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「子どもは学校に行かなくてもいいんじゃない?」

学んだことを人生や社会に生かそうとする学びに向かう力。
未知の状況にも対応できる思考力、判断力、表現力など。
実際の社会や生活で生きて働く知識及び技能。

生きる力を育むことを目標にした学習指導要領の三つの柱です。

社会の変化を考えるとどれもがもっともで、欠かせない力に違いありません。
でもこれが実際の学校で実現できるかというと、実態は真逆のような気がします。

以下(https://business.nikkei.com/atcl/interview/16/082900029/090500002/?P=3)より引用します。
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(前略)
学校に行くかどうかも自由に選択していいと思いますし、僕個人の考えをもっと言ってしまうと、「学校は行かなくっていい」とさえ思っています。これまで自分のFacebookにもマイルドに投稿していますけれど、ぶっちゃけ、「学校なんか行かせるかっつーの」というくらいの気持ちです。

10年で世界はがらっと変わる

なぜそこまで言い切ってしまえるんですか?

孫:理由をこれから説明します。以下の1900年に撮影されたニューヨーク5番街の写真には、この年に初めて公道を走った自動車が1台だけ写っています。この頃の人々の交通手段は馬車でした。しかしこの13年後の同じ場所の写真を見ると、道路は自動車で埋め尽くされ、逆に馬車が1台だけになっているんです。街の風景が一変するのに要した年数が、たった13年だったことを証明しています。振り返ると、スマートフォンも10年程度でほぼ「皆のもの」に浸透しましたよね。

たしかに10年前には想像しなかった世界を、今の私たちは生きています。

孫:世の中の前提となるテクノロジーは10年程度で変わる。交通手段の変遷でいうと、この先10年の変化として予想されるのは、当然、「自動運転」になるでしょう。

テクノロジーの変化は、人々が習得すべきスキルをも劇的に変化させます。19世紀の馬車の時代には馬術が必須科目でしたが、20世紀には運転免許が必須となり、21世紀にはAIをうまく使いこなす能力が問われていく。

社会を生きるために必要となるスキルはそのまま教育にも反映されます。19世紀には読み書き算盤、20世紀はいろいろな知識の正確な習得でした。必要な時に必要な知識を取り出して応用できる知力が評価され、それを測るためのテストも必要とされてきました。さて、これからはどうか。

知識の量ではAIに絶対にかなわない中で人間ができるのは「自ら未来を切り開く力」でしょう。具体的には4つのCと言われていて、「クリエイティビティ(創造する力)」「クリティカル・シンキング(常識を疑い、枠組みを変えて物事を見る力)」「コミュニケーションスキル」「コラボレーションスキル」。ここまではきっと、「ふむふむ」と聞いてくださる方が多いと思うのですが、僕がさらにここで踏み込みたいのが、「じゃ、この4つを教えるのに最適な場所はどこですか?」という問いです。

それが必ずしも「学校」ではないのではないかと。

孫:はい。これらの力を育む上で、学校は最悪とは言わないまでも、決して良い場所ではないと思います。1時間目・国語、2時間目・算数、3時間目・社会と、決められた時間割の中で決められた教科書の範囲を学ぶ環境で、はたしてクリエイティビティが育めるのか?と思うわけです。「勝手なことをしてはいけない」という同調圧力は、クリエイティビティにとって真逆の環境。学校や先生の方針に従わないと叱られるんですから、クリティカル・シンキングの力も育つはずがありません。

さらに、教室は同学年で統一されるというのも不自然です。多様性のある環境でのコミュニケーションスキルやコラボレーションスキルが育まれません。ということで、いまの日本の学校の大半は21世紀に必要なスキルを習得するのにはまったく適さないという結論に至ったわけです。

「経験主義型」の学びの場を増やしたい

学校をなくしてしまったほうがいい、というくらいのご意見でしょうか?

