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2012年09月07日

勉強だけの子どもにはしたくない~(2)オリンピックの名監督に学ぶ強いチームの作り方。キーワードは「全員」~

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写真はこちらから
   
今年のロンドンオリンピックでは日本が大活躍しましたね
特に印象的なのはなでしこジャパンが表彰台に向かうシーン(写真)で、メンバーの明るさと、チームとしての一体感がとてもさわやかでした。
 
なでしこジャパンだけでなく、女子バレー、女子卓球団体、フェンシング男子フルーレ団体、水泳リレーなど、今回は成果を出した多くのチームで「いいチームだな。スポーツに限らず、こういう集団は強いな」と感じさせられました。
 
どうやったら強い集団を作ることができるのか、どうやれば成果が出せるのか、チームの監督からその秘訣を学びたいと思います

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■日常的なコミュニケーションが結束力を作り出す
「職場のコミュニケーション その3 オリンピックに学ぶ」より

昨日は、オリンピックの女子レスリングで吉田沙保里さんが見事な金メダルを獲得されました。
 
昨日は、サッカーでも、なでしこジャパンがアメリカと大接戦の末、銀メダルを獲得して、日本じゅうに元氣と興奮を与えてくれました。
 
どちらも選手の持って生まれた資質とこれまでのたゆまぬ努力と頑張りがあってのことですが、その裏には、監督さんの手腕の素晴らしさが光っていました。
 
女子レスリングは栄監督。吉田選手が過去二度のオリンピックで金メダルをとったときには、どちらかが肩にかついで互いに勝利を祝っている姿が印象的でしたが、今回は、吉田選手が金メダルに決まった瞬間、かけ寄る監督を吉田選手はマット上に投げ飛ばしていました。
 
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普通、自分を育ててくれた監督をこんな大事な場面で投げ飛ばすということは考えられないものですが、それだけ、選手と監督の心理的な距離が近く、従来の監督と選手という関係とは異なる、より親密な仲間や同志といった感覚の方が近いのだろうと思えます。
 
目標を設定して、必要なメニューを組み立てたら、あとは的確な指導を行い、ときにユーモアを言ったりしながら選手に近い距離で接してくれる。それでいて、伸び伸びと選手を育てていく、そんな印象です。
 
同じようなことをサッカーの佐々木監督にも感じます。
かつての監督像にあるような、ワンマンで強いリーダーシップを発揮して、怖い指揮官として怖れられて指導にあたるというよりも、どこか憎めないキャラクターで選手をホッとさせる、それでいて指示は的確という安心感があるように思えます。
 
だからこそ、選手が自主的に伸び伸びと本来の力を大舞台でも発揮できたのではないかと思えるのです。
 
そのお二人に共通しているのは、コミュニケーション力の高さだと感じます。
選手一人一人に合ったコミュニケーションを心がけるとか、一方的にならないようにコミュニケーションをはかるとか、ごくごく当たり前のことのようですが、なかなかこれができない人が多いのも事実です。

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コミュニケーションには、大きく分けると、次の4つのスタイルがあります。
 
自分の思いや考えを伝えるけれど相手からの意見や考えは受け取ろうとしない攻撃的スタイル
相手の意見や考えにはよく耳を傾けて聞いてくれるが、自分の意見や考えはなかなか表に出さない服従的スタイル
自分は自分、他人は他人と一線を引いてしまって、必要最小限のコミュニケーションで済ませてしまう閉鎖的スタイル
自分の思いや意見もきちんと表してくれるが、相手の思いや意見にもしっかりと耳を傾けてくれる開放的スタイル
 
今回、オリンピックで活躍する選手の陰で支えた監督さんたちは、開放的スタイルであることは間違いないと思います。

従来、強力な指導者は、「 自分の思いや考えを伝えるけれど相手からの意見や考えは受け取ろうとしない攻撃的スタイル」にあてはまる人が多かったのですが、指導のスタイルが明らかに変わってきています。
 
なでしこジャパンと並んで今回活躍した女子バレーの真鍋監督も、コミュニケーションを大切にしており、メンバーひとりひとりをとことんまで知ることを心掛けています。
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写真はこちらから
(「チームのスイッチを入れる。」真鍋政義著より引用)

僕は新日鐵の後、いろいろなチームに行きましたが、大半のチームのミーティングでは、監督が話して、選手は「はい、はい」と聞いているだけの、一方通行のコミュニケーションがなされていました。そういう集団は、やはり勝てないんです。  
その経験があるので、僕は雑談でも、とにかく選手と話をするようにしています。信頼関係を築くのにも、やはりコミュニケーションをとるのがいちばんではないでしょうか。
とくに女性が相手なら、話に「耳を傾ける」必要があると思います。
(中略)
 
世界一の練習というのは、世界一の監督による練習ではないんです。選手がこの練習をしよう、と思ってする練習が世界一の練習なんです。それがいちばんうまくなるんですから。それに、そうすることによって、練習のマンネリ化を防ぐことができる。選手にとって刺激になって練習をするためには、選手にアイディアを出してもらうのが、いちばんいいんです。
 
