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なぜ、「勉強ができる人」は「仕事ができない人」になってしまうのか

Posted By hoiku On 2020年7月2日 @ 6:58 PM In 子育てをどうする? | No Comments

学歴、実績、立場 手に入れてしまうと努力しなくなってしまう・・・。

試験前に学校の先生たちが言うような「これをやっておけば大丈夫!」的なものは、現実世界ではないってことですよね。

https://diamond.jp/articles/-/184594 [1]

より引用します。

 

◆「優秀」と言われる人ほど陥る「3つの落し穴」

明治の歌人、石川啄木が、歌集『一握の砂』で詠んだ歌に、

「友がみな われよりえらく見ゆる日よ……」

という言葉があります。

 

大学院での7年間の研究生活を終え、「7年遅れのランナー」として30歳で実社会に出た私もまた、この心境を味わいました。

職場で周りを見渡すと、上司や先輩はもとより、同年代の同僚たちも、皆、羨ましいほどに優れたものを持っていました。

当時の私にできることは、その遅れを取り戻すために、愚直に、仕事を研究し、自分のプロフェッショナルとしての成長に結びつけていくことだけでした。

 

しかし、そうした努力を続け、何年もの歳月を歩むうちに、予想もしなかったことですが、先を歩む人々の残念な姿を見ました。

それは、せっかく優れたものを持っているにもかかわらず、なぜか、成長が止まってしまう、上司や先輩、同僚の姿でした。

そして、後に、マネジメントと経営の世界を歩み、深く感じたことは、

優秀な人ほど、成長が止まってしまう

という「逆説」でした。

では、なぜ、優秀な人ほど、成長が止まってしまうのか。

なぜ、そうした「逆説」が起こるのか。

その理由は、優秀な人ほど、次の「3つの落し穴」に陥ってしまうからです。

第1は、「学歴」という落し穴。第2は、「実績」という落し穴。第3は、「立場」という落し穴。

では、これは、どのような落し穴か。

なぜ、「勉強ができる人」が

「仕事ができない人」になってしまうのか

 

◆まず、第1の「学歴」という落し穴とは何でしょうか。

それは、「学歴的な優秀さ」と「職業的な優秀さ」の違いを理解できないという落し穴です。

実は、偏差値の高い有名大学を卒業した人で、この落し穴に陥ってしまう人は、残念ながら、決して少なくありません。

もとより、偏差値の高い有名大学を卒業し、「高学歴」と評価される人は、「勉強ができる」という意味においては、極めて優秀なのですが、実社会においては、「勉強ができる」という意味での優秀さと、「仕事ができる」という意味での優秀さは、全く違うものです。

すなわち、「学歴的優秀さ」と「職業的優秀さ」は、全く違うものです。

これは、永く実社会を歩んだ人間にとっては、ある意味で「常識」でもあるのですが、残念ながら、学生時代に「勉強ができる」という評価を得た人は、実社会に出ても、この「学歴的優秀さ」と「職業的優秀さ」とは全く違う優秀さであることに気がつかず、もしくは、気がつこうとせず、「学歴的優秀さ」に依存してしまい、実社会が求める「職業的優秀さ」を身につけ、「仕事ができる」ようになるための能力開発を怠ってしまうのです。

では、そもそも、「学歴的優秀さ」=「勉強ができる」ということは、何を意味しているのでしょうか。

それは、現在の偏差値重視の教育制度においては、端的に言えば、「論理的思考力」と「知識の修得力」という2つの能力が優れていることを意味しています。

「論理的思考力」が優れていれば、大学の入学試験において、物理や数学などの科目で好成績が収められ、また、「知識の修得力」が優れていれば、英語や歴史、化学や生物などの科目で好成績を収められるため、その人材は、当然のことながら、「高学歴」を手にすることができます。

これに対して、「職業的優秀さ」=「仕事ができる」ということは、この「論理的思考力」と「知識の修得力」よりも、さらに高度な、「直観的判断力」と「智恵の修得力」において優れていることを意味しています。

なぜなら、仕事の世界においては、「論理的」に考えて答えが出る問題よりも、感覚や勘といった形で、「直観的」に判断しなければならない問題が多いからです。

例えば、商品開発において、どのような商品がヒットするかという問題は、論理的思考力だけでは答えが出ません。また、顧客営業において、お客様の表情から、その気持ちが分かるかということも、論理的思考力ではなく、直観的判断力が求められる問題です。

そして、企業や組織では、上の立場になるほど、人事判断や戦略判断という、より高度な形で、この直観的判断力が求められます。

いずれにしても、「学歴」の落し穴に陥る人は、「学歴的能力」においては、極めて優秀なのですが、その「優秀さ」に過大な自信を持ち、「学歴的能力」に安住し、実社会で求められる「職業的能力」を意識的に身につけていこうと努力をしないため、成長が止まってしまうのです。(中略)

 

◆穴に落ちるのは「学歴エリート」だけではない

しかし、実は、この「学歴」の落し穴に陥る人は、「高学歴」の人だけではありません。

高い学歴を持たない人でも、この落し穴に陥ることが、しばしば、あります。

例えば、「自分が職場で評価されないのは、学歴が高くないからだ」と考え、懸命に専門知識の勉強をして、「学歴」の代わりになる、様々な「資格」を取ろうとする人です。

もとより、専門知識を身につけること、専門資格を取ることそのものは、それなりに意味のあることなのですが、この人が、その職場や職業で「活躍する人材」になりたいと思うならば、むしろ、そうした「学歴的能力」を高める努力以上に、「職業的能力」を高める努力をすることこそが、正しいキャリア戦略なのです。(中略)