孫:いえ、「選択肢をうんと広げて、学校に行ってもいいし、行かなくてもいいし、複数の学校に行ってもいいし、学校ではない他のところで学んでもいいというような、『社会全体』で学べる環境を創ろうよ」という意味合いに近いですね。

教育哲学には大きく「系統主義」と「経験主義」とがあって、現在の学校教育の多くは、系統的にカリキュラムを組み立てて順序立てて伝授するという「系統主義」に則ったやり方をとっています。一方、ほとんど提供されてこなかったのが「経験主義」型の教育で、これは一人ひとりが個別の経験を積む中で必要に応じて知見を習得していくという方式。僕はこの経験主義型の学びの場をもっと増やしていきたいと思っているんです。

実際にその場も作られたと。

孫:千葉県柏の葉に昨年3月にVIVITAがオープンした「VIVISTOP」が、その一つのモデルですね。VIVITAは会員制の自由参加型アフタースクール・プログラムとして運営しているのですが、「ノーカリキュラム・ノーティーチャー」というコンセプトでやっています。

何をやっているかというと、子どもたちが好きなことに本気で取り組める場の提供です。ロボットを作る子、洋服を作る子、アニメーションを作る子、仮想通貨のシステムを作ろうとする子、新聞社を作ろうとする子……。無料で開放していて、レーザーカッターや3Dプリンタのような本格的なモノづくりをするための機械やプロ用のマテリアルを自由に使えます。柏の葉T-SITEの児童書も自由に読めるから、皆すごく熱心に研究していますよ。

今出入りしているのは400人くらいで、毎日来る子もいれば、時々しか来ない子もいる。別に毎日来るから偉いわけでもないので、「明日も来てね」なんて絶対に言いません。だって、「今日やって充分にできた」と思った子がしばらく来なくなるのは当然ですからね。大人が子どもを管理しない方針を徹底しています。

すべて子どもの自己判断に任せているんですね。「教える」立場の大人はいないのですか?

孫:“いろんな分野のすごい人”はちょくちょくやって来ます。それも「俺はこういうふうに作っているよ」と見せるだけで、一方的に教えることはせず、聞かれたら答えるスタンス。例えば自動車メーカーで活躍しているデザイナーの人がボランティアで来ていたりして、「車をデザインしてみたい」という子が聞きに来たら、「流体力学というのがあってね」と自然と知識の種を植えるわけです。

少し前に、ロボットコンテストを開催したのですが、独創的なすごいアイディアが集まりましたよ。僕たちはとくに教えていないんですが、「いやあ、俺には作れんわ」という傑作ばかり。「今度はこういうロボットを作りたい」「私はアプリを」と自分の好奇心がエンジンになっているから、子どもたちは夢中で学ぶんです。15時に開く前から並ぶ子もいて、ドアが開いた途端に競走馬みたいに突進して来る感じです(笑)。今すごく楽しみなのが、風船ドローンを開発した10歳の女の子。最初はうまくいかなかったんですが、ドローンのスタートアップの社長を訪ねて「教えてください」と門戸を叩いたんですよ。それで、社長さんも嬉しくなって「全部教える」とガチで技術開示をして一緒になって3カ月かけて開発して、本当に完成させちゃったという。本格的な開発に入って商品化の話もあったり。調べたら、会社登記は10歳からできるそうで、もしかしたら10歳のドローン会社社長が誕生するかもしれません。

すごく夢のあるお話ですね。

孫:アフタースクール・プログラムを始めることに「わけわからん」と言われることも多々あったんです。「孫さん、一体なんの儲けになるんですか」とか。でも、思考停止をしないようにと考え続けていった結果、こういう新しい試みが生まれて、結果として未来につながる手応えをすごく感じている。だからやはり、問いを立てることをサボらずに、考え抜くことって大事なんだなと改めて思いますね。
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紹介されたアフタースクールのように学校以外の学ぶ場がこれから増えていくように思います。それも勉強するための塾ではなく、お仕着せの習い事でもなく、やりたいことをとことん追求することができる場が・・・

これこそ社会にでて、本当に生きる力を育むことにつながるのだと思います。

 

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