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2008年08月31日

専業主婦達を導いたのはTV

ここまで家族の形を追求してきて、戦前、戦後の急転換が明らかになってきた。
核家族の形態は大正期に増加し、専業主婦も登場しているが、戦前のそれと戦後のそれは大きく違う。

専業主婦の意識に着目するとその変化の大きさに驚きます。

この意識転換が何故起こったか?を考えて見ます。

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戦後の混乱期を乗り越えると、都市部の団地族にあこがれ、専業主婦が1つのライフスタイルとして注目される。
1960年代にこのステイタスはピークを迎え、70年代に入ると、ウーマンリブ運動などに牽引されるように、社会進出や主婦の権利要求を始める。
子育てに夢中になるのもこの頃からで、子供に向かうのも同様の主婦達の自己主張と考えられる。

この様な意識転換は、教育の影響が大きい。
戦前の良妻賢母教育から、戦後一転して、個人主義、自由平等思想発の自立教育に塗り換わる。
この様な教育の転換期を生きた女性達が、専業主婦に憧れ、その地位を獲得するや否や次の要求意識が生起するのも不思議ではない。

この主婦達の意識転換と同時に、家庭の中のテレビの果たした役割(影響)も大きい。
主婦達を要求主義に導き、父権を失墜させた張本人はテレビかもしれない。

この頃のお茶の間を見事に表現しているレポートがあったので紹介します。

そもそも、各家庭の茶の間にドンとテレビ受像機が鎮座ましますことで、一体、何が起こったのだろうか?答えは家庭崩壊の開始である。戦後の家庭は、家族全員でテレビを観ながら食事をして、食後の団欒時間もテレビを観るという場合が多かった。具体的に何が変わったかというと、家族の視線と意識の変化である。それまで家族の中心的存在だった父親や祖父に、家族の視線と意識が向かなくなり、同時に家族全体が、互いに意識と視線を向けなくなったのである。テレビは家族同士の意識を希薄化させ、家族一単位だった意識を各個人ごとに分解したのである。それまで子供達は、家族同士の会話や大人たちの仕草や表情で、自分が家族の一員であることを自覚し、大人の社会を意識し、学ぶことが出来た。また、祖父母や親兄弟を通して、自分の先祖や子孫たる自分の未来を感じて、いわゆる縦軸の「時間」の流れを体得出来たのである。それは日本独特の文化だった。テレビは、それらを全て破壊した。特に家族から意識と視線を外された父親の権威は地に墜ちた。家族に一人一人にとって、テレビは他の家族の誰よりも身近な存在となった。それにつれ、家族の関心も家庭や家族から、テレビ画面の中に移動した。話題も内容も、テレビに出てくる芸能人、スポーツ選手、文化人の方がはるかに面白く、興味深く、セクシーで、偉そうで、立派に見えたのである。父親の権威は、テレビによって失墜し、世間や社会を教えてくれる父親は必要なくなった(ように思われた)。いや、テレビ受像機の中の人物達に比べると、父親は貧相で卑小でダサい、将来「なりたくない」存在と化したのである。

テレビは日本的な家族関係を破壊しただけではなかった。茶の間に持ち込まれた「演芸場(テレビ)」は、毎日が「ハレ」(祭り)の日であるかのように家族全員を錯覚させ、これまであった勤勉で真面目な日常生活の価値観をも破壊したのである。

季報・随想集(季報2006年度秋号)「 非対称型情報戦争にそなえよ・・・・」より

白黒テレビは1960年に普及率80%を越え、その後カラーテレビは70年代半ばにほぼ全家庭に普及する。

同レポートではこのようにも分析している。

戦後のアメリカ占領軍(GHQ)は、3S政策を通して、日本人の精神的解体を目指したと言われている。3Sとは、セックス、スポーツ、スクリーンである。テレビメディアはまさにそのスクリーン分野だが、セックスとスポーツ分野の情報も提供して、十分日本人の精神的解体を果たしたと言えるだろう。

日本人の家族を核家族に変え、その中身までもバラバラの現状況を作り出した原因は、ここにあるのかもしれない。今後も追及していきます!

投稿者 gokuu : 2008年08月31日 List   

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