だから、一方通行のコミュニケーションはもうやめて、選手の要望を聞くことにしています。世界のトップ3に入ろうとするなら、監督ひとりの意見で練習を進めても勝てないんです。心も耳もオープンにして、選手といろいろな話をしながら、風通しのいい組織をつくって、スタッフと選手が一体にならないと。
(中略)
 
風通しをよくしろ、とは選手にもスタッフにも言っています。そのため、「栄養会」と称した食事会を全員ですることもあります。

こうした正攻法だけでなく、誰かをいじって その場を盛り上げたり、選手の荷物の中にペットボトルのキャップがいっぱい入ったゴミ袋を入れるいたずら をしたり、真鍋監督はいろんなやり方を工夫(?)して、コミュニケーションを図っているそうです。
 
また、コミュニケーションは監督と選手の間だけではありません。チームの絶対的な存在である「ベテラン組」の前では、下の選手は萎縮してしまい、距離が生まれてしまいがちです。そこで、中間世代で天真爛漫な明るい性格の子を選び、食事やカラオケに行かせたりして世代間の繋ぎ役を担わせることで、風通しのよいチームを作り出しています。
 
真鍋監督は、試合中にもiPadを使ってリアルタイムのデータをもとに、作戦指示やメンバー変更をすることで有名ですが、勝負の世界では時には非情にならなければなりません。
それができるのも、日常的なコミュニケーションによって、仲間関係という基盤が出来ているからです。
 
その基盤がなければ、いくら強い選手を集めてもチームとしての成果は出ないのです。
 
 
そうした中、全く振るわなかったのが、日本のお家芸である柔道でした。
(週刊ポスト2012年8月17・24日号より引用)

ロンドンの地で瓦解した日本柔道を象徴するエピソードがある。
 
大会初日に平岡拓晃が表彰台に上がったそのとき、男子監督の篠原信一および全日本柔道連盟(以下、全柔連)強化委員長の吉村和郎の姿は、会場にはなかった。60キロ級決勝で敗れた平岡に対し、健闘をたたえる言葉をかけることなく、彼らは帰路についていたのだ。
 
これは平岡に限った話ではない。大会期間中、全柔連の首脳陣は日本選手が敗れ去ると、表彰式を見届けることなく、そうそうに会場をあとにしていた。

気合や根性論でやってきた従来型の指導がそうさせたのでしょうが、これでは選手たちは萎縮するだけです。
 
一昔前だったら、監督を見返してやる、とか、地位や名誉のために食い縛って頑張る、といったエネルギーも出たでしょうが、もはや「自分のため」には活力が出ないのです。
 
 
時代の最先端を走っているのが、女子チームの意識です。
 
■キーワードは「全員=みんな」

「全員で」
この言葉、女子チームでは本当によく聞きます。女子バレーの試合でのヒーローインタビューでも、「今日は、試合に出ていない選手も一緒に全員で勝ちました!」「チーム全員の力で頑張れました!」というコメントが飛び交っています。
 
これ、男子だとちょっと違います。「全員で勝った」と言っていても、「今日の俺は頑張った」という思いがにじみ出ている。でも女子は、あくまでも「全員で」。他の選手への気遣いもあるでしょう。でもそれ以上に、一丸となったときの結束力は女子のほうが強い。だからこそ、「チーム力」がより肝心になるんです。

女子から始まった「自分からみんなへ」の意識は、冒頭に上げたように今年のオリンピックでは男子チームにも強く感じられました。
 
この意識の変化は、スポーツ界のみならず、職場や学校、家庭など、全ての集団において共通で、上司にも親にも「自分の思いや意見もきちんと表してくれるが、相手の思いや意見にもしっかりと耳を傾けてくれる開放的スタイル」が求められています。
 
にもかかわらず、時代遅れになっているのが、社会統合を担う人たちです。彼らの多くは相変わらず、「自分の思いや考えを伝えるけれど相手からの意見や考えは受け取ろうとしない攻撃的スタイル」であり、彼らが出す政策がどんどんと大衆の意識とかけ離れ、社会の活力を奪っています。
 
これは、社会統合を担う試験エリートたちは、試験に適応するために小さい頃から勉強以外の雑事に対する関心を封鎖してしてきたが故に、大切な「他人への関心」をを失い相手の思いに同化することができなくなっているからです。相手の思いに同化できなければ、指導者としての資格がないばかりか、いくら「お勉強」が出来ても社会に出てから全く役に立ちません。
 
社会統合階級の無能ぶりを目の当たりにした大衆は、既に価値転換を図りつつあります。相手の思いや意見を尊重する風潮はすでに出来ており、職場での部下指導や子育てにおいても、「ほめる」やり方が脚光をあびています。
 
 
                               
その一方で「相手に気を使ってしまって叱れない」「迎合してしまう」といった悩みも多く聞かれます
そこで次回は、「ほめる」ことと「迎合」はどこが違うのか、「ほめる」教育の本質はどこにあるのか、みなさんと一緒に考えてみたいと思います。
 

投稿者 watami : 2012年09月07日 List   

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