 

◆山の「中腹」を「頂上」だと勘違いしてしまう人

では、第2の「実績」という落し穴とは何か。

それは、プロフェッショナルとしての成長を「山登り」に譬えるならば、山の「中腹」を「頂上」であると勘違いしてしまうという落し穴です。

言葉を換えれば、仕事の世界において、いわゆる「井の中の蛙」や「お山の大将」になってしまう人です。

そして、これもまた、優秀な人ほど陥りがちな落し穴です。

なぜなら、ある程度の優秀さを持っている人ならば、どのような職場でも、どのような職業でも、10年も、真面目に一つの仕事に取り組んでいると、自然に仕事を覚え、「実績」を残し、周りからも頼りにされるようになり、「自分は、それなりに仕事はできる」と思うようになるからです。

そして、ここに落し穴があります。

なぜなら、我々が、よほど謙虚な心の姿勢を身につけていないかぎり、優秀な人であれば、あるほど、その「自分は、それなりに実績を残してきた」「自分は、それなりに仕事はできる」という心境は、心の奥深くに「無意識の慢心」を生んでいくからです。

そして、まさに、この「無意識の慢心」が、我々の成長を止めてしまうのです。

プロフェッショナルの世界には、昔から、怖い言葉があります。

「下段者、上段者の力が分からない」

その言葉です。

これは、プロフェッショナルの世界では、自分よりも優れたプロフェッショナルについては、そのプロが、どのような世界で、どのような技を発揮し、どのような力を発揮しているのかが分からない、という意味の格言です。

すなわち、仕事の世界には、必ず、「もっと高い能力が求められる仕事」「もっと広い視野が求められる仕事」「もっと深い視点が求められる仕事」があるのですが、そのことに気がつかないため、これまでの「実績」に満足し、「現在の自分」に安住してしまい、成長が止まってしまうのです。

言葉を換えれば、いわゆる、「小成に安んじてしまう」のです。

このように、「実績」という落し穴もまた、優秀な人ほど陥りやすいと言えます。

(中略)

 

◆いつまでも過去の「肩書」にしがみつく人

では、第3の「立場」という落し穴とは何か。

ここで述べる「立場」とは、「役職」や「肩書」、「地位」や「身分」など「社会的な立場」のことです。

すなわち、それは、

過去の自分の「立場」に縛られ、新たな「立場」に合わせて自分を変えられない

という落し穴です。

その象徴的な例が、一つの企業や組織に永年勤め、それなりの実績も挙げ、周囲からの評価も得てきたにもかかわらず、定年を迎えてしまった瞬間に「終わってしまう」人です。

実際、それまでの企業や組織では、「優秀なマネジャー」「優秀なリーダー」との評価を得ながら、定年を迎えて、その企業や組織を離れ、新たな職場で働き始めたとき、その新たな立場で、それまでのように活躍することができなくなるという人は、決して少なくありません。

こうした例として、しばしば挙げられるのが、大企業を退職して、新たにNPOなどで働き始めた人です。こうした人の中には、NPOに移っても、自分が「管理職」であった時代の習慣が抜けきらず、自分より年下のメンバーに対して、部下のように「指図」をしてしまう人がいます。実は、これは、昔の習慣が抜けないというよりも、新たな立場に合わせて自分の意識を変えられないという問題に直面しているのです。

また、こうした「雇用定年」でなくとも、その企業や組織で「管理職」の立場を離れる「役職定年」になった瞬間に「終わってしまう」人もいます。

それまで、「管理職」という立場にあり、部下を持っていたときには活躍できたにもかかわらず、その立場が変わった瞬間に、新たな自分の立場に適応できないという人です。

さらには、こうした「雇用定年」や「役職定年」だけでなく、その企業や組織で働く部署や部門が変わる「転属」や「転勤」になったとき、その新たな立場に適応できず、それまでの職場のように活躍できなくなるという人も、決して少なくありません。

 

◆「高く評価された経験」がある人ほど「脱皮」が難しくなる

では、どうして、「立場」が変わると、それまで優秀であった人が、その優秀さを発揮できなくなるのか。

実は、そうした状況が生まれてしまうのは、多くの場合、「職業的能力」の問題以上に、「対人的能力」の問題が大きな原因となっています。

すなわち、「新たな職場」や「新たな仕事」においては、職場の上司や部下、同僚と、それまでの職場や仕事とは全く違った心構えや心の姿勢で接することが求められるにもかかわらず、それを身につける必要性に気がつかないか、気づいても、それをどう身につければよいか分からないのです。

言葉を換えれば、その「新たな職場」や「新たな仕事」において、それまでの自分とは違う「新たな自分」へと脱皮しなければならないにもかかわらず、それができないのです。

特に、それまでの職場や仕事において「優秀」という評価を得てきた人ほど、その「成功体験」と「成功感覚」が邪魔になって、「新たな自分」への脱皮ができないのです。

その「新たな自分」が、どのような自分であり、その「新たな自分」へと、どう脱皮していけば良いのかが分からないのです。

(後略)

 

 


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