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勉強だけの子どもにはしたくない~(6)「人と関われば人は育つ」

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こんにちは。

先日、4歳の息子の運動会を見に行きました。普段は家庭の中の息子しか見てなかったので、友達と楽しそうにふざけている姿や、みんなに合わせながら一生懸命踊っている姿を見て、息子は既に友達世界の中で日々成長していっているのだなぁと思いました。

子どもをとりまく環境は、母親との関係を中心とした「家庭」から少しずつ外に広がっていき、遊びや学校「仲間」との世界へ、そしてその先の「社会」へと広がっていき、子どもたちは、その環境の中で色々な充足を得て成長していくのでしょうね。

子どもの成長に対して親は何ができるのか。

今回は学童期の子どもに対する親の接し方について考えてみたいと思います。

紹介する記事は、当時公立中学校の教員であった鹿嶋真弓さんの子ども達に対する接し方の成功事例です。

これまでのやり方が通用しない・・・。どうする?という葛藤の後に鹿嶋さんが見出した可能性は「子ども達同士の場づくり」でした。

時代の変化、子ども達の意識の変化を捉えた、非常に有効なやり方だと思います。

いつも応援ありがとうございます♪

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「人と関われば人は育つ」「繋がりが人を支える」 [1] (一部編集しています)

先日、NHK「プロフェッショナル~仕事の流儀~」という番組に、生徒と向き合う中学教師、鹿嶋真弓さんが紹介されていました。

生徒一人一人が絆(きずな)の糸でつながっていれば、いじめや学級崩壊は起こりえない

と、生徒同士のネットワークが張り巡ったクラスを目指して、日々奔走している様子に感動したので、紹介したいと思います。

教師生活の中で、女金八先生とも呼ばれ、ある程度の自信を持っていたその先生は、ある中学に赴任して築き上げてきたその自信がグラグラと崩れ落ちた。今までであれば、熱く語り、行動すれば何かしらの反応があったが今回はそうはいかない。教師を辞めようかとも考えたが、もう一度生徒に向き合おうと喚起する。

子供たちは自分にも大人にも向き合えない。

表層的な関係であるが故に仲間も信用できないという状態の中、どうしたらいいのか?その方法が分からずにもがいているだけ…問題を起こしたくて起こしているわけじゃない。生徒から辛辣な言葉を受けながら、自分は被害者だと思っていたけど、そうではないことに気付き、自分のことは置いておいて、まずは生徒たちの繋がり(絆)を作ろうと考えた。

最近の生徒達は、コミュニケーションの力が落ちており、人付き合いが苦手で、ほっておくと、なかなかクラスメートと関わろうとしない生徒もいる。核家族化が進み、地域社会の結びつきが薄れている昨今、他人と関わる場として、学校の役割はますます大きくなっている。

その先生が授業に取り入れているのが、「エンカウンター」(構成的グループエンカウンター)

さまざまなエンカウンターのプログラムを駆使し、生徒同士を関わらせている。具体的には、生徒をグループ毎に分け、あるテーマのもとに話し合いをさせるもので、テーマは色々とあるが、心が不安定になっている受験の時期に取り入れたのは、「今の不安はなにか?」「今、何が課題か?」というもの(課題までも自分たちで考えさせる)。生徒たちからは、受験に対する不安が本音でドンドン出てくる。

その中で、自分の不安は自分だけの不安じゃない、みんな同じだということに気付く。

一足先に受験を経験した生徒からは「こうしたほうがいいよ」等のアドバイスが出てきたりと、話しは尽きず、時間が過ぎても夢中で話し続ける…。

考えてみたら、学校では殆どが教師の授業を一方的に聞くだけで、生徒同士で考えたり、話し合ったり、課題まで出すような場面は少ない。

同年代の仲間と、表層的ではなく、真剣に話し、本音や弱音までも出す。そして甘えたり支えたりするという中で心が繋がってゆく様がまざまざと感じられた。最後の方の場面で、受験の不安の真っ直中、相手(みんな)への「受験に受かって欲しい」という願いを込め、生徒同士と先生が一人一人かたく握手を交わし、照れ、笑い、泣き、話し…、最後はみんなで手を繋いで輪を作っている光景は、心が熱くなりました。

