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2016年04月28日

子育ての生物学~人類は「群れ」で子供を育ててきた

草食動物は生れ落ちて30分もすれば立ち上がり、群れと一緒に行動することができる超早熟。ニホンッザルは生後一年、チンパンジーは4~5年で離乳し、それと同時に独り立ちして群れの一員として暮らし始めます。最も長いオランウータンでも6年ほどで母親の手を離れていきます。

それに比べると人類の場合は、離乳こそ1~2年ですがその後10数年の子育て期間を経て、ようやく独り立ちできるという超晩熟の生き物です。

現代の私たちが「子育て」に多くの知恵をエネルギーをかけ、その大切さと難しさに腐心しているのも、この晩熟性ゆえでしょう。

ではなぜ私たちはこれほどの晩熟性を持つに至ったのか?その中で祖先たちはどう生き延び、子育てをしてきたのか? 今回は生物学の視点で探ってみましょう。

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以下(http://blogos.com/article/82720/)より引用
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 ネアンデルタール人に関しては、クロアチアのヴィンディア洞窟から見つかった3万8000年前の人骨を試料にした核DNAの解読など、科学的な分析が相当程度行われており、現代人よりもむしろチンパンジー並に成長が早かったことがわかってきています。

 少なくとも3万年前までは地上で我々人類と共存していたネアンデルタール人は、我々人類にとり「祖先」と言うよりも「いとこ」の関係なわけですが、彼らの特徴は寒冷地に適応した頑丈な骨格であり実は平均の脳容量はホモ・サピエンスよりも大きいのでした。

 一方、ネアンダルタール人よりも後発で脱アフリカをして展開していった我々ホモ・サピエンスは、脳が大きくなり二足歩行を完成させた適応として、よろけずしっかりまっすぐ歩くために骨盤が狭くなりました、大きな脳の胎児では難産となりますから脳成長を遅らせ出産後に長期に渡る成長期を設けることになります。つまり体がきゃしゃな我々現世人類は晩熟性の戦略をとったのです。

子どもの成長が遅延したことは、親の負担が長期にわたることを意味し直接的には生存競争には不利に働きます、ですので群れの中で子育てを母親以外のおばあさんなどが手助けする「文化」も生まれるきっかけとなったはずです。

しかしその結果、世代から世代への知識の継承、つまり子どもが多くのことを学習するのに必要な時間を十分に獲得できました、つまり種としての「文化」が発展・継承されていったのです。

ホモ・サピエンスは取った動物の皮を剥ぎ、堅い魚の骨を針として獲物の髄を糸として毛皮の着物を身につけて寒冷地に展開していきます。

 ネアンデルタール人ほど生物としては寒冷地に適応できませんでしたが、人類は「知恵の継承」「文化の発展」によって、寒冷地だけでなく、結果的に地球のほとんどの地に広く展開します。

一方過度に寒冷地適応してしまったネアンデルタール人は、南方に進出することもできず、また知識の継承力もホモサピエンスに比べて弱く、結果的には人類に追い込まれるようにして各地で滅び、2万8000年前にイベリア半島にいた最後のグループも絶滅してしまいます。

つまり、きゃしゃな人類が勝ち残ったのは、「知恵の継承」に成功したからであり、なぜ成功したかと言えばもちろん知能が発達したからなのですが、それは単に脳の容量が大きくなっただけでなく(脳容量だけならネアンデルタール人はホモサピエンスより大きかった)、それは結果的にだが「晩熟性」の戦略を採用したからである、と学者達は考えているのであります。
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きゃしゃな人類は「晩熟」に向かうことで知恵の継承、文化の発達を可能にし、その力で生き延びてこられたのですね。人類の長い子育て期間は、集団の一員としての知恵や判断力を身につけるための重要な期間だったわけです。
うーん子育てってやはり大事だな、と思うわけですが彼らはいったいどうやっていたのでしょう?

引き続き引用します。
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私たち人類は生物学的には特異な存在であります、すなわちその進化の過程で、子どもが成体になるまでに10数年の極めて長期に渡る「子育て」を必要とする「晩成型」を選択した種であります。

 当然ながら長期に渡る「子育て」は野生の世界ではその生存競争・サバイバルにおいて不利に働きます、現存する野生動物でも草食動物は生まれてまもなく目も見えて立つことが可能になりますが、そうしなければ肉食動物にすぐに補食されてしまうので草食動物は例外なく「早熟型」なのであります。

 人類にとっても長期に渡る「子育て」はサバイバルの点では不利でありましたが、我々人類は子育てを母親単体ではなく「群れ」全体で育てることで負荷分散する戦略を採用して種として生き延びてきました。

 野生の世界で子どもが成体になるまでに10数年の極めて長期に渡る「子育て」を個体の親だけでその負荷を背負ってはサバイバルできるはずはありません、「群れ」全体で子どもを守り育てる戦略を取ることにより、初めて「晩成型」子育ては実現されたわけです。

 これは我々人類が長い進化の中で獲得してきた種としての生存戦略であり生物学的宿命であります、数世代で変更できうるものではありません。

 しかるに、現在の日本では、核家族化と特に都市部における地域共同意識の希薄化は、「群れ」である「社会」において、子育てをする親が経済的あるいは精神的に「孤立化」する傾向が強くなっています。
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「群れ」で育てていた。納得です。集団で蓄積された知恵や文化を継承してこそ、その発展・進化が可能だったのだと思います。時代が下った村落共同体でも「村のこども」といい、集団で子を守り育ててきたのは、始原人類の時代から始まった極めて根源的な営みだったのです。

その群れが現代では解体されてしまい、親が(母親が)育てるようになってしまったあたりに現代子育て事情の問題があるようです。昨今、子育て問題に対しては社会制度や、支援体制の充実が議論されていますがいまひとつ可能性を感じないのも、群れが解体されたまま制度的な「社会」なるものに解決を委ねているからなのではないでしょうか。

必要なのはまず「群れ」の再生。地域や企業で「育児」「子育て」にとりくむ事例が増えてきているのも、みな潜在的に「群れ」の再生に向かっているからなのだと思います。この流れをもっともっと活性化させていくことが私たち親の役目なのではないでしょうか。

投稿者 hoiku : 2016年04月28日 List   

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