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働き方改革の本質は子供の遊びにあり?~どんなこともとことん追求し工夫する心が仕事を楽しくする。

Posted By hoiku On 2019年8月29日 @ 9:34 PM In 家庭・教育ニュース,教育改革の本質とは? | No Comments

子供の遊びを見ていると、ミニカーを並べては崩し、また並べては崩しをひたすら続けていたり、砂場で穴を掘り始めると、これまたひたすら掘り続ける・・・

こんな単純作業で何が楽しいんだろう?と思っていましたが、その時子供の頭のなかでは、工夫と追求の世界が広がっているのだそうです。。

今回はそんな単純作業の奥に広がる宇宙について紹介します。

私たち大人の仕事の仕事にも通じるものがあるかもしれません。

以下(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/56764?page=4)より引用します。
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●仕事に必要なのは「工夫」を重ねて楽しめる仕組み

父が、プラスチック工場に働きに出ていたときのこと。ベルトコンベヤーで運ばれてくるプラスチックの部品を、ニッパーでパチンパチンと切り出し、箱の中に放り込む単純作業。しかしコンベヤーのスピードが速く、切る作業が追いつかなくなると、しばしば機械を停止させなければならなかった。

お隣では、70過ぎのおじいちゃんが2つのラインを、鼻歌歌いながらニッパーで切り出している。ベテランのクセに楽なラインを担当して、新人に大変な部品を任せて、いい気なものだと思った父は、「交代してほしい」と願い出た。するとそのおじいちゃんはニンマリ笑って、交代してくれた。

すると、2倍どころではないスピード。とてもじゃないけれど、作業が追いつかない。簡単どころか、1ラインでさえ作業がままならない。おじいちゃんはいったい、どんな魔術を使っていたのか?

どうやっているか、父は尋ねてみた。すると、「あんたは聞いてきたから、教えるけどな」と前置きした上で、

「あんた、左手で部品を取り上げて、ニッパーを持っている右手で向きを変えて、さらに左手に持ち替えて、それからニッパーでパチンと切ってるだろ。これで4工程。右手の小指で部品を引っ掛けてごらん。それを左手に持って、ニッパーで切れば、3工程になり、工程がひとつ減らせる。
それから、隣のレーンに移動するのに、左足から動かしてるだろ。不自然かも知れんけど、右足を後ろに下げてごらん。すると、3歩が2歩に減らせる。減らせる時間はごくわずかなようだけれど、こうした工夫で、時間を稼げる」

教えられたとおりにやってみると、最初は不自然なので手間取るけれど、慣れると断然速くなる。教えてもらったのをきっかけに、さまざまな動作を見直すと、さらに作業を速く進めることができるようになった。

おじいちゃんの使っているニッパーは、いつもピカピカだった。切れ味が悪いと、二度も三度も切り直さなければならない。普段から研いでおくことで、作業をこの上なく効率化していた。

「若いモンはちっとも聞いてこん。だから教えん。慣れればそこそこのスピードでこなせるようにはなるが、工夫しないから限界がある」

単純作業に見える作業にも、ひとつの小宇宙がある。父は感心して、私に話して聞かせてくれた。

●元職人ならではの「工夫」

もうひとつ、思い出話。両親が一緒に商売をしていたとき。ストッキングを袋詰めする作業を、内職に出すことにした。どのくらいの賃料にすればよいか、目安をつけるために、自分たちでダンボール1箱分、詰めてみることにした。かかった時間は、6時間。そこで、当時のパートの時間給に6をかけた金額を、ダンボール1箱分の内職代にすることに決めた。

何人かに依頼し、慣れてきた人でも、4時間切ることは難しい。それもそうかと思っていたら、一人だけ、瞬く間に3時間を切る人が出た。ほかの内職の人にそのことを告げると「そんなことは不可能だ、絶対友達か誰かに手伝ってもらってる」という。それはそうだろう。両親が二人がかりでやってみて、3時間かかったのだから。

ところが、その人はとうとう、1時間以内に1箱仕上げるようになった。本人に聞いてみると、自分ひとりでやっているという。信じられない思いの両親。一度、実演してもらえないかと頼んでみた。

「うちのテーブルと、ちょっとすべり具合が違うけど」といいながら、パッケージをトントンと叩くと、テーブルの前に投げた。ちょうど、手品師がトランプを投げ出すと、等間隔に並ぶアレと同じように、パッケージが等間隔に並んだ。

すると、無造作にダンボールの中に入ったストッキングをザラザラと出して、乱雑な山にした。「整理して並べないんですか?」と父が尋ねると、「そんな必要ないですよ」。右手をストッキングの山に突っ込んだと思ったら、指の股に、4つのストッキングが。それをそのまま、パッケージにササッと袋詰めしていった。

最後にシールでフタをするのだけれど、シールをはがすのも1枚1枚ではない。シールの半分のところに折り目をつけると、4枚のシールが半分、飛び出た形に。それを4本の指の先端に一気にくっつけると、ペぺぺぺッと、貼り終えた。その作業は、もはや芸術的。手品師のよう。