「人と関われば人は育つ」「繋がりが人を支える」

という、その先生の言葉は印象的であり、まったくその通りだと想います。

 「女金八先生」と呼ばれていたという事から推測するに、鹿嶋先生は非常に「熱い」先生だったのだと思います。自らの考えや経験を熱く語り、生徒に対して熱く働き掛ける・・・。確かに、一昔前であれば、「先生!・・・(涙)」って感じで、それこそ金八先生のようにクラスがまとまっていたのでしょう。

●序列原理から共認原理への転換

 「一昔前であれば・・・」という感覚をもう少し具体的に明らかにします。日本では、’70年に貧困が消滅し、人々の意識は大きく転換しました。貧困であるが故に人々は例外なく自分の地位やお金に収束し、社会は序列原理で統合されていました。会社では課長より部長が絶対に上、学校では生徒より先生が絶対に上、家庭では子どもより親が絶対に上、といった感じで、そこには、上から下への一方通行の「教え」や「指導」が存在していました。

 貧困が消滅し豊かになると、その序列原理という統合原理が崩壊します。80年以降、会社も学校も家庭も「ガタガタ」になった背景はここにあります。そして、人々の意識は「もっとみんなとわかり合いたい」「わかりあって、共有し合いたい」「共有し合うことこそが元気(活力)の源」という意識、つまり、「共に認め合う」という「共認」第一の意識へと変化し、社会は序列原理から共認原理へと大転換したのです。

 この意識の変化に的確に応えたのが、今回紹介した鹿嶋先生の実践事例です。上(先生)から下(生徒)への一方通行の「教え」や「指導」ではもはやうまくいかず、生徒同士の話し合い、生徒同士の認め合い、生徒同士の助け合い、そんな共認充足を得る事ができる「場作り」が、先生の一番の役割になっているのです。

●親の役割も子ども同士の「共認充足」のサポート

 学童期の子どもは既に、家庭という親との世界から、仲間との世界へと軸足を移しており、そこでの親の役割は、鹿嶋先生の成功事例同様、いかにして子ども同士の「共認充足」をサポートできるかという事になります。とは言え、親自身が「○○ちゃんと△△ちゃんを呼んで、みんなが話し合える場をつくって…」という事ではありません。子どもは既に家庭の外の仲間世界へ移行しているのですから、まず、親がすべきは、子ども達の世界へ介入し過ぎず、積極的に子どもを仲間世界へ送りだしてあげる事。心配な気持ちもあるでしょうが、成長する子どもを信頼して、少々思い切って送り出すくらいが調度良いと思います。

 そして、子どもとの会話では、「教える」とか「答をだす」という意識を捨て、「○○ちゃん喜んでいただろうね♪」、「△△君は、その時どう思っていたと思う?」、「自分の気持ちを□□君に伝えてみたら?」、といった具合に、子ども自身が仲間世界をより対象化できるような会話を意識する事。それが、子ども自身が仲間との共認充足を得る事に繋がると思います。

●勉強だけじゃない子どもとは?

 今回のシリーズでは、「勉強だけの子どもにはしたくない」というテーマを扱ってきましたが、勉強だけじゃない「どんな子ども」に育って欲しいのか、今回イメージできたのではないでしょうか?

 私達親が期待するのは、序列原理から共認原理に転換した社会において生きていく力、つまり、共認充足を得る事ができる力=まわりの皆に共認充足を与える事ができる力を育んで欲しいという事なのです。

 そして、子ども達に私達親が期待するこの事は、私達親自身が周りのみんなから期待されている事でもあるのです。

「人と関われば人は育つ」「繋がりが人を支える」

 子どもも親も、共認原理の社会に生きる全ての人に当てはまる言葉なのだと思います。

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