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2011年02月17日

新たな時代の教育制度の提言に向けてシリーズ-3~戦後日本の教育~日本人に自虐史観を植付け、精神性を蝕んだ「新教育指針」-2~

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前回のシリーズでは、戦後の教育は、

明らかにGHQによって作られたのだということ
日本人が戦争を起こしたことに対して、日本の国家の制度や社会の組織に欠点があり、さらに日本人の物の考え方そのものに多くの弱点があるからであると明言されていること
人間性・人格・個性が十分に重んぜられなかつたことを指して、日本の大きな弱点であるとしていること
日本人に徹底的な反省を促がすものであったこと

を押さえてみました :D

考えてみれば、あれだけのことをされていながら、これっぽっちも怒り :twisted: の感情が湧いてこない
これは、GHQの目論見 8) が大成功に終わったことを示しているのだと思います :confused:

では、引き続き、これからの教育を本質から考えていくために、今の教育がどのような意図で作られてきたものであったのかを押さえてみましょう

「新教育指針」第一章の続きです

より、具体的に日本人の弱点について、示されています :roll:

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(三)日本国民はひはん的精神にとぼしく権威にもう従しやすい。

政府は、憲法に保障されてゐるにもかかはらず、言論や思想の自由その他人間の大切な権利を無視して、秘密警察や、ごうもんを用ひ、国民は政治をひはんする力を失ひ、「お上」の命令には文句なくしたがふやうになつた。このやうな態度があつたればこそ、無意味な戦争の起るのを防ぐことができず、また戦争が起こつても政府と国民の真の協力並びに国民全体の団結ができなかつたのである。

教育においても、教師が教へるところに生徒が無ひはん的にしたがふのではなく、生徒が自ら考へる自ら判断し、自由な意思ももつて自ら真実と信ずる道を進むやうにしつけることが大切である。このやうにしてはじめて、後に述べる「民主主義のてつ底」も「公民教育の振興」もできるのである。

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(四)日本国民は合理的精神にとぼしく科学的水準が低い。

ひはん的精神に欠け、権威にもう従しやすい国民にあつては、物事を道理に合せて考へる力、すなはち合理的精神がとぼしく、したがつて科学的なはたらきが弱い。

例へばこれまでの国史の教科書には、神が国土や山川草木を生んだとか、をろちの尾から剣が出たとか、神風か吹いて敵軍を滅ぼしたとかの神話や伝説が、あたかも歴史的事実であるかのやうに記されてゐたのに、生徒はそれを疑ふことなく、その真相やその意味をきはめようともしなかつた。このやうにして教育せられた国民は、竹やりをもつて近代兵器に立ち向かはうとしたり、門の柱にばくだんよけの護り札をはつたり、神風による最後の勝利を信じたりしたのである。また社会生活を合理化する力がとぼしいために、伝統的な、かつ根のない信仰に支へられた制度や慣習がのこつてゐる。いろいろな尺度が混用されたり、むつかしい漢字が使はれたりするのも、同じ原因にもとづく。そしてそれらの不合理な重荷がますます国民の科学的精神をおさへつけてゐるのである。

軍国主義や極端な国家主義は日本国民のかうした弱点につけこんで行はれたものであり、「民主主義のてつ底」や「平和的文化国家の建設」は合理的精神をのばすことによつてはじめて成しとげられる。

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(五)日本国民はひとりよがりで、おほらかな態度が少い。

封建的な心持をすてきれぬ人は、自分より上の人に対しては、無ひはん的にもう従しながら、下の者に対しては、ひとりよがりの、いばつた態度でのぞむのが常である。そしてひとりよがりの人は、自分とちがつた意見や信仰を受けいれるところの、おほらかな態度をもたない。日本国民のこのやうな弱点は最近とくにいちぢるしくなつた。政治家は自分の政策が最もよいとひとりぎめをして、それに反対する人々をあつぱくした。政府の方針を支持する学者たちは、自分たちの学説だけを正しいものときめて、他の学説をしりぞけた。神道を信ずる人々の中にはキリスト教を国家に害のある宗教であるかのやうに非難する者もあつた。