いったいあなたは何者ですか、と尋ねると、若いころ、大島紬(つむぎ)の職人をしていて、賞ももらったことがあるそう。結婚して大阪に出てきて、空いた時間にできる仕事はないかと探していたところ、この内職を見つけたのだという。

この人の方法を、不器用な人でもできる程度に工夫して、ほかの内職の人にもお伝えすると、みなさん、1時間程度で1箱を仕上げるようになった。その頃には、その元職人さんは1箱30分くらいで仕上げるまでになっていたけれど。

単純作業をバカにする人は、世の中、結構見かけるように思う。しかし、子どものころにそうした話を聞かされてきた私には、どんな単純作業にも工夫が必要であり、工夫を重ねると、どんなところにも小宇宙が現れるのだと信じるようになった。

●工夫の先に開ける世界

山本周五郎の作品に「箭竹」というのがある。事情あって、武士である父を失い、生活に困窮する母子。母親は、矢を作る内職を始める。しかし作るからには、天下に並ぶもののない矢を。工夫に工夫を重ね、やがて・・・というお話。

やはり周五郎の作品に、「武家草鞋」というのもある。曲がったことが大嫌いな元武士だった男。薦められて始めたのが、草鞋作り。材料をケチらず、しっかりと丈夫に作った草鞋は評判を呼び、やがて・・・というお話。

どちらの作品も、精魂こめて、工夫に工夫を重ねる姿を描いている。こうした工夫を重ねる心象は、日本人にとても合っているように思う。

私の元に、留年を重ねた学生が来た。就職シーズンが来ると気が重くなり、大学に行かなくなってしまうのだという。聞くと、「学生でいる間は、可能性のカタマリでいられる。就職すると、社会の部品にならなければならず、可能性が全部失われてしまう。そういうものだとは分かっていても、そう思うと気が重くなってしまう」のだという。

私は次のような話をした。

「鉄鉱石は可能性のカタマリだ。カナヅチにだってノコギリにだってなることができる。けれど、鉄鉱石のままではクギも打てず、木を切ることもできない。カナヅチになったら、ノコギリになる可能性を失ってしまうかもしれない。ノコギリになれば、カナヅチにはもうなれないかもしれない。
けれど、大工さんが愛好してやまないカナヅチやノコギリになったとしたら、いろんな現場に運んでもらえる。それは江戸時代からの古民家もしれないし、美術館かもしれないし、大臣の邸宅かもしれない。
手になじむカナヅチやノコギリになり、これがないと仕事にならない、というくらいに特化すると、面白いもので、狭くなったがゆえに出会える世界は広がる。何かになってしまうと可能性は狭くなってしまうように思われるかもしれないけれど、何かになりきってしまうと、むしろその先には小宇宙が広がっているのかもしれないよ」

その学生は、きちんと卒論を書き上げた後、修士課程にまで進んで私の研究を一緒に進め、就職した。

●工夫が仕事の喜びへ

私は、どんな世界に生きることになっても、「工夫」を楽しむ人間でありたい、と願っている。工夫は、一見、単純に見える作業をも小宇宙に変える、不思議な力を持つ。

幼児は、同じおもちゃを、飽かず繰り返し遊ぶ集中力を見せる。大人から眺めると「同じ」に見える。しかし子どもは、ああしてみたらどうなるだろう、こうしてみたらどうなるだろう、と、工夫に工夫を重ねている。決して同じではない。少し趣向を変えることで違った見え方になることに驚き、ますますのめり込む。まさに「しゃぶりつくす」かのように、工夫を重ねてその事物を知り尽くそうとする。

工夫することの喜び。それを私たちは、丸暗記するだけの学校教育で見失ってしまう。しかし、単純に見えるものにも、思わぬ深淵がある。その小宇宙を、工夫で解き明かす作業は、なかなか興味深いものだ。そうした視点で仕事を捉え直すと、仕事って、結構楽しいものだと思う。

強制したりして、仕事が受動的なものになるから、面白くなくなる。強制するのではなく、工夫を促し、のめり込むことができる環境を、会社が提供するようになれば、働くという行為は結構楽しいものになるのではないだろうか。

ロバート・オウエンは、自らの経営する工場で、職員が工夫を重ねて楽しむように仕向ける仕掛けをたくさん用意した。糸をつむげと強制するのではなく、より高品質な糸をつむぎたくなるように、その心理をくすぐったのだ。

その結果、産業革命の最中にあるイギリスで、労働時間や労働環境を大幅に改善した上で、世界一高品質の糸を高効率で生産することに成功した。なぜか。職員が工夫に工夫を重ねたからだ。
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テレビで清掃のプロといわれる方の仕事ぶりを見たことがあります。汚れを落とすための道具を自ら作ったり、どの汚れにはどんな洗剤が最適か?何十とある洗剤を使い分けていたりと、その追求心と工夫思考に驚かされました。

単純作業だからつまらない、簡単な仕事だからやる気が出ない、ということは全くなく、どんな仕事でも突き詰めれば奥深い世界があるのだと思います。

子供の遊びはその予行演習なのかもしれません。どんなことでもとことん追求し工夫する心。働きう方改革の本質もこんなところにあるのかもしれません。


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