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2015年01月28日

医者も薬もいらない、手当ての効用♪

子どもは風の子と言いますが、うちの子どもたち(8歳・3歳)家の中では年中半袖で過ごしたり、冬にシャツ1枚で公園で遊んだり、風邪をひいてもあっという間に治ってしまう健康優良児です(^^;)

2人とも保育園児だったため、ひととおりの病気は済ませていますが、今までほとんど薬を使わず、のどが痛かったら大根あめ、おなかが痛かったらすりりんご・・・といった食事療法と、お互いの手当てで自然治癒力を助けるといったやり方で乗り切ってきました。

2人とも、おなかや頭が痛くてもたいてい「いたいのいたいのとんでいけ」と手当てで治ってしまうので、「子どものからだって、ほんとに気持ちとイコールなんだな~」と思っていました。

しかし、子どもに限らず、私たち人間はみんな“セラピューティック・タッチ(ヒーリング・タッチによってひきおこされる相互作用)”の能力をもっており、“病者を癒したい、手助けをしたいというつよい思いをもつ人であれば、だれでも発揮できる能力である”と書かれた記事をみつけました。

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病者を癒したいという強い思いをもつ人であれば、だれでもヒーラーになれるhttp://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=272991

「バイブレーショナル・メディスン―いのちを癒す「エネルギー医学」の全体像」を引用した記事)を紹介します。

 

クリーガー博士がひときわ興味をそそられたのは、ヒーラーが処理した水で栽培された植物では葉緑体が増加していたという観察結果であった。
植物の葉緑体は、人間のからだにたとえればヘモグロビンのような生化学的性質をもつ色素分子である。葉緑体は中心の金属原子がマグネシウムであり、ヘモグロビンでは鉄原子だという点が異なっているが、いずれの分子も金属原子のまわりにポルフィリン環という構造をもっておるという点では類似している。ヘモグロビンが植物の葉緑体に似た構造をしている以上、ヒーラーのエネルギーにふれた人のからだにヘモグロビンの増加がみられるかもしれないと、クリーガー博士はかんがえた。また血液中のヘモグロビン量は生命維持におおきく寄与しているので、生科学的な測定の指標としてすぐれているのではないかとも考えていた。

実験では、実験群として19人の患者、対照群として9人の患者がもちいられた。被験者の年齢や性別の分布におおきな偏りはなかった。実験群はエステバニー氏による手かざし療法を直接受け、対照群はなんの治療も受けなかった。

クリーガー博士はヒーリング処置の前後で、両群の患者のヘモグロビン量を測定した。博士は自分の当初の仮説どおりに、ヒーラーによる治療を受けた群の患者のヘモグロビン量が対照群の患者にくらべて大幅に増加していたことを確認した。

ヘモグロビンの測定はどこの研究室の設備でもかんたんにおこなうことができるので、クリーガー博士はヒーリング・エネルギーの相互作用を分析するための高い信頼性をもつ尺度を手にいれることになった。
手かざし療法の真のエネルギー効果を確認することに成功した博士には、しかし、まだ答えることのできないおおきな問題がのこされていた。ヒーラーはなにかの必要があって、そのような能力を生まれながらに身につけてきたのだろうか?それともその能力は、特別な教育課程をへることで身につけることができるのだろうか?

クリーガー博士は看護学の立場から、ヒーリング技術を習得することができるかどうかにつよい関心をいだいていた。
ヒーリングのメカニズムを研究し始めたクリーガー博士は、ヒンドゥー教やヨーガにおける「プラーナ」の概念にいきついた。そして、環境中から吸収されるプラーナーが、日光の微細エネルギー的な成分によって輸送される一種の生命エネルギーであるということを理解し始めた。その微細エネルギーは呼吸にともなってからだにとりこまれるものなので、ヒーラーのからだにはそれが大量に存在するのではないかと博士はかんがえた。健康な人にはそのプラーナが豊富にあるのではないか。逆に病気の人は相対的にプラーナが不足しているのではないか。このばあいのプラーナは、物理的エネルギーだとかんがえていい。手かざし療法において、ヒーラーはバッテリー充電のためのコードのような役割をしている。ヒーラーのエネルギー系はいわば充電ずみのバッテリー(高電圧)であり、その高電圧のバッテリーが、病人の低電圧の微細エネルギー系を活性化するためにもちいられる。ヒーリング・エネルギーの流れは、高電圧から低電圧のバッテリーへと流れる電流のようなものである。

