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2010年08月21日

社会問題解決の可能性!~るいネット秀作投稿紹介「『市民皆農の時代へ』という考え方」

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皆さんこんにちは

今回の『家庭を聖域にしてはいけない』では、おなじみるいネットに投稿された秀作投稿の中から、オススメ投稿を紹介しようと思います。

実は今回のこの秀作投稿「『市民皆農の時代へ』という考え方」は、農業の可能性について書かれた投稿なんです。しかし、実はこの投稿は集団の再生への可能性をも秘めている投稿でもあるんです

(説明しよう!集団の再生とは、共同体の再生を指すものである。これは近代化が進み、村落共同体が解体されたことで生み出された教育・家庭・夫婦といった様々な社会問題を抜本的に解決するための可能性なのである!)

集団再生のキーワードは「生殖と生産の場の一体化」ですが、農業こそがその最先端の可能性であると言えます。これは先にも述べたように集団のあり方に留まらず、本源的な教育の必要性にもつながってくる内容ですので、是非続きを読んでみてください

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現在の農業の問題の一つとして消費者と生産者が分断されてしまっていることが上げられる。
一方で顔の見える農業に代表されるように、農に対する期待感の高まりを感じている。

そこで消費者と生産者の距離を縮める方法として『市民皆農の時代へ』という考え方の事例がまとめられたものがあったので紹介します。

NPO理事長日記さんより引用します。

***以下引用***

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「市民皆農の時代へ」

●「食べる・消費する」生活から 「作る・参加する」暮らしへ
  →「半農半X」スタイルのすすめ

◎市民皆農(しみん・かいのう)とは、
自然農法家・福岡正信は、「国民皆農論」(「緑の哲学」別冊、1975)で「一反百姓になろう」と提唱。「自らの食は、自らが作る。それは万人の基本的生活態度でなければならぬ。それは、どんな事態がおきても、最も安全にして豊かな生命の糧を保証するばかりでなく、日々人間が何によって生き、何をめざして生きていくかを確かめてゆく生活となるからである。一家族の生命をささえる糧を得るには、一反(10アール)でよい。その面積の中で小さな家を建て、穀物と野菜を作り、一頭の山羊、数羽の鶏や蜜蜂を飼うこともできる。」

ブラジルから戻った坂根修が、埼玉・寄居に「皆農塾」を開設し、「みんな百姓になればいい」として、「皆農」を提唱。「私のところの生活費は6万円。その他に公共料金、ガソリン代、税金だ。合計で13万円もあれば食っていける。(中略)これくらいの収入では、そうとう貧乏していると思われるかも知れないが、わが家には冷蔵庫も洗濯機もテレビもある。ビデオはないが、最近ガス湯沸し機も入った。ただ欠けるのは、貯金通帳の残高だけだ。」

◎半農半X(はんのう・はんえっくす)とは、
京都・綾部に住む塩見直紀が、『半農半Xという生き方』(2003)で、「すべての難題を一挙に解決できる方法」として提唱。「環境、食、心、教育、医療・福祉、社会的不安を抱えたこの時代を生きていくために、どうすればいいのかと人から問われれば、私は『半農半Xという生き方がいい』と答えるでしょう。(それは)自分たちが食べる分だけの作物を育てる『小さな農』を行いながら、好きなこと、個性、天賦の才を活かした仕事をして一定の生活費を得る。お金や時間に追われることなく、人間も地球もストレスから解放されるライフスタイルである。」

◎なぜ、市民皆農、半農半Xか
◇新しいキーワードは市民皆農。

「(市民皆農とは)市民誰もが何らかの形で農に携わり、農家の支え、農を守ることを意味する。①新鮮でおいしく、安全な食べ物が食べられる。②自ら作物を作り育てる充実感や喜びを得られる。③農作業に携わることで健康になり、ストレスを解消できる。④日本の農業を支え、食料自給率をあげることにつながる。⑤残り少ない日本の自然や景観、文化を守っていく一助になる。⑥『農縁』の構築が、地域の再生や活性化のきっかけとなる。など、多くの意味があるが、市民皆農は市民自らがいきいきと生き、豊かな暮らしを取り戻すことが主眼となる。年間3万人が自殺し、生活習慣病やうつ病が蔓延する『病める大国ニッポン』の有効な処方箋になるに違いない」

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◇野菜は、人の心に応えてくれる!

「家庭菜園・市民農園で野菜をつくるおもしろさに目覚めた方々は、これまでの半生を振りかえることもあります。これまで、せわしさ、慌ただしさばかりだった人生、ものを消費してばかりだった人生。いったん立ち止まって、ゆっくりと、しかし生産的な人生を歩みはじめる。野菜は、必ずやそんな人の心に応えてくれることでしょう」

◎市民皆農、半農半Xを実現するために1.まずは地場産の野菜を食べる
自給率を都道府県レベル、さらに市町村レベルまで落として考えたい。東京都では1%だが(農水省統計)、東久留米の自給率はどのぐらいだろうか。市内の直売所や地場産組合主催の直売などを利用しながら、時に、農家の方とお話もしてみよう。いま注目の柳久保小麦だって、種まきから収穫まで、半年以上かかる現実を聞けば、何か感じることがあるはずだ。

2.ちょっとした野菜を家庭で作る
ベランダや庭で、あるいは台所で、パセリやミツバ、カイワレなどは簡単だが、土があれば、ミニトマトも意外と簡単に作れる。

3.市民農園・体験農園を利用する
市内には、8箇所の市民農園、1箇所の体験農園が開設されている。募集時期があるので、広報でチェックして、にわかファーマーになってみよう。

今回の秀作記事では半農半Xを実践する1集団単位が家庭ですが、この集団の単位を都市であれば企業に、農村部であれば地域に、と基盤となる集団へ拡げた方がもっともっとうまくいきそうです。

そうすることで、例えばある地域のA・B・Cさんがいたとして、AさんがコメをBさんが野菜をCさんが牧畜をというように地域全体でうまくいくような仕組みにすると良さそうです。そうすることで、

①作物のやり取りから始まる課題共認を通じて地域全体が一つの家族になる
②それぞれが作る作物も高度化されていく

というような集団の再生に留まらず様々な副次効果も期待出来ます。

農の可能性が叫ばれている昨今ですが、こうした新たな取り組みを通じて、みんなが安心して充足して暮らせる集団の再生を追求していきたいですね

投稿者 tibatosi : 2010年08月21日 List   

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コメント

>この集団の単位を都市であれば企業に、農村部であれば地域に、と基盤となる集団へ拡げた方がもっともっとうまくいきそうです。

>①作物のやり取りから始まる課題共認を通じて地域全体が一つの家族になる

共通課題を共認できれば、どんどん可能性も拡がる気がします☆

この記事を読んで、農業への可能性をますます感じました^^

投稿者 12960 : 2010年8月22日 14:15

12960さん
コメントありがとうございます☆

>共通課題を共認できれば、どんどん可能性も拡がる気がします☆

昔の村落共同体も正にこのみんなの共通課題があったからこそ、みんなで大きな家族として暮らしてこれました。
今後集団の再生へのカギは、この共通課題をいかに作るか、共認していくか、ですね。

投稿者 tibatosi : 2010年8月26日 19:58

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