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2019年02月08日

胎児の世界には悠久の歴史が秘められている。

私たち人間と自然のつながりについて。
今回も三木成夫氏の言葉から紹介したいと思います。

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以下(https://ogawakeiic.exblog.jp/10587697/)より引用します。
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胎児は母胎のなかでどんな夢をみているのか。「食」と「性」が同時進行するヒトという種のなかにもなお残っている、その位相交替のリズムはどのようなものか。植物と動物は、それぞれどのように宇宙と交流しているのか。三木は自然科学で扱う領域からはみだし、文学、民俗学へと領域を横断しながら考察していく。

植物の体は、動物の腸管を引き抜いて裏返しにしたものだ。葉と根は大気と大地に直接触れ、完全に交流しあう。いってみれば、植物のからだは、動物のからだから腸管を一本引っこ抜いて、それをちょうど袖まくりするように裏返しにひっくり返したもの。

それに対し、動物の体は宇宙の一部を切り取り、おのれの中に閉じ込める。必要な物質を体内に導き、腸管から吸収する。

自力栄養の出来ない動物は獲物を捕らえるため、感覚-運動系の組織を発達させざるを得ず、その中心となる臓器が脳である。

これは、あたかも天空と大地を、葉っぱと根っことともに内側にまるめ込むようにした植物の茎に、動物だけのもつ体壁系の鞘をかぶせたものと思えばいい。

三木は、このように、植物的な時期(内臓系中心の時期、食の相)、動物的な時期(体壁系中心の時期、性の相)の位相交代という周期を、もっと大きな「いのちの波」の中で考察していく。

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若き日の三木は動物商が届けてくれる受精卵の血管に墨汁を注入し、時期毎にフォルマリン標本を作り、その発生の過程を観察した。

鶏の卵は21日で孵化する。その4日目から5日目にかけて明らかに胚は鶏の顔になっていた。そして脾臓が腸管から独立した臓器になっているのが認められた。それは古生代の終わりに一億年をかけて脊椎動物が海から陸に上がった進化の痕跡を物語るものだった。(ネットから引用)
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※胎児が母親の胎内で生をうけてから生まれ出るまでに、様々な生物の形態をとることはよく知られている。最初は魚類。そして両生類、爬虫類、鳥類ときて、哺乳類と進化の歴史をたどるといわれている。

各系統の動物の発生が、その動物のたどってきた進化の過程を簡略化したものになっているという仮説だ。例えば、ヒトのような哺乳類の場合、受胎から出産の間(すなわち胎児の時)に、魚類、両生類、爬虫類、原始哺乳類の状態を経過すると考える。

このことを、「個体発生は系統発生の短い反復である」という『ヘッケルの反復説』という。

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鶏の小さな卵の中に脊椎動物の悠久の歴史が秘められている。「では人間の場合はどうなのか?」。人間の胎児の標本を作ること。胎児じたいは幸か不幸か中絶の手術の時に手に入る。その胎児の心臓に鶏卵と同じく墨を注ぎ込まなくてはならない。だが三木自身は夫人の妊娠を機に自分でやる意欲を失う。研究室の他のメンバーの手によって標本は作られていった。

その三木に芸大当局は「性を組み込んだ保健の講義」をして欲しいと要請する。彼は母胎の奥のドラマを学生と共に直視することをを決意する。だが胎児はその顔を胸に埋めていて表情が見えない。三木は胎児の標本の首を切り落とし、表情を写真に撮った。受胎32日目、33日目、・・・・・。

魚の顔、爬虫類の顔、哺乳類の顔、やはり人間の胎児の表情にも、進化の面影が反映されていた。ここにも”まぼろしの上陸劇”の再現があった。

最初の生命物質は30億年むかしの海水に生まれたという。それはみずからの界面を通して、周囲から一定の物質を吸収し、それを素材として体を構成し、さらに壊しては環境に戻して行く。吸収と排泄の営みにより、自己更新をおこなう新奇な存在として出現した。地球という特殊な「水惑星」においてのみ現れ出た。地上の全ての生物は、遡れば「母なる地球」に繋がる「星の胎児」と言える。 (ネットから引用)
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※母親の胎内で、十月十日(とつきとうか)羊水の海に漂う胎児の世界。
神話の世界のはじまりもそうであるが、生命の起源は、原初のスープのようなものだ。
それはまさに精神と物質が混沌とした姿である。

生物が、海から陸に上がるのに一億年の時間を要し、両生類からは虫類へと進化してゆく。
ヒトはそれとおなじプロセス、すなわち母親の子宮の中で、十月十日(とつきとうか)羊水の海に漂い経てこの世に生まれ完成していく。しかしその原初を省みることはない。

われわれは、そしてわたしは、地球に生命体が誕生して以来、一度たりとも途切れない30億年の流れの中に存在する生命体だ。

そのことを忘れないでおこうと思う。
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三木成夫氏は解剖学者。三木氏の後輩に有名な養老孟司氏がいますが、独特の自然観、社会を見る目は何が共通するものを感じます。

ありのままの姿、形をを見る目、そこからいのちを見出す姿勢。自然を切り取り、操作し、利用しようとする科学の姿勢とは対照的です。西洋医学に対する東洋医学、使役する自然観から共生する自然観へ。そこに私たちが見失なってきた大切なものがあるように思います。

 

投稿者 hoiku : 2019年02月08日 List   

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