにも参加し、インプットの時間をしっかり確保しています」という方も多いのかもしれません。しかし、そういった方でも、「勉強する」ことにとどまり「学問する」までは至っていないケースもあります。

「勉強する」人は理想を知り、現実とあるべき姿とのギャップを認識します。しかし、実際に理想と現実のギャップを埋めるためには「学問する」ことが必要になります。
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私たちはいつしか勉強が当たり前だと思い、学問する意識や喜びを忘れてしまっているのかもしれません。
実はこの学問、源流は子供の時の遊びにあるのです。
以下(http://www.dn-hiroshima.jp/www/contents/1450244757509/index_k.html)より引用します。
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「学問は最高の遊びである」これは、広島大学の前学長である、浅原利正先生がおっしゃった言葉です。

ある学問を追究していくことは、領域内や領域間を駆け回ったり、イメージしたり、探究したりして宝物(科学的真理や根拠など)を見つけ出す行為であり、遊びと同様に挑戦や試行錯誤、達成感などに満ちています。
翻って、「学問(=高等教育?)なんてまだ先」と思われがちな乳幼児期について考えてみますと、日本の保育においては子どもたちの遊びをとても大切にしています。これは、わが国の保育の特徴のひとつでもあり、対照的に米国などでは、乳幼児期を就学前の準備段階ととらえて重要視しています。

子どもたちは、遊ぶことによって様々な経験をします。友だちと遊んでいる子どもは、仲間とのコミュニケーション、仲間関係の形成と調整、集団への所属意識、自分と友だちとの共通点や違いなどを経験しているかもしれません。
一人で遊んでいる子どもも、遊んでいる対象や環境と向き合い、対話や探究を重ねているとも言えるでしょう。

私が所属する幼児教育学研究室の恩師である森 楙(もり しげる)先生は、幼児にとって最高の遊び環境は「土と水と太陽と風」であり、これらのシンプルな諸要素から構成される構造性が低い遊び環境について述べておられます。
構造性が低い遊び環境の中では、子どもたちは想像力、挑戦心、勇気や知恵を発揮し、考え探索し冒険をします。また、楽しくて没頭する経験や充実感ばかりでなく、思うようにいかない歯がゆさや仲間とのケンカなど、葛藤も経験します。
このような遊びを通した経験や学びは、今後子どもたちが生きていく上で必要となる資質や能力と無関係ではありません。これまで、就学後の教育課程や入学試験などでは、児童・生徒の知識やスキルの獲得が重要視されてきました。

しかし、世界的な学力観の変遷を背景として、徐々にわが国の学力観もその潮流のもとに変わりつつあります。ご承知のように、教育課程も新しい学力観に沿って編成されつつあり、大学入試センター試験も論理的思考力などを問う形式に変更されます。

今後求められていく資質や能力の基礎となるのが、コミュニケーション力や他者との関係を調整する能力などであり、遊びの中にはこれらの要素が詰め込まれています。
このような考えの元、本コラムのタイトル「遊びは最高の学びである」ということをお伝えしたいのです。
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子供時代の遊びは、そのまま成長して学問の追求へとつながっているのです。ところが、学校に行き勉強をするようになると、遊び⇒学問への道は塞がれ、探求心や発見する喜びを忘れていってしまうのです。

「学問は最高の遊びである」

子供のころからの遊びを原点とした学びと追求をいかに伸ばしていけるか。これからの学校のあり方を考えるうえでとても重要な視点だと思います。

投稿者 hoiku : 2019年07月12日 List   

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