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学校の勉強と社会に出てからの勉強は何が違う?

社会に出たら学校の勉強はほとんど役に立たない。
よくいわれますが、社会に出てからも勉強は必要です。

では社会に出てからの勉強と学校の勉強とは何が違うのでしょう。
世の中と学校に違いについて考えてみます。

以下(http://www.fujitsubame.jp/educationeb.html)より引用します。
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世の中に出てみると学校で教わってきたことと全然違うことに気がつく。

それは、世の中と学校では考え方の根本が違うからである。

例えば、問題に対する考え方である。

学校では与えられた問題を解いて決められた答えを出せば良い。しかし、世の中は、自分で問題を作り、答えを導き出す必要がある。
学校では、予め決められた設問を解いて、予め決められた答えを出すことが求められる。
しかし、世の中に出たら、予め問題が設定されているわけではない。先ず自分で問題点を見いだして問題を設定することが求められるのである。予め、問題が設定されているわけではないのであるから答えが予め用意されているわけではない。
しかも、答えが一つと決められているわけではない。
問題を解くことよりも如何に問題を見いだし、問題を設定するかが重要視されるのである。
それが問題意識である。

答えも一つとは限らないが、自分が出した結論によってしか答えは導き出されない。なぜならば、自分が決断した実行した結果は一つだからである。他の答えの結果を検証することはできない。それが現実の世の中である。

また、試験に対する考え方にも違いがある。

ただ、世の中の試験といっても資格試験みたいな事は、学校の試験に準じた事として捉える。

学校では、試験は、試験そのものに目的があるが、世の中では、物事を判断したり、決断する事、或いは、前提となる条件や知識、技術を確認する事に目的がある。
故に、学校の試験は、満点である必要はないが、世の中のテストは満点でなければならない。と言うよりも世の中では、出された結論が全てなのであり、その他の結論は検証のしようがないのである。それに対して、学校の試験は、満点である必要はないが、点数は、ある範囲に収まっている事が求められる。
学校の試験の結果は、実用性がなくて、役に立たなくても良いが、世の中の試験は実際に役に立たなければが意味がない。なぜならば、世の中では試験そのものを目的としているわけてはないからである。

故に、学校の試験なら、試験日が決められたら、試験が始まってから答案用紙を見て、その場で回答を書くしかない。そして、学校の試験は答案用紙を提出したらそれで終わり。後は採点結果を待つのみである。
世の中は、試験日以前に答案用紙をもらって試験日までに必要なことを調べたり、覚えてきても良いし、試験場に辞書や資料を持っていっても良い。
世の中では、確実に満点を取ることが求められる。
カンニング、辞書や資料を見ようとをしようとかまわないのである。
ただし、百点満点ならば、百点しか許されない。
九十九点でも駄目なのである。
そして、試験が終わっても仕事が終わるわけではない。
むしろ、試験が終わってからが、仕事の始まりなのである。

学校の勉強は、試験のための練習という側面があるが、世の中では、試験に受かることよりも、適切な行動をするための訓練という事が強調される。
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