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『生きる力を育てる教育』~日本語の力(3)「行ってきます」と「お帰りなさい」に日本語の特徴を見る~

今回も日常的に使っている言葉をちょっと深く考えてみるシリーズです。

前回は、動植物に対する感謝の気持ちが込められた「いただきます」を扱い、前々回は、集団を意識する日本人の心の在り様が現れる呼称「お兄ちゃん」「おばちゃん」を扱いました。

さて、今回は、おそらく最も使用頻度が高いと思われる日本語、

「行ってきます」

「お帰りなさい」

を扱います。

相手と一緒にいる事を何よりも大切にする日本人の心が見えてきます。

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~金谷武洋氏の記事より引用(理解しやすいように、部分的に強調文字に変換しています)~ 

日本語を教えていると「なぜそんな言い方をするのですか」と不思議な顔をした学習者によく尋ねられる。尋ねられて答えを考えているうちに「対話の場」の重要性が見えてきたのである。

「対話の場」を重視する典型的な例が「行って来ます」と送り出す「行ってらっしゃい」だ。家を、会社を、国を出る時に誰もが口にする表現で、ほとんどの日本人が毎日使っているだろう。だが、これを直訳するととてもおかしなことになる。何故か。英仏語にはそう言おうとする発想がないからだ。

「行って来ます」には動詞が二つあるから、本来の意味は「行きます(が、必ず帰って)来ます」であったろう。つまり、対話の場に必ず戻ることを約束しているのである。

送り出す方も同じ発想で、「行ってらっしゃい」は「行って+いらっしゃい」の「い」が落ちたもの。
「いらっしゃる」は尊敬語で「いる・来る・行く」の3つの意味があるが、ここは明らかに「来る」の尊敬語だ。「行ってきます」が敬語の「行って参ります」や打ちとけた「行って来るね」になったところで、動詞が重なる文構造も、その本来の意味も全く変わらない。

同様に、ぶっきら棒に「おぅ、行って来い」などと応じたところで、やはり「行ってらっしゃい」と同じ意味の答えなのである。英語では「I’m going now」や「I’ll be back soon」などは言うが、この2つを一緒にし、しかも日常表現として毎日使うということはしない。

「行ってきます」の応用編とでも思えるのが「焼き芋を買って来たよ」「カナダへ行って来ました」などで、これらも英語であれば後半の「and I came back」は全く蛇足である。

やはり日本語話者の発想に「そうやってここに戻って来ましたよ」という「対話の場」を大切にする、ひいては相手への気配りが伺える。

出かけた後は自宅や会社に帰ってくる。その時に日本人はまたしても外国人に不可解な表現を使うのである。それが「ただいま」だ。「ただいま」とは言うまでもなく「只今」の意味で、直訳すれば「Right now」だが、こう言って帰って来る英語話者は見たことがない。何故日本人はこんな言い方をするのか。またしても学習者が頭を傾げる場面だ。

出迎える方がまた不思議な発話をする。「お帰りなさい」だが、その本来の意味を英訳するとナンセンス極まりない文となる。これはどう見ても「お食べなさい、お話しなさい」などと同じ構造の命令文ではないか。もう目の前に帰ってきた聞き手がいるのに「Please come/go back」などと頓珍漢なことを言うのだろう。

この受け答えは、「お帰りなさい」「ただいま」と発話の順序を逆にすると真意が分かりやすい。出迎えて「お帰りなさい」と言うのは、字句通りの「はやく帰ってきて」という祈りを、姿が見える直前、まさに文字通りの「ただいま」まで、唱えていた名残ではないだろうか。

対話の場への帰還をどんなにか待っていたという気持ちほど、相手への気配り、思いやりを雄弁に物語るものはないと思う。

それに応えて帰還者は不在の長さを詫びる。長いこと対話の場を離れてすまなかった、さぁ今、帰ったよ、という気持ちで日本人は「ただいま」と言うのだ。「ただいま」とは「たった今」なのである。

何という白熱、緊張した再会の場面を日本人は言語化しているのかと改めて驚くばかりだ。あたかも孵化した雛が殻の内側から、そして親の雌鳥が殻の外から同時に卵を突くように、両者が積極的に再会の場面に参加し、そして対話の場への復帰を言祝ぐのが我々日本語話者であると言えないだろうか。

~引用以上~

日常的に使っている多くの日本語の中に、このような「相手発」の言葉が既にたくさん組み込まれています。語源を知らなくても、それらの言葉に込められた潜在思念に、私達は動かされているのでしょうね。

次回は、「さようなら」について扱いますので、お楽しみにー!

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