かうしたひとりよがりの態度は、やがて日本国民全体としての不当な優越感ともなつた。天皇を現人神(あらひとがみ)として他の国々の元首よりもすぐれたものと信じ、日本民族は神の生んだ特別な民族と考へ、日本の国土は神の生んだものであるから、決して滅びないと、ほこつたのがこの国民的優越感である。そしてつひには「八紘為宇」といふ美しい言葉のもとに、日本の支配を諸国民の上にも及ぼさうとしたのである。

 およそ民族として自信を抱き、国民として祖国を愛するのは、自然の人情であつて、少しもとがむべきことではない。しかしそのために他の国民を軽んじたり、他の国民を自分にしたがはせようとするのは、正しいことではない。日本国民はかうした態度のためにかへつて世界の同情を失ひ、国際的にひとりぼつちになつた。これが戦争の原因でもあり敗戦の原因でもあつたのである。 これからの教育においては、個人としても国民としても、ひとりよがりの心持をすて、他の人々や他国の国民を尊敬し、自分と立場のちがふ者の意見や信仰をもおほらかに取りいれる態度を養ふことが必要である。われわれはこの点を「軍国主義及び極端な国家主義の除去」、「民主主義のてつ底」、「平和的文化国家の建設」等においてとくに力説するであらう。

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三 これからどうしたらよいか
以上にわれわれは日本国民の生活や思想について、いろいろの弱点を述べてきた。日本を今日の状態に至らしめた直接の原因は、最近に国民を指導してきた人々、すなはち戦争責任者としてれん合国からも日本国民からも追究せられつつある人々のあやまちにあるのであるが、しかしこれらの人々があやまちをおかしたのは、日本国民全体にこのやうな弱点があるからである。この意味において戦争の責任は国民全体か負ふべきであり、国民は世界に向つて深くその罪を謝するところがなければならない。罪を謝するといふことは、ただ後悔して引きさがつてしまつたり、れん合国軍からの要求を、受け身になつて、仕方なしに行ふといふやうな、消極的な態度ですまされるものではない。むしろ自ら進んで、積極的な態度をもつて、ポツダム宣言をはじめ、れん合国軍から発せられた多くの指令を実行し、それによつて新しい日本を建設することでなければならない。敗戦といふ事実は、われわれにとつてまことに悲しいことであるが、しかしそれを機会として、これまでの弱点を除き、あやまちを改めて、新しい日本の建設に出発するならば、悲しみを喜びに転ずることができる。これが今後の日本国民のなすべき仕事である。
 
 新しい日本の建設のために、教育者の任務はとくに大きい。日本国民における弱点が長い間にできたものであるだけに、それを改めるためには長い年月を必要とする。しかもそれは国民の生活態度や物の考へ方の根本に関係する仕事である。とくに国民のうちの青少年たちに、新しい生活、新しい考へ方を育ててゆくことが、新しい日本をつくるのに最もききめのある道である。これがまさに教育にほかならない。マッカーサー司令部が教育に関する大切な指令を発し、日本国民の再教育に積極的な指導と助力とをなしつつあるのも、このゆゑである。本書は以下の各章において、これらの指令と関係を保ちながら、新しい日本の建設について何が根本的な問題であり、何が教育上とくに力をそそぐべき重点であるかを論じてゆく。しかしこれらのことからをほんとうに実行し実現するのは、職場で実際にはたらいてゐる教育者である。新しい日本の建設が成るか成らないかは、全く教育者の責任であるといつても言ひ過ぎではない。かうした心持から、われわれは以下の諸問題を全国の教育者とともに考へてゆかう。

「国民は世界に向つて深くその罪を謝するところがなければならない。」とし、自虐意識の形成を強力に植えつけることを、はっきりと明言しています :shock:

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投稿者 staff : 2011年02月17日 List   

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