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2009年06月22日

集団規範の再生-2~祭りから学ぶ

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画像は、ここ からお借りしました。

ネットで検索すると、“祭り”に関するサイトは続々とヒットし、関心の高さが伺えます。

身近な商店街や地域の祭りから、何百万人と観光客が訪れる全国規模の祭りまで。いたるところで季節を問わず行なわれているような感じがします。

あるサイトでは、
日本では、大小さまざま約六万三千の祭りが行われている

とあり、単純に47都道府県で割り戻すと1300以上になる。
海外までは調べ切れていませんが、ここまで多い国は他に無いのではないでしょうか?

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私事で言えば、物心付いたころころから中学生まで、部落の祭りとして“竹馬まつり”に参加していました。その中で、年長者から伝統を受け継ぐと共に、竹細工やナイフ(ナタ)の使い方などを学んだり、悪さをすると頑固(名物)オヤジに怒鳴られたり、近所との関わりを深くしていったものでした。年に一度の晴れ舞台に着物を着、引き締まる思いでいっぱいでした。

小学生の頃、京都の親戚のおばさんと家族で祇園祭りを見に行きましたが、華やかさと人の多さに圧倒されたこと(だけ)を憶えています。

また、社会人になってからは、観光で阿波踊りを見に行ったりもしましたが、街全体は、熱気で溢れ返っていましたがいまひとつ親近感が湧きませんでした。

近所の商店街でやっている祭り(というよりイベント)は、年に数回行なわれていますが、殆ど興味が無く素通りしています。でも、参加している人は、近所の人も含めて活き活きとした表情をしています。

改めて、今回“祭り”について当時を思い出しつつ、探索してみたいと思います。

まずは、起源に関する内容から
多種多様に見える祭りの起源は、さまざまな見解がありますが、基本的には同じようです。

日本の祭りを100倍楽しく!

古代から続く日本の祭り。みなさんも知っての通り、全国にはたくさんの祭りがあります。しかし、多種多様に見える祭りも、本来はどれも同じものなんです。
神を迎え、神をもてなし、神を送る。 これが原点です。
いろんな祭りがあって、どれも違うように見えるかもしれませんが、それは祭りの儀式全体からある部分だけ取られ、時代とともに形を変えたからなんですね。
儀式とは、神をお迎えする前に身を清める・お迎えの儀式・人と神がともに食事をする・宴会という一連の流れになっています。
例えば、神をお迎えする前に、身を清める儀式から生まれた裸祭お迎えの儀式から生まれた香取神宮の大饗祭など、聞いてみると、「そうかそうか、じゃあ、あの祭りはあの儀式から生まれたんだな」と納得できるかと思います。
じゃあ、お神輿(みこし)を中心とした祭りはどうなんだろう?
これは、そもそもお神輿とは神様を社からお神輿に乗せて、渡り歩いていただくという意味があるんです。それで最後に神様を神社に送り、魂を戻して帰ってもらいます。

自然の魔法☆彡~ナチュラルマジック~>日本の美意識向上ミニ雑学

日本の祭りの起源について
伝統的な年中行事になっている祭りの起源は、別名「神遊び」とも言い、農作業の区切りと季節の変化に基づいて行われていました。春祭りと秋祭りが基本とされており、豊作祈願を春に行い、収穫を感謝するのが秋に執り行われ、夏祭りもありますが、これは疫病退散祈願が目的です。また、祭りに使われる神輿(みこし)のモデルは、平安時代の高貴な人の乗り物で、時代を追ってだんだん豪華絢爛なものへと変化してゆき、神霊の乗り物(神輿)となっていきました。お祭りで神輿が練り歩くのは、神様の遊行をさしており、「遊び」ということで、精一杯楽しんでもらうという感覚から、もてなす側も、神遊びの日は普段の生活の様々な矛盾を忘れて心の安らぎや幸福感を感じる一時として、祭りを楽しむ中で神を身近に感じたり、連帯感を育むこともできるイベントでもある

「日本の祭りについて」祭りの歴史と意味

では、祭りの歴史と合わせて現在の“祭り”の現状について書かれています。

 今日では昔ながらの多くの祭りは消滅し、また宗教的な意義は薄れ、儀式も簡略化されている。今も経済が良ければ祭りを行えばいい。しかし今の環境は自然が少なく、豊かさのありがたみが薄くなっている。このような忙しく、移り変わりの速い時代には、豊かさがあたりまえになってしまい、日本人としての心を失ってきている。

近代科学の発達により神や自然に対する畏怖の念は遠ざかり、
豊かさの実現、農業の衰退により、豊作祈願や収穫に対する感謝の気持ちは薄れ、
医療の発達により疫病退散祈願など不要となり、
祭りの起源と繋がっていた根本的な意味合いが薄れてきている。
それでもなお、形を変えながら多くの祭りが現存しているのは、一部は観光化されているものもあるが、求めているのは同じもので、