クリーガー博士のクラスに参加した看護婦たちは、すこしずつ手かざし療法ができるようになっていった。クリーガー博士自身、訓練すればするほどヒーラーとしての腕が上達することに気づいていた。じっさいにやってみると、ヒーリングは微細エネルギー版の筋肉トレーニングともいえるものだった。時間と労力をかければそれだけ、ヒーリングの技能が向上する。さほど多い人数ではなかったが、クリーガー博士のクラスで訓練を受けた看護婦たちはじょじょに、病棟業務のなかで患者にたいしてヒーリングの実践をはじめた。なかには多少の違和感をいだいた患者もいたが、標準的な治療内容にセラピューティック・タッチ(ヒーリング・タッチによってひきおこされる相互作用)をくわえたときには患者の回復がはやくなっているようにおもわれた。その看護婦たちが団結して、治癒の原因がセラピューティック・タッチにあるということを示すために、「クリーガー信奉者」というネームをプリントしたTシャツを身につけた。そして「試験的治療」として希望者全員にセラピューティック・タッチで奉仕した。

クリーガー博士は、育成された看護婦ヒーラーがもちよる結果を観察するうちに、サイキック能力をもっていなかった人でもヒーリング技法を習得できるというつよい確信をもつようになった。そして、セラピューティック・タッチはもともと人間にそなわった能力であり、おおむね健康で(プラーナにめぐまれて)、病者を癒したい、手助けをしたいというつよい思いをもつ人であれば、だれでも発揮できる能力であると結論した。

クリーガー博士は、自分の指揮下にある病院の生看護婦とニューヨーク市のほかの医療施設の看護婦を研究の対象とした。最終的には32人の正看護婦と64人の患者が研究の対象となり、以前エステバニー氏のような生まれながらのヒーラーではなく、クリーガーの主催した「看護のフロンティア」コースで訓練を受けたばかりの看護婦ヒーラーをつかう実験となった。64人の患者グループは32人ずつのふたつのグループにわけられた。すなわち、一方が実験群で、他方が対照群だった。対照群はヒーラーでない看護婦の介護を受けることになった。実験グループの患者は、クリーガーによって訓練された16人の看護婦にセラピューティック・タッチを受けること以外は、対照群とまったくおなじ内容の介護を受けることになった。ヒーリングをおこなう前後に、両グループの患者のヘモグロビン量が測定された。

実験開始の時点と実験終了時のヘモグロビン量のちがいが比較された結果、対照群では、ヘモグロビン量はとくに変化は認められなかった。しかし、看護婦ヒーラーの介護を受けていた患者では、統計学的にみてヘモグロビン量が有意に増加していた。統計的検討の結果、この変化が偶然におこりうる率は1000分の1以下であった。クリーガー博士は、訓練を受けた看護婦ヒーラーでも患者のへモグロビン量を対照群に比較していちじるしく増加させられることを示したのである。

引用おわり

“ヒーリング”というと、特別なヒーラーがもつ超能力、霊能力のイメージでしたが、もともと私たちに備わっていて、

>おおむね健康で(プラーナにめぐまれて)、病者を癒したい、手助けをしたいというつよい思いをもつ人であれば、だれでも発揮できる能力

なんですね!

弱っている人がいたら、そっと寄り添って心をこめて手当てしようと思いました。

 

投稿者 hoiku : 2015年01月28日 List   

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