一言で言うと
 “共認(共に認める、解り合える、分かち合える)充足(喜び)” であり、
祭りは、当時の脈々と受け継がれてきた日本人の心(神や自然をも包摂したみんなを想う気持ち)を喚起させるのではないだろうか?
そして、それは、参加度(当事者度)に規定される。

改めて、根本的な意味合いが薄れてきたように思える祭りの起源を現代風に捉え直すと

神や自然に対する畏怖の念は、自然の摂理を学び直す機会となるだろうし、
豊かになったのは、物質的な豊かさであり、心の豊かさを得るにはどうする?
(食への)感謝の気持ちから、農業の衰退、自給率の低下どうする?
かつての疫病は衰退したかもしれないが、ウイルスという新しい病原どうする?(根本問題は何か?)

という みんなの課題へと繋げることができる。

それらが、今、続けられている“祭り”という形が喚起してくれるかどうかは別として
祭りからは、多くのものを学び取ることが出来る。

●今回紹介したサイト以外のオススメサイト
日本の祭り

●今後、機会があれば扱いたいサイト
伝統的祭りと地域社会-「コミュニティと祭り調査2002」より

投稿者 sodan : 2009年06月22日 List   

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コメント

昔っから、お祭りが終わった時のあの空虚感は嫌でした・・
なんでこの楽しい感じ毎日続かないのだと思ってました。

こうして考えてみると、
お祭りの楽しさは「共認充足」にあるとしたら、お祭りという非日常的な形式は不要になるのかもしれませんね。

毎日がお祭りのように充足を味わえたほうがよっぽどいいに決まってる!

投稿者 カルマン : 2009年6月23日 21:46

>“共認(共に認める、解り合える、分かち合える)充足(喜び)”

地元のGWにあるお祭りは、昼夜趣向の違うものでしたが、夜に町内の人がそろいの提灯ハッピで練り歩き、初(子供が生まれた家)に行って、お練=子供の健やかな成長を祝ったりしました。
地域の子供が生まれてこれからの成長の楽しみを、みんなで分かち合えるのって、日々周りとのつながりや課題があるからともに充足し合えるのだと感じますね。逆に言えば、そうした毎日がなければ、馬鹿騒ぎの空々しいもののように映るようにも思いました。

投稿者 びおふぇるみん : 2009年6月24日 10:24

祭=祀=政。

縄文時代などは、ほとんど毎晩『まつり』を開いていて、それはもはや日常生活そのものだった♪
『まつり』が意味を持つ(=みなが充足し、日常の活力に繋がる)には、みなが“当事者”であることが求められる。

しかし、共同体を失い、個人に分断された現代では、誰もが傍観者となり、観客として代償充足を得るしかなくなった。残っているものも、形式だけが残存しているだけであり、本来の意味や日常との繋がりは失われているものばかりではないか?(祭も祀も政も)

現代はいまだかつてなかったほど多くの社会問題を抱えており、一方で、日々の個室や一時の観客(観光)としての代償充足は限界に達している。
つまり、みなが一丸となることが求められており、祭りが形骸化した今、サッカーフィーバーや小泉フィーバーに象徴されるように、新たな祭りの登場への期待は益々増しているのではないか。

そんな想いに至りました^^
ありがとうございます。

あ、『規範』と絡めての感想ですが、『祭りの=みんなとの=集団を基盤とした充足感』があるほど、意識がみんなへ(集団へ)⇒規範へ向くと思いました。

投稿者 MATURI : 2009年6月25日 01:11

みなさん、コメントありがとうございます。

潜在思念上で留まっていた充足基調がさらに顕在化してきたように思います。

当時は、目先的であったサッカーフィーバーや小泉フィーバーに踊らされていたが、現在、より本源的に“共認充足”を求めていて、から感じられるようになってきて

縄文時代の本源時代のように“みんなで課題を取り組むこと”によって毎日が“まつり=共認充足”が感じられる日はそう遠くないのかもしれません。

投稿者 sodan : 2009年6月26日 00:35

記事を読んで感じた“まつり”の条件・・・

①その時に外圧に規定されている
⇒かつては自然外圧にどう適応して生きていくかが最重要課題だったので、自然や精霊(⇒神)が中心テーマになったのでは?

②外圧とは、自分達を超越した存在
⇒超越存在の前に人は謙虚になれた・・・

③そして、こうした超越存在に同化し、適応していくという課題を共有する仲間の間には、高い共認充足があった・・・

というわけで、現在、自然外圧を克服した我々に必要な“まつり”とは何なんでしょうかね?

投稿者 kota : 2009年7月2日 02:16

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